第24話 VS夢魔 ①
心臓の鼓動のように蠢くピンク色の肉壁の世界。
連れ去られたノエルがいるのは以前にも訪れたことのある夢の世界だった。
ドル君を救出する為に訪れた以前と違うのは神気による精神体ではなく、肉体のまま訪れることに成功しているところだ。
「ここまではメリッサが予想した通りになったんだ」
夢の世界をひたすら奥へ走る。
相変わらず肉壁の上は走り難いものの一度は訪れたこのある場所なため問題ない程度には走ることができている。
奥へと進んでいるが、ただ走っている訳ではない。先ほど見た夢魔の姿を思い描きながら追うようにして走る。
「なぜ……」
錫杖の音を聞いてノエルの接近を知った夢魔が驚いた顔で振り向く。
辿り着いた場所は円形の広い空間で、壁と同じ材質で作られた繭のような物が床と天井から突き出た柱によって支えられて浮いていた。
そんな得体の知れない物が無数にある。
「なぜ? あなたがわたしを招待したんじゃない?」
「違う! オレ様が言っているのは、なぜ『起きていられるのか』ということだ。いや、そもそも実体を招いたつもりはない!」
夢魔が人を眠らせる方法は、シャボン玉に込められた力を割ることで浴びせて魂を守る障壁が弱くなったところを自らの夢から作られた世界へ引き摺り込むことで捕らえる。
繭の中から様々な人の反応を感じ取るノエル。
それぞれに夢を見させられている人の魂が捕らわれている。
次々に起き出していたウィンキアの人々。起きるのを阻止する為に手っ取り早い方法としてノエルを捕らえることを選択した。
ただし、これまでの事からノエルたちに自分の力が通用しないことは分かっていた。
普通の方法ではダメだ。だからこそ限界を越えた力をノエルに叩き付けた。
無理をした甲斐あって、しっかりと魂を捕らえた感覚もあった。
「わたしたちが寝ている人を起こせば邪魔してくるのは分かっていた。そうすれば分かり易く貢献していたわたしを自分の世界に取り込もうとする――そこまでわたしたちの参謀は予想していたの」
全てはメリッサの予想の範囲内。
そうして予想ができていれば対策を用意しておくこともできる。
ノエルの体が神気で包まれる。
「それは……」
「わたしの魂だけを引き摺り込もうとするはず。でも、一緒に肉体も引き摺り込まれるよう最初から神気でガチガチに固めていたの」
夢魔は魂だけを引き摺り込んだつもりでいた。
だが、実際はノエルの肉体まで引き摺り込んでしまった。
「クソッ……!」
思わず夢魔が後退ってしまう。
「どうして怯えているの?」
「それは……」
言い淀んでしまう夢魔。
もし本当に不滅の存在なら恐れを抱く必要などない。
「あなたは不滅の存在なんかじゃない」
「ちが……」
「過去の『巫女』と『聖女』は不滅だって判断したみたいだけど、封印できたっていうことは単一存在なのは間違いない」
常に存在していられる夢魔は一体のみ。
だから夢魔が最後にとり憑いていた人間を封印することで夢魔の復活を止めることができた。
大聖堂で姿を現した夢魔。
ノエルを捉えた夢魔。
一度は倒されてしまっているが、どちらも同じ存在だ。
「そして、夢を見ている人たちが夢の中にいるあなたを夢に見ることで復活することができる」
「そうだ。だからオレ様は不滅なんだ」
倒されても夢魔の力は眠らされた人の中に残っている。
その人が夢で夢魔を見ることで復活することができる。
夢魔自身が言ったように夢を見ている人たち全員を殺さない限り、夢魔の復活を止めることはできない。
「けど、それは夢で無事な姿を見れば、の話でしょ?」
「……!?」
確信を衝かれた夢魔は驚かずにはいられなかった。
もし、夢で片腕を失ったような状態の夢魔を見れば復活する夢魔も腕を失った状態になる。
もちろんそんな事はあり得ない。見る夢の内容を決定することのできる夢魔がそのような夢を見せるはずがないし、指定しなかったとしても全員が同じ状態を夢に見てしまうなどもっとあり得ない。
少数であっても万全な姿を夢見たなら、夢魔はそこから万全な状態で復活する。
「もし、全員の見ている夢の中で倒されれば全員が『夢魔は倒された』と認識するようになる」
夢は無意識から見る。
自分を捕らえている存在が倒された光景ほど強烈な光景はなく、夢魔がどれだけ働きかけたところで変えることはできない。
「この世界で倒せば今度こそ完全に討伐することができる」
「なるほど。意図して侵入したことは分かった。だが、何一つとして理解していないようだ」
夢魔の魔力が膨れ上がり、手から放たれた力が夢の世界を包み込む。
「夢の世界で、オレ様を倒すなど絶対に不可能だ!」
夢の世界そのものがノエルを拒絶する。
夢の世界から出してしまうことになるが、彼女が外で人々を起こすことに比べれば内部に抱えることなど些細だ。
「な、に……?」
しかし、霞みのように消えるはずだったノエルが夢の世界に留まり続けている。
「なぜだ!?」
「この世界においてあなたがどれだけの権限を持っているのか理解しているつもりよ」
前回は最低限の対策していなかったため精神体を追い出されることになり、再侵入まで禁止されるようになってしまった。
だから今回は持てる限りの方法で対策を取っている。
「【深淵魔法――傲慢】」
魔法が発動している間は、あらゆる精神への干渉を可能にする魔法の効果を無効にするという夢魔にとっては相性が最悪な魔法。
ただし、効果に見合うだけの膨大な魔力を消費することになり最上級の魔法使いでも数秒で寿命を迎えてしまうという使い勝手の悪い魔法。
それをメリッサは魔力回復薬を飲むだけで解決している。
外でのメリッサの役割は巨大海月の討伐。それが終わった今は消費した魔力を回復させながら戦闘を見守り、自分の支援が必要そうになったためミシュリナの部屋に移動してから適切なタイミングで魔法を使用している。
「辛いはずなのによくやるわよ。ま、言い出した本人としては自分の作戦に責任を持つつもりみたいだけど」
限界以上に魔力を使っているせいで今にも倒れてしまいそうだ。
隣にミシュリナとクラウディアがいてくれるから倒れずに済んでいるだけにすぎない。
「だから時間を掛ける訳にはいかないの」
脚に神気を溜め込む。
「それから――わたしを拒絶することができないもう一つの理由」
ノエルが一気に加速する。
夢魔が肉壁から触手を生やしてノエルを捕らえようとするが、素早く動く彼女を捕らえることができない。
あっという間に懐へ飛び込まれると錫杖を胸に叩き付けられる。
「ぐわぁ!」
そのまま吹き飛ばされて夢に捕らえた人を包む繭を支えに起き上がると口から血が溢れ出す。
紫色の血。悪魔になったことで血の色まで変わっていたことに今さらながら気付いた。
「自分の力が通用しないことに動揺しすぎ。そんな不安定な状態で使った力程度がわたしたちに通用するはずないでしょ」
夢の世界に逃げ込むことができる夢魔の弱点は、夢の世界そのもの。
そして、夢に『干渉』という部分にも問題がある。