第21話 夢魔の見る夢
男は画期的な提案することで有名な執政官だった。
案そのものが優秀な事もそうだが、多くの人から支えられて執務にあたっているおかげで問題なく政は進められた。
だが、それは不自然なほどに自然な流れだった。
そこに疑問を持つ者もおり、秘密裏に調査が進められた。
「お前の賛同者たちだが、元は対立していた奴らも信奉するように協力してくれるらしいな」
「それが?」
「惚けるのは止せ。お前が【闇魔法】で精神に干渉しているのは分かっている」
賛同者たちを詳しく調べたところ全員が何らかの干渉を受けていることが分かり、魔法を解除して証言も得られたことで男の不正が分かった。
「たしかに俺は魔法で協力してくれるよう促しました。だが、それで困った人がいますか? 人々の生活は豊かになりました」
民衆の事だけを思うなら男の政策によって成功だった。
しかし、男の政策が上手くいったことで出世することを快く思わない者たちにとっては不都合でしかなく、いつしか男の存在が邪魔になっていた。
「人々の事を思うならどっちが正しいか分かるはずです」
その後、投獄されて裁判を待つ男に判決が下された。
「死刑、ですか」
「そうだ。人の精神を操る魔法は禁止されている。そんな魔法に手を出してしまったのだから処刑は免れない」
「違うでしょう。俺が処刑されるのは、貴族連中が処刑を希望したからだ」
男が精神に干渉した多くの者が貴族だった。
兄弟や息子を操られた貴族の当主たちが黙っておらず、怒りに任せて処刑を希望した。
「本当に分かっていない連中だ。俺に統治を任せればもっと上手くやれるのに」
男は優秀だった。
貴族の邪魔によって他人の失態や、くだらない仕事を押し付けられたことで時間を無駄にすることもあった。
そして、押し付けている貴族たちは男に比べれば無能だ。
「ダメだな」
「なに?」
「この国をよくしようと考えていたけど、一度腐ってしまった果実はどうにもならない。切除してやる必要がある」
その後、男の処刑は滞りなく誰に看取られることもなく行われた。
……本当に誰も見ていなかった。
「バカな連中だ。処刑された証言だけで行われたと判断しやがった」
男の両手には魔法の使用を禁じる手枷があった。拘束中に看守や関わった人物が洗脳されるような事態を起こす訳にはいかならいからだ。
たしかに拘束されてから洗脳された者はいない。しかし、事前に洗脳されていた者は別だ。本当に頭のいい男は自分が拘束された時に備えて看守の数人にも魔法を施していた。
「さて、掃除を始めるとするか」
腐った貴族の排除。
ただし、男が頼ることのできる力は精神への干渉を可能にする【闇魔法】だけ。
「民衆に罪はない。だが、立ち上がるべき時には立ち上がらなければならない」
男の精神干渉は少々特殊だった。相手に夢を見せることによって起きている間も同じような行動を取るようにする。
初めは小さな村が標的にされた。村人が眠るようになり、起きた者は以前と変わらない様子だったが、男の賛同者と同じように男の意見を積極的に取り入れるようになっていった。
それで上手くいっていたから誰も文句を言わない。
しかし、そのせいで男の勢力は拡大を続けていた。
そうして勢力を拡大していると男自身にも変化が訪れるようになった。
夢を見ている者たちの感情が男へ流れるようになり、男は感情をエネルギーに変換して自在に使えるようになっていた。
それが悪魔への変化の始まり。
「ああ、すばらしい……!」
人々の生活が自分の思い描いた方法で豊かになる。
その光景を前にして男は悦に浸っていた。
男の存在を知る者はいない。人間だった頃の彼は処刑されたことになっており、男は気付いていなかった魂の変容に伴って男の肉体も大きく変化して『悪魔』と呼ぶに相応しい見た目になっていた。
誰も両者が同一人物など思わない。
だが、男にとっては自分の事などどうでもよかった。
全ては人々の為。貴族など関係なく人々に奉仕する。
「――だから邪魔しないでくれよ」
しかし、規模が大きくなればなるほど派手になる。
人間だった頃の男が用いていた方法に気付いた者がいたように悪魔となった後でも男の行動に気付く者はいた。
「そういうわけにはいきません」
男の前に現れたのは二人の女性。
当時の『聖女』と『巫女』だった。
「テメェら……!」
二人の奮闘によって男は拘束された。
「そっちの『聖女』様の事はよく知っている。王族の一人だろ」
「はい。公王の姪になります」
「あんたには笑顔に溢れる人々の生活が見えないのか」
男がいたのは近くの街が見える丘の上。
ここから自分が干渉したことで発展を遂げて村から街となった光景を眺めるのが好きだった。
その街は今も発展を続けており、数年後には都市となるほど賑わっていた。
「たしかに幸せそうです」
「当然だ」
「ですが、それは与えられたものです」
「それがどうした?」
「自分たちで考え、行動した結果ではありません」
どのようにすればいいのか考えたのは、全て男で彼らは何も関与していない。全て言われるがまま行動しただけだった。
「なにより彼らの想いがありません」
「それが、どうしたっ!?」
「貴方がいなくなった時。その時にはどうなりますか?」
彼らの発展は終わりを迎えることになる。
だが、そんな事は男にとって関係なかった。
「オレが永遠に付き合ってやるよ!」
男のそんな想いもあって肉体が寿命で死ぬことのない悪魔へと変質していた。
「そんな事は誰も望んでいません。人は、自分の心に従って行動をするべきです」
「それで、世界はどうなった! 貧しい奴らが犯罪に手を染め、善良な人が殺されてしまう。そんな事態が珍しくない世界だ。お前は、そんな世界を認めることができるのか!」
「……その方法が犯罪者の積極的な処刑ですか」
男に夢を魅させられた人々は犯罪者に対して過激な発言をしていた。
「ああ、そうだ。この世界には限られた数の人間しか善良のまま生きることができない。それなのに、その数を超える人間がいる。なら、ルールに従って数を減らすべきなんだ」
男はたしかに優秀で救われた人が多くいた。
ただし、同時に切り捨てられた人も多くいた。
「私たち為政者は全ての人が生きられるよう行動するべきです」
「……偽善だな」
「それでも、です」
二人の活躍によって夢魔となった男は倒された。
だが、しばらくして夢魔が死することのない存在となって生きていることを知ることになり、封印することとなった。
☆ ☆ ☆
「それが、私が夢を魅させられている間に見た夢魔の夢です」
「夢を魅せる悪魔も夢を見るんだな」
場所はミシュリナさんの部屋。
彼女の状態を知って先行させたメリッサと合流して起きた後で話を聞いていた。
「本当に体は大丈夫なのですか?」
部屋へ入ってきてから気が気でないクラウディアさん。
ミシュリナさんは夢魔を一度は倒して起き出した後もずっと夢を魅させ続けられていた。そして、夢と現実が混ざり合って区別がつかなくなったことで夢魔の思いのまま動かされることとなった。
つまり、夢現のような状態だった。
そんな状態にあったことに長年仕えていながら気付けなかったことをクラウディアさんは悔んでいた。
「私は平気です。ただ、どうやって戻したのですか?」
正気を取り戻したミシュリナさんが自分を視てみるが、とくに変わった所は見つけられなかった。
おそらく成功している。
問題は後遺症がないかどうかだ。
「本当に【深淵魔法】を受けた後遺症とかはないのですか?」
魔法を使用した張本人であるメリッサは気が気でなかった。
「【深淵魔法】。それは……私以外に絶対に使わないで下さい」
他者を思い通りにできる。
男にとっても夢のような世界だった。