第14話 誘う夢
どこまでも続くかと錯覚するほど広い花畑。
だが、奥を見ればウィンキア城が見える。
ここはウィンキア城の庭園。
「ミシュリナさま」
「なぁに?」
庭園の中央で花飾りを作って遊んでいた5歳ぐらいの少女。
そこへ同い年ぐらいの少年が声を掛けた。
「このような場所にいらしたのですね」
「いっしょにあそぶ?」
作った自慢の花飾りを掲げながら一緒に遊ぶよう誘う。
少女は、幼い頃のミシュリナ。まだ『聖女』の役割など理解する前の公女で、多くの人々から大切に育てられていた。ただし、少しばかり自由なところがあるせいで家庭教師の授業を抜け出して遊びに出かけることが多かった。
この日も退屈な勉強より遊ぶことを選んでしまった。
「みな、さがしていましたよ」
「いや!」
幼い少女にとって授業は退屈。
そんな時間に縛り付けようとする人々は全員が敵だった。
「仕方ありませんね」
声を掛けた少年もミシュリナの隣に座って花畑を眺める。
しばらく穏やかな時間が流れていると、不意に少年が決意の籠った言葉を口にしながら花で作った指輪を渡す。
「僕とけっこんしてください」
「いいよ」
子供らしいプロポーズの瞬間だった。
「懐かしいですね」
映し出された光景を見ながらクラウディアさんが呟いた。
「この男の子は法衣貴族であるコンヴィンス家のシグール様です。ミシュリナ様と同じ時期に生まれたことで遊び相手として選ばれました」
「もしかして婚約者ですか?」
今まで聞くことのなかったミシュリナさんの恋バナに興味を示すシルビア。
「あれ、でもミシュリナにそんな人がいたなんて聞いたことがないけど……」
以前からの知り合いであるノエルは聞いたことがなかった。
「はい。言ってしまえば『お遊び相手』ですから」
間違っても身分から二人が結ばれることはない。
「それに、彼が近くにいないことには別に理由があります」
周囲の景色が一瞬にして変わる。
次に映し出されたのは城にある謁見の間。主である公王や大臣たちが左右に並んでおり、捕まった男性の隣で少しばかり成長したシグール君が跪いていた。
「何かあったんですか?」
「コンヴィンス家は切り捨てられたんです」
横領していた証拠が見つかってしまった。
その横領にコンヴィンス家は深く関わっていた訳ではないが、黙認している節があり、公王の権限で当主が処罰されることとなり、子供たちも貴族の性を名乗ることを禁止され平民として放逐された。
よくある話ではあるが、イシュガリア公国では法衣貴族による不正が珍しくないらしい。
「貴族と言っても法衣貴族が持つ権限は少ないですから」
「そうなの?」
「はい。法衣貴族の役割は王の下で執政に携わることですが、この国では教会の発言力が強いので官職に就くことはできても要職に就くことはできません」
現状に不満を持った貴族は、少しでも私腹を肥やそうと不正に手を染めてしまうようになる。
何代も前から貴族だったコンヴィンス家の当主も不正に手を染めていた。
だが、横領などの不正がいつまでも見つからないはずがない。
「シグール様がいなくなった後のミシュリナ様はショックを受けこそしましたが、その頃には自身の立場を理解するようになっていましたので、すぐに立ち直っておりました」
クラウディアさんは仕えるようになっていたので、過去に何があったのかを理解している。
だが、現実にあった事とは異なる出来事が投映されていた。
「これは……」
クラウディアさんも困惑している。
最も仲の良かった男の子が自分から離れて行ったことにショックを受けたミシュリナさんが自室に引き籠るようになった。当時の姿と思われるクラウディアさんが話し掛けてもつまらなさそうにした反応しか返さない。
「このような出来事はありませんでした」
暗く沈んだ幼いミシュリナさん。
「ねぇ、ちょっと」
そんな少女の後ろにノエルが回り込んで背中を覗き込んでいる。
「これ、どう思う?」
正確にはミシュリナさんの後ろから流れている魔力のライン。
まるで、どこかへ流れているような魔力は部屋の壁がある方へ続いている。
「これが敵の狙いだな」
魔力は魂が激しく揺れ動くと増幅される。
とくに怒ったり、悲しんだりした時には変化が顕著に現れる。
「幸せや楽しい夢を見せ喜ばせる」
「その後、現実にはなかったほどのどん底に落とすことで悲しませる」
感情の起伏を激しくする。
落差が大きければ大きいほど魔力は多く生まれ、敵の得られる糧が多くなる。
「あれ、消えた?」
その時、照明が消えた密閉された部屋のように暗くなる。
夢は、いつかは終わりを迎えるもの。終わりを迎えれば夢を映し出している世界も消え去ってしまう。
だが、数秒後には最初と同じ花畑の様子が映し出される。
「この世界は夢だったな」
花畑で笑っているミシュリナさんは先ほどと同じように無邪気に笑っている。
自分が何者で、何が起こるのか理解していない。
「この夢の世界は眠り続けているが故に終わりを迎えることがありません。彼女は永遠に悲惨な夢を見させられて燃料のように扱われてしまいます」
「ああ」
メリッサの言葉に頷くしかできなかった。
どうにかしなければならない。夢を見ている人間の事を考えられているのか吸収している魔力の量は微々たるものだったが、こんな事を続けられていれば夢を見ている人間の精神が無事であるはずがない。
「どうにか起こす方法を探そう」
どれだけ親しい人間が呼び掛けたところで起きることはない。
医学的な方法でも起こすことはできなかった。
「魔力を吸収されているなら、吸収している『誰か』がいるのは間違いない。現状は、その『誰か』を見つけて倒すしかないと思う」
イリスの推論は間違っていない。
ただ、その相手を見つける方法が分からない。
「まさか相手も夢の中にいる、なんて言わないよな」
「……」
誰も反論してくれない。
怪しい存在がいれば気付いてもおかしくないが、それらしい気配を捉えることができていない。
全員で唸りながら頭を悩ませていると部屋に映し出された夢の世界が砕け散る。
「なに……?」
【世界】が発動している閉鎖空間が開け放たれた。
だが、そんなことはあり得ないはずだ。【世界】が発動された閉鎖空間は外部からの干渉を受け付けないようになる。内側から開放されることがなければ解除されることはない。
急いでドアのある方を向く。
異常事態に気付いたイリスが反対側にある窓を見る。
「おい、ドアが開いているぞ」
「……こっちこそおかしい」
イリスが見たのは誰も触れていないのに開いた窓。
ベッドを跳び越えて窓に近付くと剣を突き出す。
「なに……?」
困惑した様子で着地する。
「何かを斬った気配はあった。でも、何なのかが分からない」
「そいつが部屋の中にいるって言うのか……?」
俺の問いにイリスが首を横に振る。
「いいえ、違うと思います。この部屋にわたしたち以外の気配はありません」
さらにシルビアまで否定する。
「とりあえずノエルのスキルなら状況を詳しく知ることができるのは分かった。他の人のも確認して……」
部屋の外へ意識を向けると誰かが近付いて来る音が聞こえる。
「失礼します!」
慌てた様子の神官が入って来る。
本来なら『聖女』の部屋へ神官が入って来るなど許されるものではないが、そのようなことを気にしていられる状況でないのは神官の様子を見れば分かる。
「どうしました?」
ミシュリナさんに変わったクラウディアさんが尋ねる。
ベッドの隣にシルビアたちがいるため神官の位置からでは寝ているミシュリナさんを見ることはできない。
「外に例の海月の魔物が大量に出現しております。ここは危険ですので、避難してください!」
服装が違うことにも気付けない神官の報告と共に壁が溶け始める。
ガッツリ干渉している夢なので、内容も見せている存在の自由です。