第12話 静かな首都
乗合馬車が首都の門を潜る。
村で余計に1日滞在してしまったため予定よりも遅れての到着だが、御者は快く送ってくれた。
「皆、原因不明の病気を恐れているんだ」
いくつもの街や村を巡る御者なら奇病について詳しく聞かされている。
彼も本来なら危険な首都など近付きたくなかった。それでも、こうして馬車を出してくれているのは、自分がこうして送ることで貢献できていると実感できるからだった。
「あの子の目が覚めてくれて本当によかった」
ドル君が目を覚ましたことから病気を治療する原因を特定しようとしている。
体調を心配した母親によって村に残ったドル君の元にはそろそろ報告を受けた教会から治療師たちが駆け付けているはずだ。
残念ながら回復魔法や医術ではどうにもならない。
それでも希望は見えたはずだ。
「ここまで送ってくれて本当にありがとうございました」
「気にすることはない。だが、何が起こるか分からない。大切な用でもないなら早々に離れた方がいい」
とても首都へ入ろうとする人物への忠告には思えない。
それだけ危険な場所だと認識されている、ということだ。
「随分と静かだな」
「人がいないんですね」
門から入ってすぐの場所で下ろしてもらった。
中心部へ向かって大通りが伸びており、平時なら店が営業しているおかげで活気に満ち溢れている。
しかし、今の首都は営業している店が疎らで、歩いている人も少ない。
「なんだか初めて来た時を思い出すわ」
「え、そんなに酷かったの!?」
アイラが初めてウィンキアを訪れた頃を思い出し、あの時はいなかったノエルが驚いた。
最初に訪れた時は、アンデッドの騒ぎによって兵士たちが外へ出ており、地方での騒ぎを不安に思った人々が落ち込んでいた。
「いや、あの時よりも酷いな」
営業している店はもっとあったように思う。
「すいません」
「はいよ」
野菜を扱っている店へ入ってみると女性が出てきた。
だが、女性店員の顔には覇気がなく、どこか眠たそうにしていた。
「なんだか品物が少ないですね」
店頭に並べられた野菜。
篭の中に野菜が入れられているのだが、篭の中に一つや二つしか入っておらず、中には空の篭まで置かれている。
時刻は昼過ぎ。とても売り切れるような時間ではない。
「悪いね。今は流通が滞っているんだよ」
首都へ近付けば近付くほど奇病に罹り易い。
その噂のせいで商人が近寄ろうとせず、商品の在庫が少なくなっていた。今はこの状況でも精力的に動いてくれる教会のおかげでやり繰りすることができている。
もっとも、暗い理由はそれだけではない。
「随分と眠たそうですね」
「ああ、これかい」
以前は店を経営していたのは旦那さんだった。
親の代から続く立地のいい店。だが、旦那さんが睡眠病に罹ってしまったせいで起きていることができなくなって店に出ることができなくなってしまった。
旦那さんの看病と店の経営。
忙しさのあまり奥さんに負担が掛かっていた。
「さすがに2カ月も目を覚まさないんじゃない不安になるからね。そろそろ限界に思っているところだよ」
「あの--」
ノエルが回復薬の入った瓶を差し出す。
「諦めないでください。諦めなければ近いうちに事態は絶対に解決されます」
「そうなってくれるとありがたいね」
ポーションの誘惑に勝てなかった女性店員が瓶を受け取る。
女性が感じているのがただの疲労なら瓶の中身を飲み干すだけで感じている疲労が吹き飛ぶ。
「これは……!」
女性店員もしっかりとポーションの効果を感じていた。
「受け取りな。お礼だ」
店に残っていた商品を袋に詰めてノエルに渡してくれる。
ポーションの効果を考えれば対価とは言い難いが、好意からノエルが渡した物なのでそこまで対価は求めていない。
店を出て、他の場所も見て回る。
「どこも静かなものだな」
営業している店の方が少なく、看病で疲れてしまったのか営業している店にも活気がない。
「事態は相当深刻です」
人当たりの良い笑顔を浮かべながらシルビアが事情を聞き出していた。
どうやら首都で生活している人の3分の1が睡眠病に罹っており、罹患者を受け入れていた教会も既にパンクしている。そのせいで看病してくれる家族がいる人は先ほどの店みたいに自宅で面倒を見てもらうことになった。
今も増え続ける罹患者。このままでは首都にいる全員が眠ってしまう日も近い。などという予想をしてしまう人もいる。
「逃げ出した人もいるみたいですけど、寝ている人を連れて別の場所へ避難するのも難しいですから首都での生活を続けているみたいです」
実家があるような人たちは早々に逃げ出している。
ただし、首都から離れたからといって助かる訳ではない。
「逃げた人の中には眠り続けてしまう人もいるみたいです。その人が訪れるまでは睡眠病に罹った人などいなかった村だったのに、その人が帰って眠り続けるようになってから村でも流行り出した、なんていうこともあったみたいです」
首都にいた人が帰って来たせいで家族が白い目で見られるようになったらしい。
誰だって病気を蔓延させる原因にはなりたくない。それなら教会が治療方法を見つけてくれれば真っ先に治療を受けられる可能性の高い首都にいた方がいい、と残ることを選ぶ人の方が多い。
「ノエル。お前は責任を感じるなよ」
「でも、わたしがもっと上手く動くことができたら……」
「今はドル君を連れ戻せただけで満足しろ」
連れ戻したことでドル君と奇妙な世界との間にある繋がりが消えてしまった。
途中、睡眠病に罹っている人を見つけて同じように連れ戻そうと試みたが、今度は入ることすら叶わなかった。
魔法や錫杖が消されてしまったのと同じように今度はノエルの存在そのものが拒絶されるようになってしまった。
「お前も感じているんだろ?」
「むしろわたしだから強く感じるかな」
首都へ入る直前から誰かに見られている気配がする。
問題は、首都全体から感じているせいで誰にも相手の位置を捉えることができないということだ。
「まあ、ノエルを警戒しているみたいですからわたしたちは安全でしょう」
「え、安全じゃないのはわたしだけ!?」
「そういえば姿を見られたのはノエルだけだな」
ドル君を連れ戻されたせいで相手は相当警戒している。
ノエルのことを恨んでいてもおかしく、いつ攻撃されるのか分かったものではない。
「ま、詳しい事情は彼女に聞くことにしよう」
首都の中心部ある教会。
入口の前で知り合いが待っていた。
「久し振りです、クラウディアさん。わざわざ出迎えてくれたんですね」
「教会から報告を受けています。どうやら原因不明の病を治す方法を知っているみたいですね。男性一人に女性5人の冒険者だと聞いて、そんな事ができる人物に心当たりは貴方たちしかいませんから、こうして到着を待っていました」
かなりの時間を待たせてしまったみたいで怒らせてしまった。
移動時間を計算すれば今日の昼過ぎ頃に到着できるのは予想できる。ただ、こうして情報収集を兼ねて到着が遅くなってしまうのは想定外だったらしい。
「この事態は病気によるものなんかじゃない。人為的なものです」
「……そうでしょうね」
「気付いていたんですね」
「ミシュリナ様は感付いておられました」
肝心のミシュリナさんの姿が見られない。
「ついて来てください。ミシュリナ様の元へ案内します」
ワクチンもない病気なら拡大を防ぐことなんてできるはずがない。
もっとも病気だった場合の話です。