第42話 守る者と守られる者
「いったぁい!」
舞台の外へ弾き出されたディアが体を抱えて悲鳴を上げている。
上から降ってくる斬撃を受け止めることになったのはディアも同じだ。攻撃が当たる瞬間まで俺の足止めに徹したが、それは自分の身を犠牲にする方法だった。
本来ならディアは死んでいる。
外へ弾き出された瞬間に何事もなかったようになるが、それまでに感じていた苦痛は紛れもなく本物。死んでいてもおかしくない痛みは、ディアの中にしっかりと残っている。
「こんなことを繰り返していたの……?」
俺たちがしていた訓練の異質さを体感して驚愕している。
死に瀕する痛みを受けても立ち上がる。戦闘そのものよりも、傷を負った後で立ち上がれる気力の訓練になっていることに気付いたようだ。
俺個人としては反対したい。だが、眷属全員が納得した上での訓練だ。
どんな状態にあっても俺を守る為に率先して動きたい。
「そ、そんな……」
斬撃を放ったエルマーが力を使い果たして崩れ落ちる。
一方、斬撃を受けた俺の方は体の至る所に斬られた傷があるものの立っている。
「もう限界か」
『ああ、オレが蓄えていた魔力も使い果たしちまった』
聖剣からエルマーへの魔力譲渡も可能。
それでも全力の攻撃は昨日の一撃と今日の2回で使い果たしてしまうほどの消耗を強いていた。
『でも、オレがバカスカ撃つだけの聖剣じゃないって分かっただろ』
「ああ、強いよ」
『こうして束ねればアンタだって斬れるんだ』
剣の周囲に発生させるはずの斬撃を束ねて刃とする。
体中にある傷が聖剣の強さを物語っていた。
「これからもこいつの力になってくれるか」
『ああ。聖剣は気に入った奴のことは裏切らないもんだ』
迷宮主になってしまった以上、エルマーには望む望まないにかかわらず力が必要になる。
それは武器に限った話ではない。
「お前たち3人も今の戦いを反省しろ」
蹲るエルマーの上から神剣を突き刺す。
背中から貫かれたことで死亡し、舞台の外に弾き出されてしまう。唐突に体験した死に思わず自分の状態を確かめている。
戦いは4人の敗北で終わった。
だが、勝敗以上に伝えたいことがある。
「ここでの戦いだったから何も問題なかったけど、他の場所だったら全員死んでいたぞ」
「たしかに僕たちはマルスさんに比べたら弱いですけど……」
「それとは別の問題だ。自分が迷宮主と迷宮眷属になった自覚を持て」
迷宮主が死亡した時、迷宮眷属も道連れにしてしまう。
もし、戦いの途中でエルマーが死亡した際には状態に関係なく他の3人も巻き込んでしまう。
「自分の敗北が仲間も巻き込んでしまう自覚を持った方がいい。さらに言うなら、お前たちも死力を尽くして主を守れ」
既に命の優先順位が変わっている。
個人的にシルビアたちに対して同じ考え方はしたくないが、そのように考えなくてはならない立場になってしまった。
今のエルマーには同じ事が言える。
「それに普通の奴らを相手にするなら十分な力を手に入れたけど、お前たちより強い相手は何人もいる。それこそ俺より強い相手だっているかもしれない」
「マルスさんよりも?」
「ああ」
エルマーの中で俺の強さは絶対的なものになっている。
だから俺より強い奴がいる、と俺の口から言われても納得できない。
「現在、迷宮主は俺の他に最低でも3人いることが確認されている。どうにか倒すことには成功したけど、単純な力だったら俺より強い奴だっている」
ゼオンは【世界】を手に入れることができたから倒すことができた。
今のエルマーではリオやベントラーに勝つことはできない。
「危機感を覚えるならここも貸し出してやるから自由に使えばいい。力を試すのに下の階層へ向かってもいい」
残念ながら最下層まで到達することはできない。
仮に最下層まで到達することができたとしても管理権を奪われることはないし、迷宮が消滅してしまうことを理解しているなら迷宮核を破壊するような真似もしないはずだ。
実戦さながらの訓練と実戦は確実に力を強めてくれる。
「もっと強くなれ。迷宮主に敗北は許されない」
「はい」
今のままではいけないことには気付けたはずだ。
「あの、屋敷の件は……」
元々の要件を思い出したジリー。
「好きにしろ。むしろ居てくれた方が母さんたちは喜ぶ」
4人が一気にいなくなったことで母たちは落ち込んでいた。
しばらくすれば気にしないようになっていたが、それも明るく努めようとしていただけにすぎない。それが久し振りに帰ってきてくれたおかげで、本当に喜んでいた。
「しばらくいてくれない? やっぱり、家族がいなくなるのは寂しいみたいなの」
「もちろん私たちもですよ」
アイラとメリッサの言葉を聞いて歓待を受けられることに気付いた。
☆ ☆ ☆
4人は、早速顔を合わせて話し合っている。
お互いができるようになったことを知っておくのは、連携して戦う為に重要な事だ。
戦闘の最中は念話で会話をしていたようだが、やはり顔を付き合わせて言葉にした方が話し合いは進む。
子供たちは置いて仲間の待つ方へ向かう。
「お疲れさまです」
待っていたシルビアがタオルと飲み物を差し出してくる。
さらにさり気なく後ろへ回り込んだイリスが【回帰】で体を元の状態に戻してくれる。さすがにそろそろ立っているのもきつくなってきたところだった。
「頑張り過ぎなのよ」
「でも必要な事だったろ」
危機感を持ってもらう必要があった。
「だからってステータスを落としてまで戦う必要ないじゃない」
指に嵌っていた『制約の指輪』を外す。
エルマーたちと『本気』で戦うならステータスを落とす必要があった。
「あいつらには本気の殺意を受けてもらう必要もあった。よほどの事がない限り俺たちは敵対するつもりはないけど、迷宮主と敵対する可能性が全くない訳じゃないからな」
リオとは競争だったが、争ったことには変わりない。
いざという時を考えたら迷宮主の強さに慣れておいてもらう必要があった。
「ま、リオやベントラーに狙われるようなら率先して助けるけどな」
「私たちが本気で戦えば、あの二人なら問題ない」
イリスが言うように、管理している迷宮が地下100階へ到達したことによって『限界到達者』の称号を得ることができた者の力は、他の迷宮主との間に一線を画すようになる。
だから危険視するべきは、同じ『限界到達者』になる。
「――もう一度確認だ。ゼオンは本当に生きているんだな?」
「あくまでも、その可能性が最も高いという話です」
メリッサの言葉に緊張が全員に走る。
そもそもの発端は呪いの行方を追ったおかげだった。
「何百年にも渡って蓄積された呪いが戦闘によって削られたとはいえ、穀倉地帯の一つを滅ぼす程度で終わらされると思いますか?」
メリッサは、もっと広範囲に広がるか災害でも起こるのかと思っていた。
その予想に比べれば穀倉地帯一つで被害が済んだのは幸いだった。
「跳ね返った呪いですが、何者かに掠め取られてしまいました」
改めて宣言します--奴がラスボスです。
次回からは掠め取っていった犯人を追うので章が変わります。