第41話 迷宮主VS迷宮主パーティ-後-
「何の為にここで模擬戦をしていると思う?」
「さっき見せてくれたように本気で戦う為です」
ジェムへ問い掛けると自然な様子で答えが返って来た。
間違っていない。ただし、本当の意味で理解している訳ではない。
「ここなら殺すつもりで攻撃して本当に殺してしまっても問題がないんだ。それを実演までさせてみせたのに、お前とジリーからは殺意が感じられない」
「……!?」
図星だったようで言葉を受けて目を丸くしていた。
傷付けてもいいことは理解している。しかし、『傷付けてもいい』レベルで止まっていては絶対に勝てない。
「言わないと分からないようだから言葉にしてやる。『敵を殺すつもり』で戦え」
「もちろんです」
「分かってない! もしもアレが敵に対する攻撃なら、今すぐに剣を捨てた方がいい」
「なん、で……」
「急所を狙え」
敢えて急所を晒していた。
だが、目に見えた隙があるにもかかわらずジリーは避けていた。
「原因は分かっているな」
万が一にも俺を傷付けてしまうことを恐れていた。
「お前の気持ちは分からなくもない。それでも、必要な時には容赦を捨てろ」
ジリーが黙って俯いてしまう。
考え事をしているジリーの方を向いているとエルマーの手から雷撃の槍が俺へ向けて放たれる。
体を傾けると、胸を狙った攻撃が通り過ぎていく。
「二人は合格だ」
心臓を貫くつもりで放たれた攻撃。
ディアの攻撃も硬質化させていなければ命を奪うことができていた。
「ジェム」
名前を呼ばれて思わず振り向いてしまう。
手招きしたシルビアからアドバイスが届く。
「あなたたちは仲間なのかもしれないけど、形式上とはいえ主と眷属の関係になったの。だから相手が誰であろうと主を守らないと。何か思惑の違いで、わたしたちが敵対することだってあるかもしれないんだから」
「そんなことは……!」
「ないとは言えないよね」
エルマーの懐へ飛び込むと神剣を振り上げる。
上から聖剣を叩き付けて防御しようとするエルマーだったが、耐えられずに吹き飛ばされてしまう。
「その聖剣はたしかに強力だ。だけど、お前自身が吹き飛ばされて離されると聖剣の効果は発揮されない」
数百、数千、数万といった風に大量の斬撃を放つことができる聖剣だが、聖剣を中心に数メートルの範囲で発生させるため、離されると効果を発揮することができない。
吹き飛んだエルマーへ攻撃を仕掛けるべく踏み込む。
「うん?」
まるで縫い付けられたように足が動かなくなる。
「【嫉妬の盾】」
意識が盾を構えてスキルを発動させたジェムの持つ盾へ向けられて体が動かなくなる。
たしか対呪いに特化したスキルのはずだ。
「このスキルが通用するなんて、どれだけ負の感情を溜め込んでいるんですか」
「別に負の感情なんて……」
「まあ、迷宮の維持とかで利益優先だから」
イリスから辛辣な評価が聞こえる。
困っている人が目の前にいても基本的に自分たちの利益になるかどうかを考慮してから助けるようにしている。
それが呪いに似た重い感情になっているらしく、意識が向いてしまう。
「いやいや、俺はそういうんじゃないから……」
イリスに反論しようとした瞬間、刃が首に迫る。
「あれ……?」
刃を空振ったディアが呆けた声を出す。
首を完全に捉えていたディアにとって回避されると思っていなかった。
「大人げないぞ」
「さすがに【世界】を使うのは卑怯ですよ」
「うるさい」
意識の隙を狙った攻撃。
回避できるような時間は残されておらず、時間を止める以外の方法で回避することはできなかった。
「あんな攻撃受けたら首がパックリいくだろ」
「そんなことをしていていいんですか?」
「どういうことだ?」
背後から聞こえるメリッサの声に対して振り向かずに尋ねた直後、足元の床が隆起して上へ吹き飛ばされる。
魔法による形状への干渉。
魔力の元を辿らなくても誰がやったのか分かる。
「……わたしが甘かったみたいです」
どうにか上半身だけ起こしたジリーが強く睨み付けてくる。
空中にいる俺の頭上に炎で作られた槍が5本出現する。メリッサの教育を受けた影響なのか昔から火属性の魔法が得意だった。
体の動きを縛る【嫉妬の盾】の力をレジストする。体から魔力を放出することで干渉している力を弾くことができる。
自由になった体で胸へ放たれた2本の槍を神剣で斬り捨てると、勢いを利用して背後へ迫っていた1本の槍も斬り捨てる。さらに2本の槍へ風の弾丸を当てれば爆発が起こる。
「そうだな。単純な攻撃力なら【火属性】の方が強い……ぐっ」
ジリーの攻撃を全て防いで地面に着地した瞬間、足に斬られた痛みが走る。
見れば左足首が斬られていた。
「上の攻撃は囮。本命は移動能力を奪うこと」
「……やられたな」
着地した瞬間、ジェムが【嫉妬の盾】で動きを阻害した。
おかげで回避が間に合わずにジリーの放った風の刃を受けてしまった。
ジリーの体が光の粒子に包まれて消える。
「あれ……?」
次に姿を現したのは舞台の外。
最後の力を振り絞った攻撃によって死亡してしまったらしい。
「今のわたしの攻撃は避けなかったんですね」
「……なんのことだ?」
「いくらジェムのスキルで動きを止められても、時間を止めれば回避はできたはずですよね」
ジリーの分析は正確だ。
体が動かない状態だったとしてもスキルの使用に問題はない。
「さっき女性陣からブーイングを受けたばかりだからな。この戦いで【世界】はもう使わないつもりだ」
「そんな余裕を見せていていいんですか?」
「サービスだ。次のエルマーの攻撃も受けてやる」
「ありゃ、バレてた」
ディアが横へズレると黙って意識を集中させていたエルマーの姿が見えるようになる。
「ここは迷宮だ。スキルを使えば、どういう位置に立っているのか分かるんだ」
ディアは俺とエルマーの間に立っていた。
自分に意識を向けさせることでエルマーに意識が向くのを防いでいた。
「真っ向から迎え撃ってやる」
「二人とも伏せて!」
エルマーが剣を横薙ぎに振るう。
すると、剣が伸びたように斬撃が放たれ、舞台の上を薙ぎ払おうとする。
「ぐっ……!」
神剣で受け止めると強い衝撃が体に走る。
「まだ!」
聖剣に力を込めて効果を発揮させようとする。
斬撃によって作られた刃だったとしても聖剣の一部であることには変わりない。遠距離からでも無数の斬撃を発生させることができる。
神剣と当たっている場所から斬撃が迸る。
「それは見せてもらった」
発生したのは100を超える斬撃。
同じように迷宮魔法で斬撃を発生させて相殺する。
「そんな……」
「聖剣程度の力は慣れれば迷宮魔法でも再現が可能だ」
神剣から手を放して上へ跳べば聖剣の斬撃が通り過ぎていく。
今のエルマーは消耗している。一気に近付いて攻撃すれば苦労することなく倒すことができる。
――ヒュンッ!!
手をかざして飛んできた大剣を受け止める。手に刃が突き刺さってしまっているが、この程度は回復魔法を掛けておけば治る。
「これが、俺なりの覚悟だ」
大剣が飛んできた方向を見れば、エルマーの斬撃によって胴を両断されたジェムが倒れていた。
「無茶をする」
ジリーと同じように消えると、舞台の外に何事もなかったように現れる。
「あなたを攻撃するにはこれぐらいしかなかったんです」
大剣を投げる為には起き上がって、力を込める必要がある。
ちょうど斬撃が通り過ぎた直後。その状態で斬撃が通り過ぎる先にいたジェムが攻撃する為には自分が犠牲になる覚悟が必要だった。
「今ので倒せればよかったんですけど……」
「投げる瞬間に殺気を出したのは失敗だったな」
殺気のおかげで攻撃に気付けた。
だが、本気でなければ俺に通用することはない。
剣を振ってディアの攻撃を防ぐ。
「まだやるか」
「硬化していない状態で急所を貫けば倒せる」
「それは間違っていないけど、急所を攻撃させるつもりはないぞ」
ディアの攻撃は正確だ。正確だからこそ防ぐことができる。
「それにジェムが覚悟を見せた。なら、私だって痛いのを我慢するつもりです」
舞台の端の方にいるエルマーが聖剣を上に掲げる。
まるで天井を貫くような勢いで伸ばされた聖剣の刃が弾けて消える。
「舞台から落ちたら場外失格ですからね。時間を止めずに避けてください」
雨のように落ちてくる無数とも思える数の斬撃を見上げる。
【世界】で時間を止めれば斬撃の雨を回避するのも余裕。だけど、大人げないので先ほどの1回でだけで使うつもりはありません。