第40話 迷宮主VS迷宮主パーティ-中-
舞台の中央で対峙する俺とエルマーたち4人。
「本当にいいんですね」
「ああ」
地下57階がどのような階層なのか実演したおかげで、本気で戦っても問題ないと理解したエルマーはやる気に満ちていた。
だが、ジェムとジリーはどこか戸惑っている。エルマーのように頭では問題ないと分かっていても心のどこかで躊躇していた。
ディアは武器を構えることもなく、自然な姿勢で立っていた。
「滞在とかは関係なく、せっかくの機会ですから全力で戦わせてもらいます」
「それなりに手加減はしてやる。もしかしたら勝てるかもしれないぞ」
「もちろん倒すつもりでやります」
エルマーが魔力を練り上げる。
直後、練り上げられた魔力が魔法へと変換されて雷撃が足元へ叩き付けられる。しかも、ただの雷撃ではない。舞台と反発した雷撃が上へ打ち上げられると同時に煙が発生させられ、舞台の上を覆う。
気付けば視界が真っ白に染め上げられていた。
「これで視界を塞いだつもりか」
手を振るって風を発生させる。
押し寄せる風が煙を吹き飛ばす……はずが、わずかに押し込んだだけで煙が元の場所に戻ってしまった。
よく見ると煙の中に雷撃が混ざっている。
「――【鋼化】」
迷宮魔法により体を硬質化させる。
直後、首に刃が当てられて甲高い音が響く。
「ディアか」
視線だけを向ければナイフを手にしたディアがいた。
自分の名前を呼ばれたことで攻撃が失敗に終わったことを悟ると、クルリと体を回転させて後頭部へナイフを叩き付ける。
しかし、響いてくるのは金属を叩いた時のような音のみ。
「どうして、そんなに硬いんだか」
「いや、そこそこ強いぞ」
迷宮にいる魔物のスキルを魔法で再現することのできる迷宮魔法。
アリスター迷宮にいる魔物の中でも最も硬い極限盾亀の硬度を再現させてもらったからこそ耐えることができている。
「安心しろ。この状態だと体が重たくて攻撃することができないんだ」
教えてあげている間にも額や胸、開いている口から内側を攻撃しようとするが阻まれている。
どこかに攻撃の通用する場所がある、との判断からの攻撃だが口の中であろうと柔らかくはなっていない。
遭遇した時には逃げるか、大火力の一撃が必要になる。
素早さによる手数の多さが頼みのディアでは敵わない。
「きゃっ!」
ナイフを引いた一瞬に【鋼化】を解除して拳を叩き込む。
【迷宮魔法:鋼化】は魔法を発動させている時のみ効果が現れてくれる。タイミングさえ合わせればデメリットを無視して攻撃ができるようになるのだが、慣れるまでに時間が掛かってしまった。
煙の中へ戻されるディア。
他の3人も煙の中にいて姿が見えない。
「すぐさま煙で視界を塞いで、感覚の鋭いディアに奇襲させたのはいい考えだ。ここは障害物になる物が何もない場所だから自分で障害物を作る」
奇襲に勝機を見出した。
だが、俺の視界を潰すと同時に自分たち3人の視界まで潰してしまっている。動いていないのだから俺の位置は最初から変わっていないから把握しているはずだが、動けばどこにいるのか3人は分からなくなってしまう。
「見えていますよ」
「へぇ」
誰かに見られている感覚がある。
それもディア以外に複数の感覚だ。
「さすがだな。この短時間で迷宮主のスキルを使えるようになったじゃないか」
ディアの見ている景色を全員で共有することで俺の位置を特定している。
「手加減無用なら僕も最強の武器を使わせてもらいます」
煙の中から金色の光が溢れる。
聖剣チェルディッシュを手にした。煙の中にあっても目立ってしまう聖剣。
「遠慮しないのはいいけど、位置がバレバレ」
聖剣を手にしたまま突っ込んで来るエルマー。
光を確認しながら煙から飛び出してくる瞬間にタイミングを合わせて剣を振り下ろす。
剣と剣が打ち合わさる音が響き渡る。
ただし、響いたのは一瞬だけでエルマーの姿と共に通り過ぎていく。
「【壁抜け】か」
「眷属の持つスキルは主も使える」
すり抜けて後ろへ回り込むと蹴って俺を前へ突き出す。
「ま、見慣れたスキルだからすぐに使えたんですけどね」
ディアが見ていたようにエルマーもシルビアが【壁抜け】を使用するところを何度も見ていた。持続時間や負担など拙い部分もあったものの見事に再現させることに成功していた。
元から賢いエルマー。できることが増えたことが活かされている。
思わず感心して後ろを向いていると、
「い゛っ!」
背中に走る強烈な痛みに倒れ込んでしまう。
「ご、ごめんなさい……」
煙の中からジリーの謝る声が聞こえてくる。
「ダメだよ。エルマーがどういう意図で聖剣を出したのか考えないと」
さらに仲間からの声も聞こえてくる。
金色の光を放ちながら突っ込んで来たため光の正体を聖剣だと思い込んでしまったが、アイラが【迷宮同調】で見せてくれた光景で金色の光を放つ小型の竜が背中に衝突しているのが分かった。
光が持つエネルギーを凝縮させた竜。
直撃を受けた背中はダメージを負っている。
「ははっ」
「大丈夫?」
倒れながら急に笑い出した俺を心配したアイラの声が聞こえる。
「そこまでのダメージではないと思いますけど……」
「そうだよね」
メリッサとノエルの声も聞こえてくる。
想定以上のダメージで笑い出してしまったわけではない。ダメージを与えられたことが嬉しかった。
「防御系のスキルは使っていない。それでも昔のあの子なら全力の魔法でも俺にダメージを与えられなかっただろ」
「そりゃ、迷宮眷属になっているんだから……」
「いや、違う」
ステータスが上がったおかげだというアイラの言葉を否定する。
「そうですね。あのように凝縮させるなら単純なステータスよりも魔法の技術が必要になります。きちんと研鑽を積んだ証拠でしょう」
だからこそ気に入らない部分もある。
起き上がると俺を警戒したエルマーが煙の中へ戻る。奇襲ぐらいでしか勝てないという考えは間違いではない。だが、それでは絶対に勝つことはできない。
「この方法が無意味だっていうことを教えてやるよ――【転移】」
空間を跳び越える魔法を使用してジリーの後ろへ移動する。
自分たちの視界も潰してしまっているジリーは俺がいなくなったことにすら気付けていない。
「え……」
ディアが気付き、共有している視界からいなくなったことにジリーも気付いてようやく反応を見せる。
だが、一拍遅れた。
戦闘において一拍の遅れは致命的になる。
「魔法っていうのはこういうのを言うんだよ」
ジリーが使用したのと同じように光を凝縮させた竜の形をした魔法を放つ。
ただし、ジリーがしたように衝突した瞬間に衝撃を叩き付けるのではなく、相手の体を貫く勢いで打ち付ける。
至近距離からの魔法を受けたジリーの体が上へ飛ばされ、舞台の上に叩き付けられる。
「ジリー!」
服が破れ、魔法を叩き付けられた場所には貫通した穴が見える。
起き上がろうとするものの口から血を吐き出して立ち上がることができずにいる。
「この……!」
ジリーを傷付けられたことで怒ったジェムが剣を振って来る。
見えていなくてもディアが位置を特定しているから剣を正確に振るうことができている。
「鋭く、強い攻撃だ。欠かさずに教えた型を繰り返し続けていたんだろ」
「それだけじゃない!」
振り下ろされた剣に自らの剣を叩き付けて受け止める。
教えたことのない型だ。
「剣が上手い人ならたくさんいた。これでも色々な人から教わっていたんだ」
「それは構わない。冒険者は自由なんだから、強さだって自由でいいんだよ」
俺たちの模倣をしていてはいけない。
「ただし、この状況で気を遣っているのはいただけない」
力任せにジェムの剣を押し返す。
そのまま体勢が崩れたところに首を狙って剣を振り下ろす。
「そこまでです」
割り込んだディアが手にしていたナイフを弾かれ、勢いを殺し切れないまま左腕に剣を受けて血を流して蹲る。
同時にエルマーが魔法を解除したことで煙も晴れた。
まあ、なかったことにされると教えられても親同然の相手に致命傷になる攻撃を簡単にできないのが普通ですよ。