第39話 迷宮主VS迷宮主パーティ-前-
パレント迷宮の最下層。
「本当にいいんですか?」
「最低限の機能を取り戻させるだけだ。気にするな」
枯渇寸前のパレント迷宮へアリスター迷宮の魔力を与える。
当初の予定ではアリスター迷宮の魔力を財宝や魔法道具に変換してからパレント迷宮で【魔力変換】させるつもりでいた。しかし、それでは手間とロスが生じてしまう上に、まだエルマーは【魔力変換】を手に入れていない。
早急な復旧が望まれるため痛手だ。
だが、ディアの目覚めたスキルが解決してくれた。
「【迷宮同体】」
ディアがスキルを使用したものの大きな変化はない。
「お!」
目の前にあるのは最下層に配置された転移結晶。
それに触って転移可能な階層を確認するとパレント迷宮だけでなく、アリスター迷宮へも移動が可能になっていた。
【迷宮同体】。
自らの主が管理する迷宮と別の迷宮を重ね合わせて繋げることができる。繋げる為には、接続先の迷宮を管理している迷宮主の承認が必要になる。今回は管理者である俺が承認したためアリスター迷宮と繋げることに成功した。
一体化した転移結晶を介して二つの迷宮が繋がる。
「これで問題は解決」
地下30階までの再構築に必要な魔力を送る。
しばらくは迷宮の管理に忙しくなる。呪いの後遺症によって未だに沈黙したままの迷宮核は心配だが、起きてくれれば扱き使えるはずだからエルマーの負担は軽くなる。
「ありがとうございます」
「分かっているだろうけど、貸しただけだからな」
いずれは返してもらう予定の魔力だ。
賢いエルマーならすぐ稼げるようになるだろうし、律儀に利息分も加算した上で返してくれる。
しばらくの間は必要経費としてパレント家が捻出してくれるが、迷宮の運営で稼ぐつもりならパレント家に頼らない方法が必要になる。
「もちろんです。そこで相談なんですけど……」
エルマーたちの願いは、しばらくの間アリスターで生活させてほしい、というものだった。
今回の一件で顔と名前が知られることになってしまった4人。面倒事を避ける為にも人前に出ることは遠慮したいが、ずっと迷宮に引き籠っているのも健康に悪いので避けたい。
そこで自由に移動ができるようにアリスターなら騒動について知られていないから、離れているにはちょうどいいと判断した。
ただ、それよりも重要な事があるのに気付いた。
「休ませる為とはいえ屋敷に連れ帰ったのは失敗だったかな」
「う……」
「なるほど。ホームシックになったんだ」
納得した様子のアイラの言葉が図星だったらしく、4人とも反応していた。
寝ていたエルマーは会っていないが、ジェムやジリーは母たちに迎え入れられている。母たちも久し振りに帰って来てくれたのがよほど嬉しかったのか、つい歓待してしまっていた。
「もう2年も帰っていなかったんですよ。ちょっとぐらい帰ってもいいじゃないですか」
起きてすぐアリスター家へ向かったためエルマーは母たちに軽く挨拶をしただけで終わらせている。
一人だけ除け者にされているのは可哀想だ。
だが、このまま甘えさせるのもよくない。
「ちょっと付いて来い」
☆ ☆ ☆
移動先はアリスター迷宮の地下57階。
古風な円形の闘技場に囲まれた階層だ。
「冒険者ギルドの訓練場、それに屋敷の庭で模擬戦をしているのは見たことがあるな」
「はい」
そこからヒントを得てスキルの習得に励んでいたようだ。
普通の冒険者が目標とするなら申し分ないレベルだっただろう。
「あんな場所でしていた模擬戦なんて俺たちにとってはお遊び同然だ」
「どういう……」
「本当の強さは、模擬戦なんかじゃ磨かれない。文字通り、命懸けの戦闘の中で培われるんだ」
冒険者が相対することになるのは命懸けの戦闘。
どこか余裕のある模擬戦で本当の意味において鍛えられるはずがない。
「実演してみせろ」
「いいけど……」
アイラとイリスが舞台に上がる。
どちらも4人に見られている状況に戦うのが納得していないのか渋々といった様子だったが、舞台の中央で対峙すると意識が切り替わる。
それから命懸けの戦闘が始まる。
お互いの相手の急所を狙って剣を振るう。ギリギリのところで回避や迎撃に成功しているものの一歩間違えば死んでいてもおかしくない攻撃だ。
「と、止めさせないと……」
気迫も本物。
寸止めする素振りなど一切ない。
このままだとどちらが命を落とすことになる。
「ほら、跳んで!」
「もっと攻めた方がいいですよ」
「あ、これ美味しい」
シルビアとメリッサが応援し、ノエルはお土産に買ったお菓子を食べながら暢気に観戦していた。
仲間である3人がそんな様子なのが信じられずにいるエルマーたち。
やがて、模擬戦にも決着がつく。
「あっ!」
踏み込んだアイラの足元だけをピンポイントでイリスが凍らせたことで、滑ったアイラが体勢を崩す。
そこへイリスが剣を突き出すとアイラの喉に突き刺さる。
明らかな致命傷。
だが、アイラもただでは死なない。
崩れ落ちながらも振るった剣がイリスの足を太腿から斬り飛ばしていた。
気付けばイリスも重傷を負っている。
「え、訓練で何をやっているんですか!?」
「これが俺たちの訓練だ」
「いくらイリスさんに【回帰】があるからと言って、これはやり過ぎです」
「ちなみに【回帰】が使えるようになったのは最近の話だ」
エルマーたちが一緒に暮らしていた頃から似たような模擬戦をしていたが、訓練で重傷を負った姿は見せていない。
「わっ」
「うわっ!?」
「え……」
「大丈夫なんですか!?」
「どうして……」
慌てている4人の様子が面白かったのか、アイラは近くに現れると急に声を出して驚かしていた。
反応に満足したようでクスクス笑っている。
「アイラ……」
「だって……」
呆れながらイリスがアイラの肩に手を置く。
とても殺し合いをしていた二人のようには見えない。なによりも貫かれた喉が塞がり、切断されたはずの足が繋がっているのが信じられない。
二人とも舞台上での出来事がなかったかのように振る舞っている。
「分かったか?」
「……戦闘が終われば舞台上で負った傷は全て癒える」
「正確には何もなかったことにされるんだ」
そういう結界が張ってある。
だから俺たちは暢気に観戦しながら、本気の殺し合いをすることができる。
「ま、これも命懸けではないんだけどね」
「さすがに何度もやっていれば『どうせなかったことになる』っていう思いがあるせいで、本当の意味で命懸けにはならない」
それでも相手の命を奪ってしまうことに躊躇する必要がなくなるのは訓練の助けになっていた。
本来の用途とは異なった使われ方をしているが、他では体験することのできない訓練ができていた。
「4人とも舞台に上がれ。後ろから見ていて強くなったことは実感した。最後に俺が本気の殺し合いで稽古をつけてやる。そこで俺を納得させられるだけの実力を見せつけられたら屋敷の滞在を認めよう」
というわけで、最後にマルスVS4人です。