第37話 聖剣チェルディッシュ
「……この部屋ですか」
見知った天井、嗅ぎなれた匂いのする部屋に寝かされていたエルマーが目を覚ました。
「あ、起きた」
「おはよう」
ベッドの傍にいたリエルとノナ、二人の獣人娘が気付いた。
久し振りに見る顔だったが、成長したことで親に似たことですぐに誰なのか理解した。
「お母さん呼んで来よう」
「うん!」
実際には隣にいただけだが、看病していたつもりの二人がノエルを呼びに出て行く。
「大丈夫か?」
重たい頭を起こしながら尋ねる。
「マルスさんの方こそ大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。軽い二日酔いだ」
少量だったが、酒を飲んだ直後に動き回ったのがいけなかった。回復魔法を掛けてもらえば、もう少し楽になるはずなんだが酒に慣れるためメリッサから禁止されていた。
「どこまで覚えている?」
「気絶する前までの出来事は覚えています」
「さすがだな」
魔力切れで倒れてしまったエルマー。
あの後、街で休ませようかと思ったが、遠くだったとはいえ街から見える場所に災害のような化け物が現れたのだから騒がしくなってしまった。
仕方なくアリスターの屋敷まで連れ帰って休ませた。
何年も過ごした屋敷。目を覚ました直後に自分の状況を把握していた。
「あれから、どれくらいの時間が経過しました?」
「安心しろ。まだ翌日の朝だ」
ただ寝ているだけのため頭が重くて動けないだけの俺が傍にいることになった。
「パレントの冒険者ギルドへはイリスとアイラが最低限の事情説明だけしてくれている。イリスなら理路整然と説明ができるし、あの街ならアイラがいてくれれば説得力が増す」
警戒はしているものの最低限に留めている。
だが、依頼主には詳しい事情を説明する必要がある。
「他の部屋で3人も寝かせている。全員が起きたら報告しに行く予定でいるんだけど、その前に打ち合わせする必要があるみたいなんだ」
「貴方の使った聖剣についてですね」
メリッサが唐突に現れる。
いきなり現れたが、迷宮眷属のスキルについても知るこことなったエルマーは軽く驚くだけで済んだ。
聖剣チェルディッシュ。
どのような出自を持つ聖剣なのかはメリッサが知っていて簡単に教わっていた。
「あの剣はチェルディッシュ伯爵……いえ、今は降格して男爵にまでなっていたのでしたね。とにかくチェルディッシュ家に伝わっていた聖剣のはずです」
「それも100年以上も前の話ですけどね」
聖剣。
魔剣は強大な力を与える代わりに相応の代償を求められる。
対して聖剣は、使える者が限られている代わりに代償をなしに強大な力を振るうことができる。
「最初に聖剣チェルディッシュを手にした者がいたのは今から400年近く前の話だと聞いています。戦争で活躍した結果、当時の国王から認められて爵位を賜る。その後も活躍を続けることで伯爵にまで登り詰めました」
『そうだな。その認識で間違いない』
エルマーの手に聖剣チェルディッシュが現れる。
喋ることのできる聖剣が当事者として語るのだから間違いない。
『オレはディックスの「困っている人を救いたい」っていう想いが気に入って力を貸すことにした。その後も、あいつの子孫から気に入った子を選んで協力してあげてたね』
意思を持つ剣がそれだけ初代を気に入っていた。
聖剣を手にして弱き者の為に戦う剣士。それこそ聖剣が求めていた担い手の姿だった。
「ですが、今から100年ほど前に聖剣チェルディッシュの担い手は現れなくなります」
「死んだのか?」
「いいえ、誰かが選ばれるはずなのに誰も選ばれなかったのです」
聖剣が選ぶことを拒んだ。
「世間では、その時に起こった政争が原因だと言われています」
聖剣を手にした一族を羨んで政治的な立場から切り込もうと考えた貴族がいた。
対抗するには聖剣の担い手らしくない汚い手段を使う必要があった。家を守る為には仕方のないことだったらしく国王も黙認した。
「政争に勝利したチェルディッシュ家ですが、その代償に聖剣の担い手が現れなくなってしまったのです」
『いやあ、さすがに相手の娘を何人も誘拐するのはやり過ぎだよ。しかも、要求に従わせる為に見せしめとして何人か殺して親に送り返しているんだもの』
聖剣がなくても強い一族には簡単な仕事だった。
今のチェルディッシュ家のやり方が気に入らなくて見限った。
「遠縁の者まで対象にして聖剣の担い手を探しましたが、見つかることはなかったそうです」
『だってパッとしなかったんだもん』
まさかチェルディッシュ家も聖剣が『パッとしなかった』なんていう理由で選ばなかったとは思わなかった。
本気で聖剣の担い手を選ぶ方法に頭を悩ませた。
そんな時に現れたのがエルマーだった。
一族から見つけることを諦めたチェルディッシュ家は、一般から聖剣の担い手を見つけて一族の娘を嫁がせることで繋ごうとした。
当初は隠していたが聖剣の担い手がいないことをいつまでも隠し通せるはずがなく、男爵にまで降格させられたことで焦っていた。
もう聖剣の担い手がいた頃に生きていた人物はいない。
純粋に力を求めていると勘違いした当主は武闘大会を開くことにした。
「そこで優勝したんだ」
「いえ、予選は突破したんですけど2回戦で敗退しました」
実力の不足が原因ではない。
ほとんど八百長に近い大会で、チェルディッシュ家の扱い易い人物を勝たせることが決まっていた。
2回戦でエルマーがわざと負けた。
「大会の後、近くで魔物に襲われている家族を助けたんです」
村から大会を観戦に来た親子だった。
エルマーが間に合ったことで親子は無事に村まで帰ることができた。
「どうやら助けた時の事が気に入られて聖剣の担い手に選ばれてしまったんです」
『こいつの事は大会の時から気に入っていた。強くなろうとしているのだって親同然の人に恩を返したいっていう想いからだろ。しかも、仲間の二人も同じ想いを抱いているし、ディアの嬢ちゃんに至ってはこいつと添い遂げるつもりでいる』
事情を知って完全に気に入ってしまった。
担い手になることを拒んでも付いて来る始末で受け入れるしかなかった。
「だけど僕が聖剣の担い手だって分かると面倒な事になるじゃないですか」
そこでエルマーが求めた時にのみ現れるようにした。
聖剣チェルディッシュには担い手が望めば空間を越えて現れる力がある。
「事情は分かった」
使わなければならない事態にあった。
だが、エルマーが使えることを知られるのは危険を孕んでいる。
「お前はどうしたい?」
あの場は遠くからだったが多くの人が見ていた。
普通の剣とは明らかに違う荘厳な剣。
『照れるな』
「褒めてない。目立っているせいでエルマーが困っているんだぞ」
『ま、なるようにしかならないだろ。オレは最悪どっちでもいいからな』
もうエルマーを聖剣の担い手に選んでしまっている。
エルマーが生きている内は他の人間を担い手に選ぶつもりはないらしく、仮に他の人間を選ぶことにしたとしても数年後にディアとの間にできた子供を選ぶつもりでいる。
チェルディッシュ家の人間が割り込む余地はなかった。
「大丈夫ではないでしょうか」
「メリッサ」
「その武闘大会の話なら聞いて知っています。結局、担い手が現れず、男爵が『聖剣に選ばれた者に託す』とまで言っています。その剣を手にするのは、聖剣に選ばれた者の正当な権利です」
つまりエルマーが手にしていても何の問題もない。
よほど聖剣の担い手を欲していたのだろうけど焦ってしまった結果ミスを犯してしまった。
「この剣が面倒である事は間違いありません」
『おい』
「だって口うるさく語り掛けてくるんですよ。今は後遺症のせいで大人しいですけど迷宮核まで語り掛けてくるようになったら、うるさくて仕方ありませんよ」
うんざりした様子のエルマー。
「それでも僕を選んでくれたことは光栄に思っています。できることなら使ってあげたいですよ」
「悪いようにはしない。俺たちがどうにかしてやるさ」
ちなみに聖剣がなくなっていることにチェルディッシュ家の人間は気付いていません。
まあ、誰も使っておらず倉庫にしまっている剣が短時間だけ消えるなんて想像もできないでしょう。