第34話 呪いの戦士 ③
呪いのオーガに向かって駆け抜けたディアが短剣で斬り掛かる。
「硬い……!」
短剣が呪いのオーガの腕に当たるが、まるで金属を叩いているかのような衝撃を受ける。
ディアのステータスも格段に向上している。それでも傷すら付けることができずにいる事に焦りを覚える。
グルっと腕を振り上げられるとディアも一緒に吹き飛ばされる。
空中で崩された体勢を整えると呪いのオーガから手が伸びてくるが、空中を蹴って離れる。
呪いのオーガの意識がディアに向く。
直後、エルマーとジェムが胸に剣を叩き付け、黒い体が欠ける。
「その程度か」
上にいるディアから狙いをジェムへ変え右腕を伸ばす。
瞬時に収納リングから出した大盾で拳を受け止めると後ろへ押されながらもどうにか耐える。
「ディア、合わせて」
「任せて!」
正面からはエルマーが斬り、後ろからはディアが何度も斬り掛かる。
剣で斬り付けられる度に呪いのオーガの体が斬られたように欠けていく。しかし、生物と違って斬られても血が出るようなことはない。
「ハハハッ、全く傷付けられていないじゃないか!」
「ぐぅ!」
振り回した呪いのオーガの腕がディアを掠め、転倒させられる。
そこを見逃さなかった呪いのオーガが倒れた体を蹴り上げるとディアから呻き声が漏れる。
耐久力の低いディアでは体がバラバラになりそうなほどの衝撃を受ける。
それでも攻撃に耐えると鋭く睨み付ける。
敵と相対しているのなら敵意を失うような真似だけはしてはならない。
教えられたことを忠実に守って落とさなかった短剣を持つ手に力を込める。
「捕まえた」
しかし、着地した瞬間を狙って大きな手で体を掴まれてしまう。
「本当に不思議な奴」
「なに?」
「あんたみたいに急激に力を身に付けた奴の弱点は、戦闘経験の少なさなの。だから上に跳んだ私だけに意識を向けちゃうし、誰か一人に攻撃すれば他への意識が散漫になる」
そうした隙を狙って攻撃を繰り出す。
だが、どれだけ傷付けても欠けるだけで修復されてしまう体が相手では小さな攻撃は意味がない。
「それが、どうした?」
「自分が致命的な隙を晒していることにも気付いていない」
ようやく呪いのオーガも頭上に輝く物体を見つけて目を向ける。
それは、輝いているのではなく燃え盛っている炎で作られた槍。それも1本ではなく、30本もの槍が一瞬にして作られていた。
「な、に……!?」
少し前まではなかった。魔法を直前まで準備しておき、一気に構築させることで気付かれることなく包囲することに成功した。
それも3人が攻撃を繰り出し続けて足止めをしていたおかげだ。
「やって!」
「この……!」
ディアの言葉を合図にして炎槍が一斉に落とされる。
大きく頑丈な体をしているだけに取り囲まれた状態からの攻撃を回避できるほどの速度はない。
防御を選択すると、咄嗟に盾――ディアを掲げる。
ディアを盾にして受け止めている間に爆発から逃れる。掴んでいる腕は使い物にならなくなるだろうが、それも数秒の出来事。すぐに呪いが治療してくれる。
「これも予想通り」
まるで零れたようにディアの体が呪いのオーガの手から擦り落ちてしまう。
そうなれば呪いのオーガの腕だけが炎槍に晒されることとなる。
「ぎぃぃぃぃやああぁぁぁぁ!」
怨嗟に似た叫び声が響き渡る。
30本からなる炎槍による攻撃が止むと呪いのオーガが地面を転がっている。その体からは右腕が失われており、体も大きく損傷している。
「大丈夫?」
ディアの体調を心配したジリーが駆け寄って回復魔法を掛ける。
遠くから見ていると握り潰されていたようにしか見えていなかったため心配してしまうのも無理はない。
「これぐらい平気。ステータスが上がってくれたおかげで、痛いことは痛いんだけど、そこまで酷くないんだよね」
すぐに回復魔法の効果も表れて全快する。
「3人とも自分にできることは早めに確認しておいた方がいいよ」
「大丈夫。僕は【迷宮同位】以外に増えたスキルはないから」
ただし、できるようになった事は圧倒的に増えている。
「見た目にそれほど変化はない。けど、確実に減っているね」
欠けた腕を修復するように弾き飛ばされた呪いが戻って来て、腕が元の状態に戻ってしまう。
また振り出しに戻ってしまった。
それでも確実に削ることはできている。
「さっきのは【壁抜け】?」
「そう。見ていたおかげかできるようになっていた」
シルビアが【壁抜け】を使って不可避の攻撃すらも回避して見せたところを仲間内での模擬戦で何度か見せてもらったことで憧れていた。
絶対的な回避能力への憧れ。
その憧れがスキルを開花させてくれた。
「たしかに、あの人たちは凄いよ。同じ迷宮主になれたことで僕たちも近付くことができたと思う。それでも、ずっと遠い場所にいるよ」
迷宮の規模が圧倒的に違う。
同じ立場になれても得られる恩恵が違うため、同じ強さにはなれていない。
「僕たちは、僕たちなりの方法を探すべきじゃないかな」
一陣の風が吹く。
その風はエルマーの周囲を渦巻きながら、持っている剣に纏わり付く。
「渦巻け――嵐槍」
次第に剣に纏わり付く風が速度を増し、先端を伸ばすと槍のように姿を変える。
「無駄だ。どんな攻撃をしたところで……」
ブシャア!
嵐槍を左腕に突き付けた瞬間、抉られたことによって呪いが周囲に撒き散らされる。
呪いのオーガに痛みはない。それでも実体を得たことで、自分の体が失われる光景を目にして悲鳴を上げずにはいられなかった。
「どうして……」
疑問には答えず淡々と剣を下に向けて太腿を抉る。
右側の腕と太腿を失った呪いのオーガが左側へ傾き、放心したところへ胸を抉り飛ばす。
「簡単な話だ。その体は泥状だった物を圧し固めたもの。斬ったり、叩いたりするよりも削った方が効果はあるんだ」
残っていた体も泥になると、エルマーから逃れるように移動する。
「クソッ、こんなはずじゃあ……」
「いらっしゃい」
「なに!?」
体を再構成させた場所の目前には盾を構えたジェムがいる。
場所の指定はしていなかったが、逃れることを考えていたため、敵のこんな近くで再構成されるはずがない。
「盾に……」
吸い寄せられるように意識が向いてしまう。
「【嫉妬の盾】――俺の持っている盾を羨まずにはいられなくなるらしい」
しかも、負の感情を持つ者ほど顕著に効果が現れる。
呪いのオーガは存在そのものが負の感情と言っていい。影響を受けないはずがなかった。
さらに厄介なことに後ろへ引き寄せられていた。
「なんだ、これは!?」
端から呪いの破片が引き剥がされていく。
どうにか振り向いた時に見たのは、呪いが吸い込まれていく真っ白な球体を抱えたジリーの姿だった。
「【悪意吸引】――呪いを浄化することに特化したスキルよ」
真っ白な球体に取り込まれた呪いは、黒から白へと色を変えてしまっている。
取り込まれた呪いは、抵抗する間もなく浄化されている。
「クソッ……!」
ジェムのスキルで動きを止められ、ジリーのスキルによって浄化される。
唯一の救いは、一度に吸引できる呪いが少ないことだろう。
「どうしてこんな攻撃ばかり……」
二人のスキルは、まるで呪いのオーガを相手にすることを目的にしたようなスキルだ。
「偶然なんかじゃないさ。新しく手に入れたスキルは迷宮が与えてくれたようなものだ。俺たちが迷宮を救いたいって思ったように、迷宮も救われることを望んだんだ」
両者の利害が一致した結果、呪いへ対抗するスキルが生まれた。
エルマーが嵐槍を突き入れる。抉られて吹き飛んだ細かい破片がジリーの元へ吸い込まれていく。
「そうやって実体を得たのは間違いでしたね。生物に近付いたことで、悪意が明確になった。そっちの方が僕たちのスキルは効果があるんですよ」
「そんなはずはない!」
だが、力が強いだけの肉体では逃れることすらできない。
もっと、もっと純粋に『強い』姿が必要だ!
「え……」
強く願った瞬間、呪いのオーガの体が硬い殻のような物に覆われる。
どれだけ抉ろうとしても、どれだけ吸い込もうとしても変化がない。
「もしかして、あまりの事態に籠った?」
引き籠ることでやり過ごそうと考えている。
「ううん、違う」
ディアの言葉が耳に届いたと同時に殻を破る音が全員に聞こえ、殻の中から小柄な少女が姿を現れるのが見えた。
「なるほど。本当に強い存在は己の内にいたっていうことなんだ」
聞こえる声も低く重たいオーガのものから少女のものへ変わっていた。
「人間への憎しみは捨てない。けど、そんな物を持っていたんじゃ勝てないって言うなら奥底にしまっちゃえばいんだよ」
髪と瞳が黒いだけで肌は完全に普通の人間と変わらない。
「うん、全然平気だね」
現れた姿はリュゼと瓜二つだった。
第3形態:模倣リュゼ