第32話 呪いの戦士 ①
「これは……!?」
転移結晶を使えば地下1階へ一瞬で移動することができる。
迷宮から排出されるまでの時間は一瞬だったようで既に呪いは迷宮内に残されていない。
「あれがお前のした事の結果だ」
迷宮から出て目にした光景は真っ黒な濁流に飲み込まれる平原。
真っ直ぐにパレントへ向かって流れていた。
「返る場所のない呪いが、返されてしまったせいで行き場を失って彷徨っているんだ」
本来の想いである『嫉妬』に駆られて近くにいる人間を襲おうとしている。
「そんなつもりじゃ……」
呪いを迷宮から弾けば終わりだと思っていた。
だが、根本的に呪いをどうにかしなければ終わりにはならなかった。
「お前がどうにかしろ」
「でも……」
「俺の方法だったら迷宮と一緒に呪いも消滅させられていた」
呪いを一緒に消滅させるつもりでいたため、呪いそのものを個別にどうにかする方法は考えていない。
それに、これは【因果応報】を使用した結果によるもの。
「よく見ろ」
迷宮の入口近くに転がっている物を見るように言う。
エルマーもボロボロになった布の切れ端、朽ちた鎧と武器を目にして転がっている物の正体に気付いた。
「……門番さん?」
転がっているのは門番が身に付けていた物。
迷宮から溢れ出してきた呪いに飲み込まれてしまった結果、肉体の全てと装備の大部分を溶かされて吸収されてしまった。
残っているのは一部のみ。
「呪いを弾いてどうなるのか予想していなかっただろ」
「そうですね。迷宮を救える手段が手に入ったことに喜んでばかりいて、弾いた後の事なんて考えていませんでした」
迷宮内に誰もいない事は確認していた。
しかし、迷宮外にいる人物の事まで気にしていなかったせいで予想していなかった人物まで巻き込まれている。
「なら、するべきことは分かっているな」
「……僕たちがどうにかします」
「そうだ。お前たちはとっくに俺たちの手を離れた大人だ。だったら、自分の行動に、判断に、選択に責任を持て! それが大人の……冒険者が自由で代わりに持つべきものだ」
『はい!』
4人が一斉に駆ける。
「私たちはここで見ているだけでいいのですか?」
「今回の件はエルマーに原因がある。なら、あいつらに任せるべきだ」
「では、観戦することにしましょう」
最初から俺の答えが分かっていたのかイリスが道具箱からテーブルを取り出し、全員がイスに座る。
さらにメリッサが酒の入った瓶を取り出す。
「子供たちの成長が観られる絶好の機会です。酒の肴にするぐらいは構わないですよね」
「こんな姿を見られたら大変だぞ」
「近くには誰もいませんから大丈夫ですよ」
門番の遺体は残されていない。それでも遺留品と思われる物が落ちているので、ノエルが真っ先に回収して祈りを捧げている。
今できることはこれぐらいなので、後で遺留品を家族に届けてあげよう。
「せっかくですから楽しみましょう」
「おい」
全員の前に置かれたメリッサ秘蔵の酒。
女性陣の前に置かれたのは大きなコップだったが、俺の前に置かれたのは小さなグラスだった。
「いくら成人したと言っても、あの子たちが私たちの保護している子供であることには変わりありません。そんな子供たちに酔ったぐらいで失言するような人にはこれぐらいがちょうどいいです」
「う……」
ミスをしたばかりなので文句を言い返すこともできない。
「さ、あの子たちがどの程度戦えるのか見ものですね」
☆ ☆ ☆
迷宮の入口から呪いの泥に向かって駆ける4人。
「まずは敵の意識をこちらに向ける必要がある」
チラッと後ろを振り返る。
宴会のような様相を呈しているマルスたちに協力する気はないように思える。
それでも後ろにいる、というだけで頼りになる。
「だな。このままだと街が飲み込まれるぞ」
「ううん。その前に……」
ディアが街とは違う方向に目を向ける。
そこにはパレントへ向かおうとしていた商人の馬車が3台あり、護衛として周囲にいた冒険者が武器を構えていた。複数の冒険者の姿を確認できるが、魔法使いの姿は一人しか見つからない。
「マズい……! 武器で攻撃するつもりでいるよ」
呪いそのものに物理攻撃は通用しない。もし、武器で触れるような真似をすれば何の対策もしていない武器は飲み込まれてしまう。
馬車が急いでパレントへ向かっている。
護衛の冒険者たちも戦力差を判断できないほど愚かな訳ではなかった。どうにか時間を稼いでいる間に商人を逃がすつもりでいる。
だが、今のままでは商人を逃がせるほどの時間を稼げない。
「助けるんでしょ」
「もちろん」
ディアが尋ねればエルマーが強く頷く。
マルスに誓ったため、これ以上の被害者を出すつもりはない。
「で、どうやって助けるの?」
注意を惹くなら攻撃して危険を悟らせるのが手っ取り早い。
しかし物理的な手段による攻撃が通用しないのはエルマーたちも同じ。パーティの中で通用しそうな攻撃手段を持っているのはジリーぐらいだ。
「突っ込む!」
「え、ちょっと……」
呪いの濁流に向かって走って行くエルマー。
今までの状況から呪いに何の対抗手段も持たずに触れれば溶かされてしまうのは理解している。
迷宮主になって強くなったことで加速したエルマーはすぐに濁流へ追い付く。
「問題ない。今の僕に呪いは通用しない」
突っ込んだエルマーが濁流に触れた瞬間、濁流の方が弾かれたように飛び散っていく。
呪いに構うことなく縦横無尽に濁流の中を突き進む。
「そっか。【因果応報】だ」
エルマーに向けられる悪意は跳ね返る。
迷宮で使用したことで呪いを弾けることを理解できたため、自分の体でも同じことができるようになった。
それはエルマーだからこそできる方法。
ジリーは魔法の準備をするものの呪いをどうにかする手段のないジェムとディアが途方に暮れる。
その時、3人の体が己のものとは違う魔力に包まれる。
それは覚えのある魔力だった。
「これ、エルマーの魔力?」
『主と眷属の間には繋がりがある。それを利用すれば魔力のやり取りもできるようになるんだよ』
【因果応報】の力が込められた魔力。
それに守られていればエルマーと同じ事ができるようになる。
『突っ込んで!』
「おう!」
「うん!」
3人で縦横無尽に走り続ければ破片のようになる。
――バシャッ!
魔力を一気に放出させて大きく飛び散らかしたエルマーが呪いの泥から出る。
「おい、大丈夫なのか?」
そこへ商人の護衛をしていた冒険者が声を掛ける。
見るからに危ない代物が迫ってきているかと思えば、中から少年が出てきたのだから気にせずにはいられない。
「大丈夫です。貴方たちは自分の仕事に専念してください」
「俺たちの仕事って……」
「商人の護衛が貴方たちの仕事でしょう? なら、商人を守って貴方たちも街へ向かってください」
「アレはパレントへ向かっているんだろ。あの街は俺たちの故郷なんだから守らないといけない。協力させてもらうさ」
協力の申し出に思わず言葉を失ってしまう。
これまでエルマーの立場では誰かに協力してばかりだった。いくら強い力を持っていても、今のように力を貸し出されるような立場になかった。
「さっきのはあんたがパレントを守ろうとしてやってくれたんだろ。俺たちの力がどれぐらい役立つのか分からないけど、一人でやるよりはいいだろ」
「一人じゃないよ」
呪いの泥から脱出したディアとジェムも合流する。
「僕たちは4人で戦っていますから大丈夫です」
4人目――ジリーの魔法によって空から巨大な岩が落ちてくる。
第一形態:呪いの泥の濁流