第30話 パレント迷宮のボス
魔剣が保管されている場所も抜けた先。
真っ白なタイルに囲まれた部屋の奥に1体の巨大なゴーレムが鎮座して侵入者を待っている。
本来なら周囲の真っ白なタイルよりも少し濃い色をしたミスリル製のゴーレムで物理だけではなく魔法に対しても強い耐久力を持つボスが奥へ進まれないよう阻んでいるはずだった。
だが、今その魔物の色は真っ黒に染め上げられてしまっている。
オーガ以上に呪いの影響を受けてしまった結果だ。門番である魔物は動くことを許されずに呪いを受けるしかなかった。
「さて、誰がやる?」
所詮は迷宮の侵入者を排除する為の門番。いくら呪いの力で強化されていようと俺たちの敵にはなり得ない。
「いえ、ここはアイラさんがやるべきでしょう」
「あたし?」
「今回はアイラさんを騒動の起点にしています。上手くいけば私たちにできることは、これで最後になります。なら、アイラさんの手で終わらせるべきです」
「まあ、いいけど」
聖剣を抜くアイラ。
接近したことでゴーレムが敵だと判断したようでアイラに顔を向けている。
「苦しいよね。今、楽にしてあげるよ」
人よりも大きな手が上から落とされる。
「マルスさん、本当にアイラさん一人に戦わせるつもりですか!?」
エルマーたちの目からすればゴーレムが脅威に見えて仕方ない。
人間など簡単に潰せるだけの力を持つゴーレムが相手なのだから不安に思うのも仕方ない。
「黙って見ていろ」
振り下ろされた手を聖剣で一瞬だけ叩いて落とす。
ゴーレムの全身を蝕んでいるのは呪いだ。長時間どころか数秒ですら触れ合っているのは危険を伴う。だから攻撃は一瞬のみになる。
一瞬だけ叩いてゴーレムの腕を落とし、腕のパーツが繋がれている肘に向かって聖剣を走らせる。
「こんなもの?」
重たい音を響かせて落ちる腕。
だが、ゴーレムに落ちた腕を気にする素振りすらない。
「あれは!?」
落ちたゴーレムの腕が黒い靄へと変わってゴーレムの体へ吸い込まれていく。
似たような光景を見たことがあるためハッとさせられていた。
「気付いたか。今のが魔剣の消える仕組みだ」
既に迷宮の機能も呪いに掌握されてしまっている。
呪いそのものに明確な自我はないが、人を襲う為にはどうすればいいのか意思は存在している。
魔剣を手にした魔物が倒されるなり、エネルギーレベルにまで分解して回収することができるようになっている。
今も落ちた腕を瘴気にしてしまうと、切断された場所から再び噴出させて実体化させることで腕を再生させていた。
ゴーレムが再生させたばかりの腕も前へ突き出すと、指先から真っ黒な弾丸が無数に発射される。
発射された弾丸を手で叩いて後ろにいるエルマーたちに当たらないようにする。
「ひっ!?」
黒い弾丸の落ちた床を見れば溶かされたように消滅していた。
「この弾丸は圧縮された呪いだ。迂闊に触ると消滅させられるぞ」
「どうしてマルスさんは平気なんですか!?」
「コツさえ掴めば難しいことじゃないんだよ」
要領はアイラが剣でやっているのと同じだ。
魔力で手を覆うと一瞬だけ触れて叩き落としている。
仲間も全員が各々の方法で防いでおり、アイラは至近距離から発射されているにもかかわらず全弾回避していた。
「そろそろ終わらせろ」
「もう少し頑張った方がいいんじゃない?」
「こっちにはエルマーもいるんだ。それに本番はこれからだ」
「わかったわよ」
アイラが振り向きながら上段に構えた剣を振り下ろす。
魔力を伴って発生した斬撃がゴーレムの胴体をズタズタに斬り裂く。
「いやぁ、堅かったわね」
終わった雰囲気でこちらに戻って来るアイラ。
実際、ゴーレムは完全に機能を停止していた。
「え……?」
「もしかしてゴーレムに遭遇したことはない?」
「そうですね。実際に目にしたのは初めてです」
ゴーレムは製造もそうだが、維持にコストが掛かってしまう。常に動かしていると魔力を食い尽くしてしまうため門番のように扱って普段は動かないようにしておき、必要な時にのみ動くようにする必要がある。
自然界では淘汰されても仕方ない魔物。今となっては魔法によるものか、遺跡のように古い施設でしか姿を見掛けることがない。
「覚えておきなさい。ゴーレムの倒し方は体内にある核を見つけて破壊するか、抜き取る必要があるのよ」
機能停止して倒れたゴーレムの胸には水晶玉の破片のような物が散らばっていた。
破片の正体はゴーレムの核が砕かれた物。アイラの斬撃はゴーレムの体を正面から斬り裂いており、体の前半分ほどを消失させていた。その時に核も巻き込まれてしまっている。
「随分と体に呪いを溜め込んで耐久を上げていたみたいでね。おかげで手加減が大変だったわ」
「一撃で倒しておいて何を言っている」
アイラが苦戦したのは部屋を壊してしまわないよう最小限の力だけでゴーレムの核を破壊するようにしたこと。
ただ、少しばかり力が強かったせいで核よりも広い範囲を斬ってしまっている。
それでも核のある場所を正確に斬り裂いていたから手加減ができていた。
再生能力は強力だが、瘴気を吸収しているのは体内にある核だ。瘴気の流れさえ捉えることができたなら核の位置を割り出すことも簡単だ。
「何事も結果オーライよ」
「は、はぁ」
エルマーたちは信じがたい光景を見せられて溜息を吐くしかできなかった。
ゴーレムから感じられた威圧感からして強かったのは間違いない。おそらく4人で戦ったところで傷を付けるのが精一杯で撤退をすぐに考慮しなくてはならなかったのは間違いない。
もし俺たちがいなかった時の仮定が正しかったことを理解してしまった。
そのせいで奥へ進む足が止まってしまった。
「おっと。今ので体力を想像以上に消耗してしまった」
「え、何を言っているの?」
俺の言葉にキョトンとするアイラ。
戦ったのはアイラだけなのだから俺が「疲れた」などと口にするのはおかしい。
おかしいからこそすぐに察してほしかった。
「……ああ、なるほど」
念話で具体的に指示を出すと素直に従ってくれる。
他の仲間が芝居に付き合ってくれているのだから察するべきだ。
「いやぁ、さすがは高レベルのボス。怪我はしていないけど、すぐに先へ進めそうにないわ」
尻もちをついて倒れて込んでしまうアイラ。
棒読みのようなセリフに見ていられなかったが、疲れているから自分たちだけで先へ進め、という意図は伝わったはずだ。
「俺たちが一緒にいると隙を衝く暇がないだろ。ボス戦の後っていうのは基本的に疲れているものなんだよ。報酬を横取りされても余力を残しておかなかった俺たちの責任だ」
「ありがとうございます!」
お礼を言いながら部屋の奥へ駆けて最下層へ向かう。
「さて、しばらくしたら俺たちも行くか」
「ですね」
道具箱からテーブルと弁当を出してのんびり休憩だ。
☆ ☆ ☆
1時間後。
たっぷり休憩してから最下層へ向かうと事態は急変していた。
「お、やっているな」
既に迷宮主になっているエルマー。
今は迷宮核から与えられる情報の全てに目を通しており、目が忙しなく動いていた。
「すごいでしょ。エルマーは本を読む時も凄く速いんですよ」
ステータスを確認するとディアも迷宮眷属になっている。
「キスしたのか?」
「キス……どうして?」
「だって迷宮眷属になるには……」
「うん、血をもらった」
指先を切って流した血を舐めさせたらしい。
それでも契約の条件は満たしているらしく、全員が迷宮眷属になっていた。
「ま、お前の場合は同性のジェムがいるから仕方ないか」
男同士でキスなど俺も絶対に嫌だ。
「……静かにしていてください」
「悪い。邪魔したな」
「いえ、大丈夫です」
額を手で押さえて苦しそうにしている姿からは、とてもではないが大丈夫そうには見えない。
「活路は見出せました。このように特殊な力頼りの方法は好きではないんですけど、四の五の言っていられる状況でもありませんから、やるしかないようですね」
マルスが言っていたように今章のボスはこれからで、今回のはあくまでも迷宮のボスです。
なので、さっさとカットです。