第29話 エルマーの選択
「僕はオーガを倒しません。おそらく仲間も同じ思いなはずです」
エルマーの隣にいる3人が頷いた。
事情を聞いた全員が同じ思いを抱いた。
「いいのか? このまま迷宮を破壊することになる。そうなれば迷宮の魔物も運命を共にすることになるぞ」
無駄に消えてしまうぐらいなら糧になりたい。
それがオーガの願いだった。
俺たちが倒したところでレベルが上がることはないので、エルマーたちに倒されるのはちょうどよかった。
「そうはなりません。迷宮も同時に救います」
「そんな選択肢は存在しない」
「それはマルスさんたちの場合でしょう」
「なに……?」
「僕ならマルスさんも思いつかなかった手段が思い付けるかもしれません。だから迷宮の権限を手にする必要があります」
自ら迷宮主になることで新しい解決策を得ると言うエルマー。
表情を見れば本気であるのは間違いない。
「ククッ……」
笑い声が上がるのをどうにか抑える。
仲間を見れば全員がエルマーの選択に満足しているのか笑みを浮かべていた。アイラなんて安心して胸を撫で下ろしていた。
「な、何を言っているのか理解しているのか!?」
唯一オーガだけがエルマーの選択を信じられずにいた。
俺たちは数年もの間、親子のように接していた。だからエルマーがこの状況でどんな選択をするのか分かっていた。
「僕は与えられた選択肢の中から選ぶつもりはありません。きちんと自分で探した選択肢の中から選びます。もちろん、その中にオーガさんを救う選択肢がないのなら素直にマルスさんの提示した方法を選びます」
賢い。賢過ぎるが故に自ら選択肢を増やす。
「だが、お前の選んだ道は致命的なリスクを孕んでいるぞ。まず、どうやって迷宮主になるつもりだ?」
「迷宮核を手にすればいいのでしょう?」
「それも調べたのか?」
「今だからこそ言いますが、マルスさんが自分で話してくれましたよ」
「俺が?」
以前にエルマーが成人したばかりの頃にジェムも交えて3人で酒を飲んだことがあるらしい。
早々に酔ってしまった俺が「水晶を手にしたことで迷宮主の資格を得た」ということを喋ってしまったらしい。
「ご主人様……」
「マルス……」
「信じられない……」
シルビア、アイラ、ノエルから冷たい視線が向けられる。
「いや、全く身に覚えがないんだけど……」
『そんなこともあったね』
迷宮核から証拠が提示される。
大丈夫なのかな? と思いながら話を聞いていたため、その時の事を記憶していたので全員に当時の映像が送られる。
「なにやってんだよ!?」
「まあ、身内だから油断していたのかもしれませんよ」
「こんな事は兄さんぐらいにしか言っていなかったのに」
迷宮核を手にすることができれば迷宮主になることはできる。
ただし、それを知ったところで行動に移すことはなかった。
「そもそも迷宮を最下層まで攻略するなんて難しいですからね」
浅い迷宮は複数点在している。
それらの攻略者がいないのは最下層にいる番人のような魔物が異常なまでに強いと知られているためだ。
少なくとも血気に逸ったSランク冒険者が挑戦しても無理だった。
パーティを壊滅させながらもどうにか帰還したSランク冒険者だったが、国からの依頼でもないのに勝手な行動で冒険者としての活動を不可能にしてしまった責任から全財産を没収されることになった。
その後、負傷が原因でただの冒険者として活動するのも不可能になったことから野垂れ死んだことで有名な話だ。
迷宮の最奥には手を出してはいけない。
それが冒険者の共通認識。
「ボスはどうするんだ?」
「何を言っているんですか。マルスさんたちが倒すんですよ」
「は?」
「だって迷宮核を破壊するんですよね。なら、番人のボスも倒さないと迷宮核を破壊することはできません。僕は、その隙を衝いて迷宮核に触れさせてもらいます」
どうやって倒すのかと思えば完全に他力本願。
「利用できるものは、何でも利用しろ――そんな風に教えてくれたのはマルスさんですよ」
そうだ。良俗に反しない限りは、自分の心が許すなら利用しろ。
「俺の教えだな」
既に俺がどのように動くのか伝えてある。
その中から問題を解決できる方法を選んでいる。
「僕が迷宮主になればマルスさんも簡単に破壊しないでしょう」
少なくとも無駄死にさせるような真似はしない。
「いいだろう。ボスは俺が倒して、お前が迷宮主になる」
ジェムたち3人も反対意見がないみたいで了承を得るために向いたエルマーに頷いていた。
ただ、問題点にまで気付いているのかは分からない。
「俺たちにその選択肢がなかったのは--」
「迷宮主や眷属は、他の迷宮の管理権を持つことができない」
「――それも俺が言ったのか?」
「はい」
致命的な問題まで口にしていた。
その時の俺を思いっ切り殴ってやりたい。
「だから僕がなるしかないじゃないですか」
主になれるのは一人だけ。
話し合いをしたとしても4人の中から選ばれるのはエルマーだろう。
「分かっているのか? もしも失敗したら--」
「僕は死にます」
「え?」
「そんな!」
「どうして!?」
やはりエルマー以外は理解していなかったらしく驚いていた。
「迷宮主になったからと言って解決方法が確実に見つかる訳ではありません。それでも見つからなかった場合には迷宮を崩壊させる必要があります」
崩壊の必要性はエルマーも理解している。
「その時、主も迷宮と運命を共にするんですよね」
「そうだ」
迷宮主になってもらって別の解決策を探してもらう。
その可能性を考えなかった訳ではないが、見つからなかった時のリスクを考えれば頼めるようなことではなかった。
だから、与える選択肢から除外して自ら見つけるのを待った。
俺たちもオーガが犠牲になるのを許容できるわけではない。それでも、他にリスクを抑えて採れる選択肢がないため、仕方なく犠牲を受け入れたにすぎない。
「ありがとう」
アイラが涙を流しながら頭を下げていた。
「ちょ、頭を上げてくださいよ」
「ううん、そういうわけにはいかないの。シエラやリックは本当におじいちゃんのように甘えていた。そんな人が消えていくのを見ていないといけないなんて辛かった。せめて少しでも長く生きてほしい」
ただしそれは、残りの寿命を苦痛の中で生きることを強いている。
どちらがオーガにとっていい事なのか?
苦渋の末にアイラも早々にオーガが楽になれる方法を選んだ。
「よし、そうと決まれば下へ行くぞ」
「待て! 儂は許さんぞ」
「狂感鎖」
虚空から取り出した鎖で縛り上げる。
「お前の意見は聞かない。これはエルマーの選択したことだ」
選択の結果どのようなことになろうともエルマーの責任。
それが自由を尊ぶ冒険者のあるべき姿だ。
「だが……」
失敗した時のことばかり想像してしまうオーガには受け入れられなかった。
実際、失敗する可能性の方が高い。それでもエルマー自身が選んだなら受け入れてあげるしかない。
「今の状況はお前にも責任があるんだ。自分一人で抱えていないで俺たちにもっと早い段階で相談していればこんなことにはならなかったんだ」
「だが……」
迷惑を掛けられなかった。
人と接していなかったばかりにそのような選択をしてしまった。
「後はなるようにしかならない」
全員で最下層へ向かう。
「旅に出して本当によかったよ」
「はい?」
外を知って力を付けたエルマーだからこそ託すことのできる選択肢だ。
作者のスタンスは『二兎を追う者は一兎をも得ず』です。
ただし、二人で追えば一兎ずつで二兎得られるよね。
皆さんも酔っている時は発言に気を付けましょう。
作者も酔っている最中にラインを打っていたら個人だと思っていたらグループで、上司への愚痴を本人に聞かれてしまうという失態を犯しました。