第20話 荒野での救援
パレント迷宮地下23階。
荒れた大地と乾いた空がどこまでも広がる空間。地平線と空は迷宮に映し出された光景だが、いるだけで気力を失ってしまうような空間を進んでいた。
「大丈夫か?」
上の階層を進んでいた時よりも歩みが明らかに遅くなっている。
前日の探索は地下20階のボスを倒したところで切り上げ、翌朝に地下21階から再スタート。
たった2階層を抜けただけだが消耗をしていた。
「マルスさんたちは平気そうですね」
「ま、あたしたちは耐性を付与できるからね」
【迷宮魔法】を利用すれば乾燥した大地に対応することもできる。
奥へ進むエルマーたちについて行っているのだから耐性も付与するべきではないのだろうが、せっかくある能力を使わずに疲れたくない。
疲労している4人を尻目に楽をさせてもらっていた。
「あれは……」
ディアが遠くを見つめる。
かなりの距離があるものの遠くで砂埃が舞っているのを確認することができる。
「戦闘準備」
エルマーの指示でディアとジェムがサッと武器を構え、ジリーが魔法を放てるよう魔力を練り上げる。
ここへ至るまでに2度の戦闘があった。
魔物が迫っているのなら警戒するのは当然だった。
「あそこに魔物がいるのは間違いないみたいだけど、単純に襲われようとしているみたいじゃないようだぞ」
「あ!」
詳しく見えたディアが声を上げる。
「誰かが戦っている」
そう。エルマーたちと遭遇する前に魔物の群れが別の魔物と戦っていた。
「あの人。冒険者ギルドで会った人だよ」
名前までは憶えていなかったディア。
それでもヒントを貰えばエルマーには分かった。
「ホヴァさん」
「その人」
誰かが襲われていると知ってからのエルマーの行動は早かった。戦闘が行われている場所まで全速力で駆け付けると、先頭で大剣を手にしながら戦っている男の相手を斬り付ける。
相手の魔物は蜥蜴人。2本の足で立ち、人間のように巧みに手を動かすことができる人型の蜥蜴。それも陸上での活動に特化したリザードマンだ。
地下23階へ至るまでにも戦闘した経験があるため、魔剣を手にしたリザードマンがどれほど厄介なのかを理解している。
突然の攻撃に横腹を斬られたリザードマンが倒れる。
目の前の獲物に襲い掛かることばかりに夢中で接近に気付くことのできなかったリザードマンが動きを止めてエルマーを見る。
荒野で生きるリザードマンは体が鱗に覆われ固く、剣で斬るのは難しい。襲われていた男たちも大剣ように威力のある武器を中心に装備している。
「お前は……」
動きを止めてしまったのは襲われていた男たち――ホヴァのパーティも同様だ。
リザードマンの襲撃によって既に二人の仲間が血を流して倒れていた。撤退したいところだが、負傷した仲間を抱えた状態では何もない荒野でリザードマンから逃れるのは不可能。どうにか倒してから逃げる必要があった。
「助けが必要だと判断したので勝手に倒させてもらいました」
もし、リザードマンを自力で倒す自信があったのなら獲物を横から奪い取ったことになる。
だから冒険者の間では不利に見える状況でも了解を得てから助けに入る。
微妙にランクが高く、奇妙なプライドを持っている冒険者ほど自分たちの力だけで倒そうと躍起になって致命的な傷を負ってしまうことがある。
「こんな奴ら俺たちだけで……」
「いや、助かった」
「ホヴァさん!?」
仲間の一人がエルマーに反論しようとしたが、ホヴァが睨み付けて仲間を黙らせた。
ホヴァは現在の状況をしっかりと認識できている。
「悪いが残りも任せていいか? もう倒せるだけの力が残っていない」
「承知しました」
その時にはようやくリザードマンもエルマーたちを敵だと認識していた。
雄叫びを上げながらリザードマンが魔剣で斬り掛かる。
最初に斬り掛かって来たリザードマンが持つ魔剣の能力は、瞬間的に刃を最大で1メートル伸ばすことができるというもの。たった1メートルでも至近距離で斬り合う中で伸びれば不意を衝かれることになる。
エルマーへ向けられた魔剣の刃が伸ばされる。不意の攻撃に目を見開くが、すぐに冷静さを取り戻すと手にした盾で逸らす。
伸ばした剣で攻撃することができれば脅威だが、伸ばしてしまった後では逆に無防備な状態を晒してしまうことになる。
斬られたリザードマンが地面に倒れる。エルマーの剣も硬い体を斬れるよう魔法で電撃を纏うことで強化されている。
さらに仲間が倒されたことで猛り狂うリザードマン。
「その状態なら通用するでしょう」
――グォォォッ!!
離れた場所から獣の雄叫びにも似た声が発せられる。
リザードマンの雄叫びでもない。ましてや人間の口から発せられたものでもないが、人間が発した雄叫びだった。
離れた場所にいるジェムへ全てのリザードマンの意識が向けられる。
「【挑発の雄叫び】」
雄叫びを発していたのはジェムが持つ大きな盾。
自らに敵の意識を集めて防御を受け持つ盾役。一度に多くの魔物を相手にする機会があるなら必要になる役割なのだが、パーティの中でタンクを受け持つことができるスキルを持つ者はいなかった。
だから魔法道具で補うことにし、パーティの中で最も防御力の高いジェムが持つことになった。
「相変わらず魔力をごっそり持っていくな」
敵の意識を必ず集めることができる代わりに発動させると魔力を大きく消耗してしまう魔法道具の盾。それでもジリーが狙われた時には絶大な効果を発揮してくれるため持ち続けている。
保有している魔力量が大きいわけではないジェムが盾に隠れ、4体のリザードマンによる攻撃を全て受け止める。盾の魔法効果を使用したのはジェムだが、敵を挑発しているのは盾であるため敵の攻撃は全て盾へ向かう。攻撃に耐えて盾を持ち続けさえすればジェムの勝ちだ。
「――やれ」
「【爆発】」
挑発されて雄叫びを上げているリザードマンの口で爆発が起きる。
体の表面は硬い鱗で覆われているが体内まで硬い訳ではない。
倒れたリザードマンの体が消える。爆発によって残ったリザードマンも全て仕留められた。
「ふぅ」
一度に4体ものリザードマンを仕留めたジリーが溜息を吐く。
これで3度目の遭遇であるため体の表面を攻撃しても効果が薄いことを知っており、最初から体内へ狙いを定めていたが、精密な魔法制御を要求されるため消耗が大きい。
魔剣のせいもあって、得られるものが少ないことがなくても戦闘を避けたい相手だった。
ただ、エルマーたちパーティの方はまだいい方だった。
「すげぇ……」
ホヴァのパーティメンバーの一人から言葉が漏れた。
自分たちが苦戦させられたどころか全滅の危機にも晒された相手に短時間で勝利した年下の冒険者の戦闘を見て素直に感心していた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
安心してしまったせいか尻もちをついてしまっていた。
「そ、そうだ……!」
負傷した仲間の事を思い出す。
「薬を持っていないか!? 余っていたら分けてほしいんだ!」
彼らも回復薬を持って迷宮へ挑んでいた。
しかし、これまでに多くの負傷者を出したパレントではポーションの数が少なくなっており、致命傷にも等しい傷を癒せるほどの効果を持ったポーションは売られていなかった。
「僕たちも持っていないです」
エルマーが負傷した一人を見て目を瞑る。
もう一人を治療するポーションなら持っているが、致命傷を負っている方は手の施しようがなかった。
必要とされるのは上級レベルのポーション。
「必要ですか?」
コト、と負傷した男の横にポーションを置く。
「おおっ!?」
分けてもらえると思った男が手を伸ばす。
「使ってもいいですけど対価は分かっているんですよね」
「もちろんだ。仲間の命には代えられないからな」
ポーションを手にした男に変わってホヴァが答える。
「よかった……」
上級ポーションを飲んだ男の傷がみるみる癒されていく。
【挑発の雄叫び】が使える盾は、戦闘中なので興奮状態にある相手なら確実に成功させることができる魔法道具の盾です。