第15話 緊張の冒険・貴族
迷宮の地下10階最奥はボスのいる間となっている。
ボスには基本的に一組のパーティしか挑むことができないようになっている。部屋へ入った瞬間に扉が閉じられて他のパーティは入ることができないためだ。
扉の前――ボスの間の手前も大きな部屋のようになっており、魔物が侵入することのできない安全地帯となっている。
ボスに挑む前の休憩所。
迷宮に慣れた者なら最も油断する場所と言っていい。
「隠れているのはわかっています。姿を見せた方がいいですよ」
セーフエリアへ足を踏み入れた瞬間、エルマーが部屋全体に響き渡るように声を出す。
それでも反応はない。
だからと言ってパーティの誰も警戒を解いたりしない。
エルマーが何もない正面にある岩を見つめ、ディアがあちこちへ顔を向ける。
「やれやれ……油断を誘おうとしたが、どうやら無駄みたいだ」
何もないはずの場所から騎士鎧を纏った赤髪の男が姿を現す。
洞窟内で薄暗く、遠くから見ただけだが洞窟内には似つかわしい姿にエルマーは相手が誰なのか一目で看破した。
「アルバ」
「そういう君はエルマーだね」
ディアが顔を向けた場所からも多くの兵士が姿を現す。
岩陰に身を潜めていた者もいたが、アルバと同様に何もない場所から現れた者もいる。
合計12人。
待ち伏せされていたが、エルマーたちに驚いた様子はない。
「これだけの人数に囲まれておきながら随分と余裕だね」
「ええ、予想はできていましたから」
以前に迷宮を訪れた際にはアルバのパーティが戦闘中だったため邪魔で先へ進むことができなかった。
だが、後から思い出せば違和感があることに気付いた。
「何人かの兵士が後ろを気にしていました。入り組んだ迷宮内ですから、回り込んだ魔物に挟撃されるのを警戒している……という可能性もありますからおかしくはありませんが、僕らの方をチラチラ見るのはおかしいですよ」
アルバが兵士を睨み付ける。
エルマーの様子から既に確信を得ていることに気付いた。誤魔化したところで通用しないことは理解したため兵士への叱責を優先させた。
「貴方たちの目的は僕たち……ではなく迷宮を攻略しようとする者の邪魔をすることですね」
「そのとおり。それが上からの命令です」
事前に得た情報でアルバがどこかの貴族の子供だったが、継承することができない為に冒険者になったという噂は聞いていた。
出自を問わない冒険者にはよくある話だったため気にしている人は少ない。
だが、アルバが普通とは違ったのは自分の家と繋がりが絶たれていないどころか今も繋がり続けている事だった。
「パレントは最近になって代償の少ない魔剣が出現しやすくなった」
魔剣を生産することで迷宮の呪いをどうにかすることだけでなく、迷宮の運営についても少しは考えるようになったオーガの功績だった。
多少ではあるもののリスクを抑えられた魔剣は冒険者に人気だった。
魔剣の得られる迷宮。
だが、過去の魔剣にまつわる事件を覚えているパレントの人たちにとっては苦々しいものがあった。
それでも外から冒険者を集めるきっかけにはなっていた。
異常が起きる前のパレントは、冒険者でもっと賑わっていたらしい。
ただし、パレントが賑わえば別の場所から人がいなくなる。
「貴方たちが今起こっている異状の原因を作り出したんですか?」
「まさか、こんな異状を起こせるほどの力がある家ではない」
そもそも国ですら起こせる異状ではない。
「私の家はパレントからそれほど離れていない場所にある街を治めている。これといった特産もないけど、農業が盛んで広く耕していた」
広い土地を確保しようとすると外壁に囲まれた街の中だけでは済まなくなる。
最低限の柵に囲まれただけの場所での農作業。そんな場所での作業は魔物に襲われることが多くなるため、定期的に間引いてくれる冒険者の存在は必須だった。
パレントへ冒険者が流れてしまった。
それでも残ってくれる冒険者が半数以上いたため最初のうちは深刻に考えていなかった。
ところが、数年もすると倒されなくなったことで魔物の数が増えてしまった。
そうなると街の外での農作業どころではない。
「街に元の姿を取り戻す為には冒険者を呼び戻す必要がある。色々と試行錯誤しているところにパレントの異状が家に伝わったらしい」
最も簡単な方法はパレントから魅力を失わせてしまうこと。
現に迷宮の利用ができなくなったことで離れてしまった冒険者もいるので間違った方法ではない。
「この迷宮で起こっている異状を解決されては困るんだよ」
その為にアルバが選んだ手段が迷宮を攻略しようとする冒険者の妨害。
彼らが迷宮へ到着する前に攻略を進めていたホヴァはどうにもならなかった。
そこで、間に合うエルマーたちぐらいはどうにかしようと考えた。
「今すぐ引き返して迷宮攻略からも手を引くというのなら、襲わないでいてあげよう。けれど、先へ進もうと言うのなら私たちと敵対することになる」
私たち、というのは取り囲んでいる12人の事ではない。
アルバの実家も含んでの話だ。
人々の生活に強い影響を及ぼすことのできる貴族と敵対すれば、依頼を引き受けることを拒否されたり、せっかく受けることのできた依頼を妨害されて失敗してしまったりすることに繋がりかねない。
冒険者は自由を謡いながら、基本的に貴族と敵対するべきではない。
貴族との敵対を材料に脅されるエルマー。
「残念ですけど、引き返すつもりはありません」
「理由を聞いてもいいだろうか?」
貴族との敵対。
さらには12人に囲まれた状況。
「まず、先ほどから聞いていれば『貴族』と繋がりがあるように言っていますが、貴族と言っても爵位を言わないのは何故ですか?」
エルマーの質問を受けてアルバが舌打ちする。
「おそらく爵位はそれほど高くないのでしょう」
実際に与えることのできる影響は少ない。
それなら影響外まで避難してしまえばいいだけの話。
けれども、もっと簡単な方法がある。
「貴方は貴族との間にコネがあるみたいですね」
「そのとおり。だから……」
「どうして、僕たちよりも多い人数で取り囲んでおきながら襲い掛かって来ないんですか?」
いくら隠れている場所を見つけられてしまったとはいえ人数差はアルバの方が圧倒的に有利だ。
それでも襲い掛からなかったのは戦力差を理解していたから……ではなく、敵対したくなかったから。
「コネならもっと強いコネをこっちは持っています」
俺たちの事だ。
その気になれば国の南部に影響を及ぼせるだけの力を持っている。もし、アルバの実家と敵対するよう要請を出せば従ってくれるはずだ。
昨日の騒ぎから俺たちの素性まで辿り着いた。
「まったく……本当に嫌な奴らが来てくれた」
貴族の権力も通用しない。
それは冒険者になっても貴族の柵から逃れることのできなかったアルバにとっては忌々しいことだ。
「お前たちを遠ざけることができれば、あいつらも離れてくれると思ったんだが」
アルバの本当の目的は俺たちをパレントから遠ざけることにあった。
子供を預けるような仲。シエラとリックをジリーに預けていた光景を見ていたなら、俺たちの間に信頼関係が築かれているのには気付ける。
あとはエルマーが俺たちとの繋がりに気付かず離れる選択をすればよかった。
「交渉が通用しないなら実力行使だ」
「最初からそのつもりだったくせに」
エルマーが言うように交渉が決裂した時には暗殺するつもりだった。
その為に魔法道具まで使って背景に溶け込んだ部下が潜んでいた。もっとも、先に見つけられては意味がない。
「状況を分かっていないのか?」
自分たちよりも多い敵に囲まれては臆した様子のないエルマーたち。
「もちろん皆さんが強いことはわかっています」
アルバの実力はAランク冒険者相当。
兵士にしても全員がBランクやCランクはあると言っていい。
「こっちは、お前たちの3倍だぞ」
「3倍……?」
12人VS7人。
エルマーの頭ではそのような計算が行われていた。
だが、アルバの目には4人しか映っていなかった。
「まさか……」
改めて敵の様子を観察する。
エルマーたち4人を警戒している敵。
「見えていないんですか……でも、後ろにはちゃんといるし……幻術?」
後ろを見てきたので手を振って応えてあげる。
エルマーたちとは敵対するのはいいくせに、俺たちとは敵対したくない風だったアルバがあのように強気に出られた理由。
彼らの目には幻術で姿を隠した俺たち3人の姿が見えていなかった。
「まさか参加する気ないんですか?」
質問に頷く。
戦力として期待されても困る。
「せっかくこういう事態を想定して後ろにいることも許容していたのに……」
だから緊張していても後ろにいることを許してくれていたのか。
後ろにいることでメリットがあるかと思えば全くメリットがなかった。
最後の方は急遽付け足したのでおかしかったらすみません。