第10話 神の寵愛
「なるほど。あなたの気持ちは理解しました」
俺だって子供たちの誰かが傷付けられれば復讐せずにはいられなくなるかもしれない。
だからこそ絶対的な護衛をつけている。
それに子供たち自身が自分の身を守れるよう鍛えている。シエラなら今でさえ騎士団を相手にしても生き残ることができ、他の子たちにしても各々の方法になるが騎士に勝つことができるようになっている。
だが、ミハイの子供は騎士だったはずだ。
「騎士なら凶悪犯を相手にすることがあって死ぬことがあり得たはずです。相手が誰であろうと殺した相手を恨むのは筋違いじゃないですか?」
「こういうのは理屈じゃないんだ!」
「だったら最も悪いのはあなただ」
「なに……?」
「なぜ、騎士になるのを反対しなかったんですか?」
そもそも騎士でなければ今も生きている可能性が高い。
「……当家は昔からパレント家に仕えている。私は執事として仕えているが、剣に自信のあった息子は騎士として仕えることを選んだんだ」
そして、仕えるようになってからそれほど経っていない頃に起きた事件で息子は命を落とすことになった。
それまで大きな事件も起きていなかったパレント。執事として長く仕えていたミハイは裏の事情まで詳しかったため危険はない、と判断して大きく反対もしなかった。
実際は、別れが唐突に訪れることとなった。
「で、パレント家としてはどのように裁可を下すつもりでいますか?」
「相手は何の罪もない子供です。そんな子を暗殺しようなど許されるはずがありません。具体的な判断は領主とも相談して後日決めることになりますが、良くて牢でこれからの一生を過ごすことになるでしょう」
ここでパレント家に仕え続けてくれた執事だから、などというくだらない理由で判断を甘くするようなことがあれば行動を起こしていたところだった。
「これで、いいですか?」
「はい。こちらとしては邪魔が入らなければ問題ありません。それから、せっかくの故郷なんですからアイラには心配することなく訪れてほしいところですからね」
子供を連れて来ても暗殺する可能性のある故郷など嫌だ。
「連れて行け。ああ、こいつらのことも忘れるなよ」
「はっ」
ミハイと暗殺部隊が連れて行かれる。
これから何があったのか詳しく聞くはずだ。
暗殺部隊は間違いなくプロだ。それでも手や足が全く出ずに倒されてしまったとなれば実力行使に意味がないことを諭されることになる。
「これだけは聞かせてくれ」
暗殺部隊で指示を出していたリーダーが尋ねてくる。
「なんだ?」
「あの子は――【加護】持ちか?」
神様から祝福されて特別なスキルを与えられた。
そうでもなければシエラの強さには説明がつかない。
「たしかに、あの子は【加護】を持っているけど、それだけじゃ不足だな」
周囲には聞こえないよう小さな声で教えてあげる。
「あの子のは【加護】じゃなくて『寵愛』ってところだな」
「なんだ、それは……?」
訳が分からないまま騎士に連れられて行く。
風神から【加護】を授かっているおかげで既に一流魔法使いを名乗っても問題ないだけの力を持っている。さらにティシュア様に育てられ、氷神からは可愛がられている。
まさに神から愛された少女。
【加護】の力も相乗的に強くなっており、普通の【加護】持ちよりも圧倒的に強くなっている。
おまけに常に付き添っている風神がアドバイスをしている。危険が迫るようなら事前に知らせてくれる。
「もっとも、さっきのは自分で気付いて自分で対処方法を考えたみたいだけどな」
もし、風神に任せていたならもっと穏便に事を済ませていたはずだ。
あの爺さんはシエラを真っ当な淑女に育てようとしているところがある。少なくとも、あんな凄惨な場面は作り出さないはずだ。
「おい、ミハイ」
「なんだ?」
「過去の事は水に流せ……なんて言うと怒るだろ。だから、別の言い方をさせてもらう。あの子たちは、『マックスさんの孫』である前に『俺の子供だ』。もし、懲りずに手を出すつもりでいるなら次は相応の覚悟をしておくんだな」
「……!」
最後に殺気を出してやれば体を震わせて何も言えなくなる。
ミハイへの忠告という意味もあるが、それ以上に広場で俺の言葉を聞いているミハイと同じような感情を抱いている者たちへの警告だった。
あの時、マックスさんが殺してしまった者は複数いる。ミハイと同じ感情を抱いている者が他にもいてもおかしくない。
「安心してください。もう、このような事はさせません」
「そう願っていますよ」
歯を噛み締めながら館へと引き返して行く。
これで俺に対して借りができてしまった。後からどんな要求をされることになるのか想像して戦々恐々としているはずだ。
「これで、良かったの?」
「ああ、問題ない」
暗殺者たちの治療を行ってくれたイリスが事の顛末を見届けて合流する。
「戦々恐々としているのはアイラの事を逆恨みしている奴やガルシュだけじゃないはずだ」
「そっちはシルビアが調べてくれている」
「お、見つけてくれたか」
領主であろうと反攻する姿勢を見せた。
普通の平民では考えられない行動だ。
「敵の素性を調べるだけでいい」
「その辺は彼女がやってくれるでしょ」
暗殺部隊もしくは偵察部隊を抱えているのはパレントだけではない。
パレントにも多くの者が侵入している。だが、せっかく里帰りしている時ぐらいアイラには諸々の問題を忘れて過ごしてほしい。
「これで自分たちの素性が暴かれて下手な行動を起こすことはしなくなるだろ」
「そんなことまで考えていたんですか」
俺たちは俺たちで動くことがあったためシエラとリックは引き続きジリーに与ってもらっていた。
暗殺者たちがどのようになったのか遠くから見せていた。どうやら自分の手柄を横取りされたようになってしまったので膨れて不満を露わにしていた。
「シエラ、強いでしょ」
「ああ、強いな」
「当然!」
胸を張るシエラ。
実際、子供らしく遊ぶ時間を削ってまで訓練に明け暮れていた時期もあったので強いのは疑いようのない事実だ。ただし、今は精神的に未熟な状態。
「強い。けど、みだりに強い力を使ったらダメだぞ」
「わかってるよ。弟と妹をまもる時にしかつかわないよ」
これがシエラと俺の約束。
愚直に守り続けているシエラは自分の身に危険が迫ろうとも思い切った反撃に出ることがない。
だからこそシエラの護衛としてドッペルゲンガーが今もいる。
「よし、ごはん食べに行こうか」
「うん!」
手を繋いできたのでしっかりと握り返してあげる。
その光景を見て嫉妬したのかリックも反対の手にしがみ付いてくる。
「また数日帰れないけど我慢してな」
「え~」
「お母さんたちは、ちゃんと毎日帰るから」
「わかった」
シエラには屋敷で弟と妹を守る大事な役割がある。
今回の件にしても弟のリックが襲われたからこそシエラは怒った。
「さて、これで仕事がやりやすくなるといいんだけど」
「?」
「いや、なんでもない」
神様から愛された少女--シエラ。
本人に全く自覚のないところで最強へと成長する。