第9話 忘れられない憎しみ
「俺を……俺たちをどうするつもりだ?」
「まずは素性を明かしてもらおうか。とはいえ、こんな暗殺を引き受けるぐらいだから普通じゃないのは分かっているし、シエラとリックを狙う理由なんて俺たちへの脅迫材料にするのを除けば限られているけどな」
さらに言えば、ここはパレントだ。
暗殺者が街に入り込むのは簡単ではない。だが、領主の協力があれば話は違ってくる。
「お前には洗いざらい喋ってもらおうか」
「悪いがこっちにも暗殺者としてのプライドがある。依頼人の情報を喋るような真似はできない」
謝罪をしたことで依頼を放棄したものの、依頼人についてまで話すつもりはないようだ。
「なら、公の場に突き出して何があったのか話すまでだ」
「……俺は何も語るつもりはない」
「それならそれでけっこう。『7歳の少女に負けた暗殺者』として突き出すまでの話だ」
「……」
それは暗殺者にとって最も恥じるべき事実。
暗殺に失敗しただけでなく、ターゲットが何の罪もない幼い子供だったうえに負かされてしまった。
「選ばせてやる。シエラとリックを最後のターゲットにするのか、それとも別の奴を最後にするのか」
☆ ☆ ☆
街の中央にある広場。
人の頭よりも高い場所に台があり、イベントや緊急時には台の上から声を掛けることで多くの人に伝えている。
だが、今までにない理由で注目を浴びていた。
鎖によって拘束された4人の男たちが台の上に置かれていた。
「おい、あれって……」
「罪人らしいな」
たまたま広場を訪れた二人の男が拘束された暗殺者を眺めながら話をしていた。
彼らがどのような罪を犯したのか。広場を訪れたばかりの者たちは知らないが、台の上に置かれた看板に書かれた文字を見て知ることになる。
「子供を狙ったらしいな」
「しかも、狙ったのはアイラの子供なんだろ」
「え、あいつ帰って来ているのか?」
アイラの名前はパレントでは有名で、あっという間に知れ渡っていた。
そして、子供たちが狙われた理由も書かれていた。
「15年前の事件の犯人を恨んでって……それ、もう逆恨みじゃん」
「そうだよな。たしかに身内かもしれないけど、年齢を考えると会ったことすらないんだろ」
中年の男性たちにとっては生涯で起こった最も大きな事件。
もう普段は思い出すこともなかったが、街中を駆け巡る噂を聞いて久し振りに思い出していた。
「魔剣って、あのわんさか出てきた時の……?」
「バカ野郎! その前にもあったんだよ」
若者はマックスさんの事を言われても思い出すことができなかった。
それよりも関わることのできた事件の方が印象に残っている。
「……………」
多くの者が襲われたシエラを被害者だと捉えている。
そんな中にあって暗い感情を抱いている者もいた。
「1……2……3、4……そこそこいるな」
台の隣に立てば広場を見渡すことができる。
暗殺者の姿を見て暗い感情を抱いた者の顔は覚えた。
「おい、何をしている!?」
広場は街の中心部にある。
非常に目立つ場所で騒ぎを起こしていれば、領主の耳にも届く。だが、真っ先に訪れたのは領主であるパレント子爵ではなく、代行であるガルシュが執事を伴って訪れた。
「いやぁ、ウチの息子と娘が襲われたんでさらし者にしていたんです」
「捕らえたなら騎士団にでも届け出ろ」
「こいつらに見覚えはありませんか?」
「何を言って……」
きっと広場で騒ぎが起きている事、その原因が俺の捕らえた暗殺者である事しか聞かされていなかったのだろう。
拘束された者たちの顔に見覚えがあって思わず二度見してしまった。
「――事情は理解しました。貴方が捕らえたんですか?」
「ええ、そうです」
それが暗殺者たちとの交渉内容。
自分たちが何者で、何をしたのか衆目の前で公言することを条件に命が助けられる上に、負傷した体を元に戻してもらうことができる。
今回のシエラはやり過ぎた。明らかに致命傷を負わせてしまっているため、あの後でトドメを刺したとしてもシエラの攻撃が致命傷なのは間違いない。親のせいで狙われる可能性のある立場にあるので敵には容赦をしないのはいい。けれども、今は人殺しを経験しなければならない年齢でもない。
だから、シエラが関わった事実を全て消した。
大通りでの襲撃だったためシエラとリックが襲われたところを目撃した人はたくさんいる。だが、あまりに一瞬の出来事だった上、子供が襲撃を退けられるほどの魔法を使える訳がない、という常識が迎撃した可能性を排除した。
姿が見えなかった時間はあったが、建物から飛び降りたところを誰にも見られていないおかげもあって、どこかへ行っていてすぐに戻って来たんだと思われている。
「俺の……と言うよりもアイラの子供が狙われているのは分かっていましたから、子供たちには申し訳ないと思っていましたけど囮になってもらいました」
実際に襲撃が行われたところを捕らえた。
……そういう設定で処理させてもらう。
「誰に雇われたのか話してもらおうか」
「あ、ああ……俺たちはフリーで暗殺を請け負う組織で、そこにいる執事のミハイから依頼を受けた」
「……な、なんだと!?」
ガルシュが慌ててミハイの方を向く。
彼らが自分の家が抱える秘密の部隊である事は明白。それでも僅かに笑みを浮かべた俺の顔を見て一瞬で状況を把握した。
全ての罪をミハイに被せる。
実際、勝手に部隊を動かしたのはミハイなのだからガルシュは被害者も同然だ。こうして衆目の前で断罪することによって自分に非難が向くのを避けることができる。
貸し。
パレント家を守る為に起こした行動は早かった。
「それは……」
まさか、このような事態になるなど本気で思っていなかったミハイは焦っていた。
なにせ当初の運用目的は周囲の貴族と揉め事を起こしてしまった際の暗殺。それが子供すら仕留めることができないはずがない。
本気でそのように思っていた。
「依頼した相手の邪魔をするとはどういうことですか?」
「当家にそのような意図があった訳ではありません」
「では、今回の件は執事の暴走だと?」
「……ええ、そうです」
ガルシュとしてはそのように言うしかない。
「捕らえろ」
執事とはいえ勝手に部隊を動かすのは厳禁。
執事だからこそ命令を出すこともできたが、主に知られてしまえば捕らえられてしまう。
「どうして、こんな事をしたんですか」
騒ぎを聞き付けて集まった騎士に押さえ付けられたミハイを見下ろしながら尋ねる。
「……あれから15年経った。犯人はあの時に死んでいる。魔剣が狙われて襲われた時に自分も魔剣を使って残された娘を守ったせいで暴走したから仕方ない……その程度で息子を失った憎しみを忘れられるはずがないだろ」
ミハイの息子は騎士だった。
あの時、多くの兵士や騎士が暴走するマックスさんをどうにかする為に駆け付けて犠牲になってしまった。
騎士ですら手が付けられない状態。最後にアイラが斬らなければどうなっていたのか分からない。
「本人に復讐することができないと言うのなら娘に私と同じ苦しみを味わってもらうまでの話」
つまり、アイラにも自分と同じように子供を失った悲しみを与える。
そう簡単に忘れられないのが復讐を駆り立てるほど強い憎しみ。