第11話 仕返し
昨日に引き続き、俺たちは迷宮に潜り、地下2階にある隠し部屋へと向かっていた。
ただし、今日は5人ではなく、6人でだ。
最初から隠し部屋を目的地と定めており、昨日の内に隠し部屋がどこにあるのか地図で確認しており、迷うこともない。
「リーダー、本当にそんな隠し部屋があるのか?」
サポーターのドズが聞いてくる。
こいつだけ隠し部屋に入っていないせいで半信半疑だった。
「ある。それにお前にも手に入れた財宝は見せただろ」
宝箱の中身からすれば半分にも満たない量の宝石しか持ち帰ることができなかった。
それでも一部をギルドに売り払うと酒場でバカ騒ぎができた。ただし、飲み過ぎるような真似はしない。扉が閉まっていれば隠し部屋の存在が露見するようなことはないだろうが、それでも隠し部屋の財宝を俺たちだけで独占する為には朝の内に隠し部屋に向かう必要があった。
入口の転移結晶を使って地下2階に転移すると、地図に従って真っ直ぐ隠し部屋と向かう。
隠し部屋に辿り着くと既に1日が経過していたのか、俺たちが出ると同時に閉まった扉が開いていた。
この罠に関しては、地下8階で1度見ているため時間経過で再び入れるようになることは知っていた。
「行くぞ」
迷宮に慣れた者なら地下2階へは来ない。初心者も早々訪れることはなく、たとえ訪れたとしても隠し部屋を見つけた昨日の奴みたいに倒してしまえば問題ない。
「本当にあったよ」
ドズが隠し部屋の中心に置かれた宝箱を見て呟く。
中身については、既に昨日見せているため疑っていない。
全員で宝箱に近付いて開けてみると、まだまだ宝石はあった。
宝箱から宝石を取り出すとドズが背負っている大きなリュックに詰め込んでいく。次々に詰め込んでいると隠し部屋の入り口が上から岩が落ちてきて閉まる。
「チッ、どうやらここまでのようだな」
リュックの中から宝石を取り出して、宝箱の中に戻すと入口を塞いでいた岩が上がっていく。
どういう仕組みになっているのかは分からないが、宝箱の中身を感知しており、一定量を取り出すと入口が塞がれる仕組みになっていた。
だから、俺たちはギリギリを見極めて持ち帰ることにした。
宝箱の中身を見てみる。
まだ、残っているが、次の構造変化が起こる3日後までには宝箱の中身を全て持ち帰ることができそうだ。
「よし、今日はもう帰るぞ」
「え、迷宮の探索はしなくていいのか?」
「バカか? これだけの財宝があるんだ。迷宮を探索する必要がどこにある」
わざわざ貴重な物を持ったまま迷宮探索をする必要などない。
さっさと換金して飲み騒ぎたいところだ。
「へへっ、それもそうだな」
全ての宝石を持ったドズが上機嫌になりながら先頭をあるいて隠し部屋を出た。
――ズドン!
上から岩が落ちてきて入口を塞いだ。
「な、何でだ!?」
罠が発動した。ただ、その為には誰かが宝箱から財宝を取り出す必要がある。
俺の仲間は、誰も宝箱には触っていない。
ドズを先頭に俺が一番後ろを歩いていたからドズ以外の全員が俺の前にいる。
だとしたら……
「いったい、誰だ!?」
俺たち以外の誰かが既に隠し部屋の中に隠れていた。
隠し部屋は、隠れる場所なんてない、ただ広いだけの部屋で全体を見渡すことができる。しかし、魔法を使えば隠れる方法などいくらでもあるし、宝箱に夢中になっていたせいで部屋の確認を怠っていた。
全員で宝箱の方へ振り返れば、そこには……
「昨日の素人か……」
隠し部屋から深い階層へと落ちて行ったガキが宝箱の横に立っていた。
☆ ☆ ☆
迷宮にある隠し部屋に入ってきた6人の冒険者たち。
そう、今日は6人で入ってきた。
昨日はいなかったサポーターが一緒にいた。
それでは、ダメだ。
これから行うのは俺の個人的な仕返しだ。しかし、俺はサポーターからは何も受けていない。彼に仕返しをするのは筋違いというものだ。
その様子を最下層にいながら確認していた。
迷宮主になったことで、迷宮内での出来事が手に取るように分かる。ただ、覗きなどに使用するつもりはないので、個人のプライバシーは守るつもりでいる。まあ、隠し部屋にいる男たちにプライバシーの配慮などするつもりはないが。
隠し部屋での様子を観察していると、サポーターを先頭に出ようとしていた。
「これは、好都合だ」
最下層にいる俺は、迷宮魔法を発動させる。
『迷宮魔法:転移』
自分の魔力を消費することで、迷宮内ならばどこにでも好きな場所へ一瞬で移動することができる魔法。
まさか、部屋に一つしかない出入り口を使用せずに転移することでやって来るなど男たちは思いもしていないだろう。
これにより、俺は隠れていたわけでもないのに隠し部屋にいる誰に気付かれることなく、宝箱の横に立つことができた。
後はサポーターが隠し部屋を出て行ったタイミングで宝箱から宝石を抜き取れば。入り口を大岩が塞ぎ、部屋の中には俺たちだけが残されることになる。
「いったい、誰だ!?」
リーダーの声が響き渡る。
「俺だよ、俺」
「お前は、昨日のガキか」
リーダーは少し戸惑っていた。
死んだと思っていた人間が生きていた。いや、穴から落ちただけなのだから、生きている可能性はあった。しかし、あれだけボコボコにすれば恐れて自分たちの前には現れない、とでも考えていたのだろう。
しかし、それだけではない。
俺の格好にも問題があった。
昨日姿を見せた時は、兵士が着る一般的な軽装の鎧を普段着の上から着ているだけ。おまけに持っていた武器はボロボロになって砕け散ってしまった。
ところが今は、黒いコートを着て、腰には反りの入った長剣を差していた。冒険者らしく装備を整えてから転移していた。これらの武具をどうやって用意したかと言えば、もちろん迷宮魔法によるものだ。迷宮で手に入る貴重な装備品も迷宮主である俺にとっては、魔力を消費するだけで手に入る簡単な物になってしまった。
「どうやら、この部屋の罠について知っているようだな」
リーダーだけでなく、他の仲間もニヤニヤとした表情になっていた。
突然、罠が起動したため正体不明の相手を警戒したが、その相手が昨日、嬲るように倒した俺であると分かって安堵していた。
(ああ、そうなるだろうな)
その反応も想定済み。
手も足も出なかったことから俺と彼らの間にステータス差があるのは明白。
ステータスは、少し訓練したぐらいで劇的に強化されるようなものではない。
(そう、普通はそうなんだよな……)
ニヤニヤする彼らに対して、俺は落ち着いていた。
「一つだけ聞いておきたいんだけど、どうして昨日はあんなことをしたんだ?」
「あん? 言っただろ、宝を俺たちだけで独占する為には、お前が邪魔だったんだよ」
「いや、そっちじゃない」
それは仕方ない。
迷宮には――冒険者の中には目の前にいるような盗賊紛いの相手もいるということを想定していなかった俺の落ち度だ。初めて会った冒険者が迷宮について親切に教えてくれた、ということもあって無警戒だった。
「どうして、嬲るような真似をして、すぐに殺さなかったっていうことだ」
「ああ、そっちか。単純な話、お前みたいな奴が助けを求めてくる姿を見ているのが楽しかった。さっさと殺しちまったりしたら反応がつまらなくなって楽しくないからな」
つまり、こいつらは自分たちのストレス発散の為に俺をすぐには殺さずに嬲っていた。
それは、俺なにも悪くないな。こっちがイライラしてくる。
「さて、お前たちみたいなゲス相手でも優しい俺がこの部屋から脱出する為の方法を教えてやるよ」
「テメェ……!」
男たちの意識が俺の言葉とこれ見よがしに手に持っている宝石に向けられている。
「入り口が閉まったのは、俺が宝石を宝箱から取り出したからだ。だから、俺を倒すなり無力化させている間に宝石を宝箱に戻せばお前たちはこの部屋からでることができる。単純だろ?」
「無力化だぁ? テメェみたいなガキはさっさと殺してやるよ」
「そうか。今度はなぶり殺しにせずに殺してくれるか」
足で宝箱の蓋を閉じると、蓋の上に足を置く。
「じゃあ、ゲームスタートだ」
「ふざけてんじゃねぇぞ!」
前衛を担当する3人が走り出し、武器を構えながら俺へと突っ込んでくる。
後ろの方では弓士が俺に狙いを定め、魔法使いが魔法を準備していた。
これも想定通りのことだ。
『迷宮魔法:転移』
宝箱の傍から俺の姿が消える。