第3話 事情を抱えた執事
そうなると対応を考えなくてはならなくなる。
依頼を……報酬を横取りするような真似をすれば先に受けていた冒険者から良い顔をされない。これが怪我でもして失敗しているのなら大義名分も立つが、彼らは依頼の最中である。
鉢合わせるような状況になれば軋轢しか生まない。
そこまでして依頼を受けるメリットがない。
「あまり気乗りしないみたいだな」
ガルシュも事情を分かった上で依頼を提案している。
「だから報酬を上乗せしましょう」
ガルシュの視線がマックスさんの眠る墓へ向けられる。
「まさか……」
「領主代行として約束する。依頼を引き受けるだけで、貴女の父親の遺体を持ち帰る権限を与えてあげましょう」
それは、普通なら絶対に貰えないもの。
マックスさんが犯罪者として裁かれた記録は残されている。遺体を移動させる許可を出すということは、過去の判断が間違っていたと言うのに等しい。
それは、プライドが大切な貴族にとって恥以外の何物でもない。
「……本当にいいの?」
「ええ」
アイラの口からどうにか言葉が漏れる。
どうあっても手に入れることのできなかった報酬が目の前に掲げられている。
自分一人だったなら迷うことなく引き受けたかもしれない。だが、今のアイラは俺たちのパーティに所属する冒険者。簡単な依頼を一人で受けて、片手間で済ませるのとは違う。
自分の都合で俺たちを巻き込むのは躊躇われた。
「受けますよ」
「マルス!?」
そんな風に迷わせるぐらいなら俺が受けた方がいい。
「ただし、約束は絶対に守ってもらいます」
「ええ。パレント子爵家の名に懸けて誓います」
「その言葉を忘れないでくださいね」
ガルシュが帰ろうと振り向く。
「どうした?」
しかし、執事の男性が随伴しようとしないことに足を止める。
「ガルシュ様は問題さえ解決されればいいのかもしれません。ですが、私は彼らの力だけは頼りたくありません」
「……お前の事情は分かっているつもりだ。それでも納得できないか?」
「はい。それに彼らの態度は貴族に対するものではありません」
「爵位を持たないだけで相手の方が格は上だ。それに私は爵位をまだ継いでいない」
ガルシュの言葉は正しい。
だからこそ執事は我慢できなくなった。
「――失礼」
その時、執事が静かに横へ動いて手刀をシエラへ伸ばす。
「……何をしているんですか?」
「だから、失礼と言った」
執事が自分の首に突き付けられている剣を見て動きを止める。
剣を即座に抜いたアイラが攻撃の直前で止めていた。
「しかし酷い人だ。私が死と引き換えに攻撃すれば娘は殺されていたぞ」
アイラの剣が一瞬の内に執事の首を刎ねる。
だが、後から行動したため一瞬の間にシエラの体を貫かれてしまうだけの猶予が発生してしまった。
その事が分かった上でアイラも行動している。
だが、アイラに動揺した様子はない。
「大丈夫。そうはならないから」
「なに……?」
執事の手刀が届く直前にはドッペルゲンガーが盾となって現れるようになっている。たとえ執事が攻撃を止めなかったとしても届くことはなく、アイラに首を刎ねられる結果だけが残る。
「チッ」
何かしら防御策を用意していると悟った執事が引き下がる。
「止せ、ミハイ」
「申し訳ございません。ですが、黙っていることができず……」
「お前の気持ちは理解できる。だが、パレント家に仕える執事だというなら主家を優先させろ。お前の事情を知っていて、それでも連れて来たのはお前以上の護衛がいないからだ」
「ありがとうございます」
「執事が申し訳ないことをした。それでも依頼を引き受けてくれると言うのなら助かる」
今の騒動で機嫌を損ねてしまったのではないか、と危惧している。
「別に、これから邪魔をしなければ問題ないわ。なにか訳ありなんでしょ」
アイラは深く聞こうとしない。
何かしら事情を抱えているのは間違いないのだろうが、聞かないことで関わらないようにしている。
「それは約束しましょう。ミハイの事情など街の危機に比べれば些細なものです」
パレント家の事情を優先させて執事の事情を封殺する。
領主としては正しいのだろうが、執事の方は全く納得していない表情をしていた。
「お前も先方に謝れ」
「……お嬢さんに申し訳ないことをした」
「できれば娘にも頭を下げて」
シエラへ体を真っ直ぐ向けて腰を曲げて頭を下げる。
「大変失礼しました」
「あら、気にしていませんことよ」
「……?」
「どこで、そんな言葉を覚えたんだか」
予想外な言葉遣いに執事が呆然とし、母親であるアイラは呆れていた。
お姫様に憧れているアイラにとって執事から頭を下げられるという状況は嬉しいものだったようで、命を狙われていたことなんて知らずにニコニコして覚えたての言葉を口にしていた。
ただし、相手から許された、という状況がミハイとしては気に入らなかった。
「ミハイ」
「はっ」
それでも主から忠告されれば従わざるを得ない。
「ねらったのがあたしでよかったね」
「なに……?」
頭を上げようとしたミハイの耳にすぐ傍にいるはずのシエラから信じられない言葉が届いた。
「りっくんをねらっていたら、あたしもおこっていたよ」
「……!!」
目の前から感じる少女らしからぬ殺気にシエラと目を合わせられなくなっている。
まだまだ母親に甘えたい年頃の少女に自分をどうにかできるはずがない!
そう思うものの体は拒否反応を起こしている。
「こら」
「みゅ!」
「執事さんを脅さない」
「……ごめんなさい」
父親から怒られたことで悪い事をした、という自覚が芽生えた。
脅すのはいけないことだと分かった。ただし、本当に行動を起こした際には本気で怒る。
「何か事情があるみたいですけど、この子を本気で怒らせない方がいいですよ。なにせ本気になったら親である俺たちでさえ力で抑え付ける以外に落ち着かせる方法がないですからね」
だが、シエラが本気で怒った時など家族の危機以外にない。
その『家族』の中に自分が含まれていないのは問題だが、今のところは心優しい少女に育ってくれている。
「とりあえず依頼は引き受けます。そちらは報酬を準備して待っていてください。今後は会わない方がお互いの為になるはずです」
「あ、ああ……こちらは問題さえ解決してくれれば問題ない」
さて、フラグはこんなものでいいでしょう。