第2話 墓地での依頼
アイラの家族が埋葬された墓があるのはパレントの郊外。
罪を犯してしまった者、埋葬するだけの費用がない者、身寄りのない者などが無造作に埋葬されている場所。目印となるのは名前が書かれた簡素な石のみ。
「久し振り。今日は新しくあたしの家族になったリックを連れてきたよ。それにシエラだって、こんなに大きくなったんだから」
二人とも墓の前で大人しく目を瞑っている。
お墓がどういう物で、大人しくしていなければならないことを理解している。
アイラも顔を下へ向けて目を瞑っている。
「また、今度来るね」
しばらくすると顔を上げる。
その表情はどことなくサッパリしていた。
「ねぇ……どうしておにわじゃないの?」
リックが質問してきた。
アリスターにある屋敷の庭にはアイラの家族以外で亡くなった身内の墓がある。毎朝、屋敷の中から祈りを捧げているからこそ墓にも慣れていた。
「かわいそう。つれてこう」
子供らしい純粋な感想。
家族なんだから一緒に埋葬するべき。
「そういうわけにはいかないの」
「どうして?」
「ここにいるおじいちゃんは悪いことをしちゃったの。そういう人はここにいなくちゃいけないの」
「……わかんない」
どうして一緒にいられないのか。子供の頭では分からない。
アイラの父親であるマックスさんが魔剣に支配されて暴れた際、パレントの騎士団も協力して鎮圧された。そうなると犯罪者の遺体の取り扱いは領主に権限があり、領主の判断でここに埋葬されることになった。
犠牲者の憎しみは犯人であるマックスさんへ向かう。こうして、はっきりと分かる場所にあることで憎しみや不満がぶつけやすくなっている。
街に住む多くの人を思っての判断。
いくら娘であるアイラが願ったところで引き取ることはできない。
「アーリンさんとリック君の遺体だけでも引き取ったらどうだ?」
「お父さん一人じゃ寂しいでしょ。あたしは新しい家族にも恵まれているから平気よ」
母親と弟の遺体を同じ場所へ埋葬してくれるようアイラの方から願い出ていた。
誰にも知られずに持ち去るのは不可能ではないが、万が一にも遺体がなくなっていることに気付かれた場合にはアイラが真っ先に犯人として疑われることになる。
自分たちの遺体を引き取ったことでアイラが犯罪者に思われる。
それは、マックスさんが最も嫌うことだろう。
「おじいちゃんにおばあちゃん、それにおじさんも寂しいだろうから来年も一緒に来ようか」
「うん!」
「またね」
リックとシエラが手を振りながら墓地の出口へ向かおうとする。
「うみゅ?」
だが、向かう先から二人の男性が近付いてきていることに気付いて俺たちの後ろに隠れてしまう。
一人は30歳ぐらいで、墓地には相応しくない綺麗な灰色のスーツを着た紺色の髪をオールバックにしている。
もう一人も執事服を着た初老の男性で、斜め後ろで佇むように立っている。
パレントにいる知り合いなど限られている。素知らぬ顔をしていればやり過ごすことができる……そんな甘い考えを抱いていた。
「はじめまして」
だが、二人組はどこかの墓石の前に立ち寄ることもなく真っ直ぐに俺たちの所まで来ると、若い男性の方が朗らかに挨拶をしてきた。もう一人の執事は警戒しているのか鋭い視線をアイラへ向けたままだ。
「……」
こちらも警戒を強める。
後ろに隠れていた二人を体で隠して守るように立つ。
「これは失礼しました。挨拶もしないのでは警戒させてしまいますね」
「何か用ですか?」
もちろん俺とアイラは男性が近付いて来ていることに気付いていたし、男性の意識が俺たちに向けられていることにも気付いていた。
それでも数年に一度しか訪れないような街なのでやり過ごしたかった。
「現在パレントで領主代行を務めているガルシュ・パレントです。パレント子爵家の次期当主、とでも覚えてもらえればいいですよ」
「次期当主ですか」
動揺を見せないよう冷静に答える。
身形からしてそれなりに身分の高い者だと思っていたが、まさか領主代行が現れるとは思ってもいなかった。
ガルシュがアイラを真っ直ぐ見る。
「ここで眠っている方の関係者――娘さんですね」
「そうですけど……」
アイラが戸惑いながら答える。
俺たちは相手に見覚えがないが、男性は俺たちの事を知っているようだ。
『アイラ』
『分かっているわ。騒ぎは起こさないから』
長年の経験から面倒事の予感を覚える。
領主代行に狙いを定められてしまっていて、俺たちが何者なのか知られているため逃げ出す訳にもいかない。これが初めて訪れた見知らぬ街なら即座に逃げ出しているのだが、そういう状況でもなくなってしまった。
ただ、領主代行――領主の息子だと聞いてアイラの体が強張っていた。
「一つ協力してほしい問題が今のパレントでは発生しています」
「なぜ、あたしたちに?」
「貴女は自分が有名人であることを自覚した方がいい」
実質、現在のメティス王国で最強の冒険者パーティと言っていい。
おまけに貴族ではないが、王国よりも巨大国家となったグレンヴァルガ帝国の最高権力者とも個人的な親交がある。下手な貴族……それこそ子爵よりも強い影響力を保持している。
そんな平民がいることを快く思わない貴族がいる。これまでに何度も暗殺者のような者が派遣され、時には子供たちを誘拐して思い通りに操ろうと画策した者までいた。
残念ながら彼らは悉く失敗し、迷宮送りとなっている。
他の街なら、その事実だけで領主から注目されてもおかしくない。しかし、パレントの場合はアイラの父親が起こした事件がある。
「監視していましたね」
「監視とは人聞きが悪い。貴方たちは街へ入る時に門を通りましたよね」
門を利用する際には身分証明書の提出が必要になる。
今回の目的は里帰りであるため偽造する必要もなく、普通に自分たちの身元を明かして街に入った。
「全ての情報は記録され、最終的に領主の元へ届けられます。普段なら集計されてから情報が上げられるのですが、要注意人物が訪れた時にはその限りではありません。特に、もう帰って来ないと思っていた者などですね」
帰郷したアイラの事を言っている。
領主の家臣の中には、大きな事件を起こしたマックスさんをどうしても悪役にしたい人物がおり、娘であるアイラは生け贄として十分だった。
「なるほど。あたしの来訪をそうやって知った訳ですね」
帰郷したアイラが行くだろう場所に見当をつけて墓地を訪れた。
「それで、領主代行自ら足を運んでまで何が言いたいんですか?」
アイラとして、これ以上ガルシュの話に付き合っていたくなかった。
「話だけでも聞いた方がいいです。貴女にとっても無関係ではありませんから」
「……分かりました」
ガルシュが現在の状況を語る。
彼の言葉によると、パレントの近くにある迷宮が急に機能を停止してしまったらしい。転移結晶を使えるものの、これまでの情報が全て消去されてしまったのか今までは行けた階層へ行くことができなくなり、あたらしく挑戦し直すしかなくなってしまった。
だが、迷宮内の構造は大きく変わっていないものの、出現する魔物が急激に強くなっている。
「強くなった原因は分かっています」
全魔物ではないが、多くの魔物が魔剣を手にしている。
ただのスケルトンが魔剣を手にした状態で軍隊を成していたこともあり、ランクの低い冒険者の手に負える状態ではなくなっている。
「既にパレントを拠点にしていたBランク冒険者のパーティには声を掛けました。ですが、他の街よりランクの質は低いと思って下さい」
元々強い魔物が周囲におらず、マックスさんが事件を起こすまでは大きな騒動もなかった街。
そのため、それほどの強さは求めておらず、街に定住してくれるよう促す為にBランクを与えることもあった。
「結果は敗北。負傷して逃げ帰って来ました」
パレント最強の冒険者として期待していた部分もあった。
だが、結果を聞いてガルシュはガッカリしてしまった。
「で、俺たちに迷宮の調査をしろ、と?」
「その通りです。失敗の報せを聞いて近隣の街にも応援を頼んで来てもらいましたが、遅々として調査が進んでいない状況で来てくれたのには助かりました」
「なに……?」
一度は失敗し、別の者が応援として訪れた。
そうして今も調査を続けている最中。
「つまり、俺たちに依頼を横取りしろ、と言いたいんですか?」
再び魔剣によって騒動が起ころうとしているパレント。
主人公たちも否応なく協力することになります。