第29話 原初のタイタン-後-
ゼオン。
迷宮主だったならば失われたはずの骨を迷宮の魔力を消耗することで復元することができる。かつて【魔力変換】している必要があるが、イルカイトとモンストンはそこまで離れている訳ではない。当時の迷宮主が何らかの理由で回収していたとしてもおかしくない。
そして、【迷宮魔法】を駆使すれば誰に知られることもなく渓谷の壁を削り取るのも不可能ではない。現にメリッサが下で寝ている巨人族に悟られることなく天井に穴を開けている。
「けど、こんな事をして何になるんだ?」
「ここは地脈の通り道になっているのです」
だからこそリオール渓谷には潤沢な魔力がある。
潤沢な魔力が環境に影響を及ぼすことで貴重な薬草が採れるようになり、魔物が生まれる場所となった。
そして――巨人族へ及ぼしてしまう。
「ちょうどここが通り道になっていたみたいです。今でこそ落ち着いていますが、5年前は膨大な量の魔力を目の前にある骨が受け止めることになったはずです」
「え、もしかして……」
大まかにだが俺にも巨人族に変化してしまった原因が薄らとだが分かってしまった。
この場にある再現された巨人族の骨が膨大な魔力を受けて周囲に影響を及ぼした。
そこへ『死にたくない』という強い想いを抱えた人々が飛び込んだことによって巨人族の影響を受けた魔力を彼らも受けてしまった。
結果、肉体に変異が起こってしまった。
「それが彼らの進化した理由でしょう」
色々な研究をしていたゼオン一行。
その中に滅んでしまった巨人族を再現しよう、という試みがあったとしても不思議ではない。
なにせアリスター迷宮へ挑んだところで終わってしまったが、彼らの目論見は他の迷宮も攻略することにある。大々的な作戦を実行したついでに戦力を調達していたので巨人族も含まれていたのだろう。
「……つまり、今回の一件は全て奴らの目論見か」
イルカイト迷宮を暴走させるような真似をしなければ、そもそも村人たちが逃げる必要もなかった。
判明していなかった原因もゼオンにある。
「元々の巨人族がどのようにして進化を果たしたのか分かりません。ただ……イリスさんの【回帰】で命を絶たれてしまったことを思えば歪な存在だったものと考えられます」
世界から祝福されなかった命――存在だった。
「合成魔物か」
複数の魔物の要素を併せ持つよう人工的に生み出された魔物。
古代文明時代には軍事利用しようと本気で研究されていたらしいので、現代では再現が不可能な技術でも大昔になら巨人族がいた可能性はある。
「現在となっては調べる方法も存在しませんが……」
研究施設でも残っていれば資料から調べることができたかもしれない。
だが、リオール渓谷に巨人族の骨があったのなら近くに研究施設があった可能性がある。しかし、モンストンの近くにそのような施設があった痕跡はどこにも見当たらない。
「皮肉な話」
イリスが数年前のモンストンで行われていたことを思い出した。
モンストンでは戦争で勝利する為に非人道的な実験が地下で行われていた。その中にはキメラの研究も含まれている。
「同じ場所で非合法な実験が繰り返されていた、か」
彼らが行っていた研究とは別。
それでも大昔に行われていた非合法な研究によって、復興したばかりの都市が被害を受けることになった。
「で、こいつはどうすればいい?」
巨人族へ変化してしまったのは、迷宮が暴走して国が亡んでしまうような魔力の異常があったから。
状況を考えれば同じ事が起こるとは思えない。
それでも原因が分かったなら同じ事が起こらないよう対処をしておいた方がいい。
「簡単です。この骨を回収してしまえばいいのです」
「回収って……」
グルっと周囲を見渡す。
土の壁に覆われた通路。メリッサに言わせれば目の前にあるのは腰の骨らしいので上にも下にもあることになる。
骨を回収するには掘削から始める必要がある。
「魔法で一気に削ればすぐに終わるか」
意気揚々と魔力を練り上げる。
ゼオンにできたなら俺たちにだって同じことができてもおかしくない。
「それは止めてください」
だが、それはメリッサに止められた。
「シルビアさんには分かりますね」
「うん。土に埋まっているせいで分かり難いけど、巨人族に変化させるほど膨大な魔力はないけど十分な魔力が残っている」
回収することができれば十分な利益になる。
ただし、それには傷付けることなく回収する必要があった。傷を付ければ、そこから漏れ出すように魔力が霧散してしまうことになるからだ。
「え、じゃあどうするの?」
アイラの疑問ももっともだ。
俺にはメリッサの答えが分かっていたが、これからの作業の大変さを考えて口にしたくない。
だが、イリスが容赦なく道具箱から発掘に必要な道具を取り出す。
「はい」
土を掘るのに必要なスコップ、硬い岩を砕くハンマー、骨を傷付けないよう土をどける為のシャベル。
こういう事態を想定していた訳ではないが、道具箱には発掘にも使える道具がいくつも眠っている。
普段は魔法でパパッと終わらせてしまうため使うことのなかった道具ばかりだ。まさか使用する日が来るとは思っていなかった。
「まさか、本当にやるのか?」
発掘に関して俺たちは素人同然だ。
「この骨を捨てても構わないのならやらなくてもいいのですが……」
「やるさ」
目の前に利益となる物があるのに放置するなんてできる訳がない。
「では、お願いします」
道具を受け取らないメリッサ。
「お前は発掘やらないのか?」
「見えているのはほんの一部です。まずは発掘作業ができるよう全体が見えるようにする必要があります。私とシルビアさんが担当した方がいいでしょう」
二人以外の探知能力では、土に埋もれている骨の位置を特定することができない。
今も全体像が把握できている二人にお願いした方が効率的だというのは分かる。
「そういう訳でアイラさん、ノエルさんと協力して掘ってください」
「イリスさんは治療で疲れているでしょう」
午前中のうちに今日の【回帰】を済ませたイリス。動き回るぐらいは問題なくできるが、消耗していることには違いない。
「問題ない。私も手伝う」
「大丈夫ですか?」
「魔力を消耗しただけだから体力は有り余っている」
「そうかもしれませんが……」
魔力を消耗した際に体力も相応に消耗してしまっている。
それでも疲れを感じさせない動きでスコップを手に取ると穴を掘り始めた。
「残りの方の治療にどれほど時間が必要ですか?」
「――あと1週間かな? 慣れれば1日か2日ぐらいは短縮することができるけど、それぐらいの日数は必要になる」
「では、その前に発掘作業を終えてしまうことにしましょう」
メリッサは本気だ。
「……まさか、自分が巨人族の研究をしたくてサンプルが欲しいだけじゃないだろうな」
「そんなはずがないでしょう」
平然と返して否定するメリッサだが、その言葉に若干の好奇心が含まれていたのを聞き逃さなかった。
今回、巨人族へ変化してしまった者たちの素材は何も残されない。
研究するなら目の前の骨が唯一残された物と言える。
「ま、持ち帰ることには賛成だからいいんだけどな」
☆ ☆ ☆
6日後。
「今回は本当にありがとうございます」
「いえ……」
元領主邸の応接室で昼過ぎに代官と面会していた。
巨人族全員が元の姿に戻った為だ。まだ眠りから覚めていない者もいるが、次々と目覚めていることから全員がじきに目を覚ますことだろう。
「ところで、どうして泥がついているのですか?」
「個人的な用事なので気にしないでください」
イリスの仕事が終わる前に発掘も終わらせる為に徹夜で作業をしていたため服に泥がついていた。
「また、何か困った事があったら頼ってください」
「ははっ、貴方たちに頼るのは簡単ではないですよ」
莫大な報酬が必要になってしまう。
その報酬に見合った成果を生み出してくれるが、それだけのトラブルが発生してしまう事態でもあるため乾いた笑いを浮かべていた。
ただし全く機会がない訳ではない。
「皇帝陛下は次の都市も早々に着手するつもりでいます」
「まだ、ここの復興に手を入れ始めたばかりですよ」
「それでもオネイロス平原の現状を思えば必要です」
多くの難民がいる。
彼らの現状を解決する為には生活できる『場所』が必要になる。
「まだまだ分からない事があります。その時には今回のように調査を依頼することがあるかもしれません」
「その時には全力を尽くしますよ。だから報酬を用意しておいてくださいね」
「ええ。こちらも貴族になれるチャンスですからね」
ボリスは平民上がりの文官。
「本来、平民が一代でこれだけ大きな都市を任せられるなんてあり得ません。爵位というのは何代にも渡って築き上げるものですからね。せっかく与えられたチャンスです。必ず皇帝陛下の期待に応えてみせます」
次は無しで第39章も終わりです。