第16話 地図の重要性
「ふざけんな!」
最後の1つを残して全ての宝箱を開け終えた後、俺は荒れていた。
部屋の中は俺を中心に電撃が迸り、足元の床は急激に熱せられたせいで赤熱していた。
なんで荒れているかって?
「当たりがないとかどういうことだよ」
近くにあった最後の宝箱を蹴り飛ばす。
中には爆発の罠が仕掛けられていたらしく蹴り飛ばした直後に爆発を起こしていたが、荒れている俺には一切のダメージを与えられない。最後の宝箱だったが、やはり罠が仕掛けられた偽物だ。
「ええと、落ち着いて下さいご主人様」
「そうよ」
「気付かなかった私たちも悪いのですから」
3人が俺を落ち着かせようと宥めてくれる。
宝箱のあった部屋の中は電撃や炎によって荒らされていたが、彼女たちにも一切のダメージはない。
俺が荒れ出した直後にメリッサが防御用の結界を構築してくれたおかげで3人は無傷だ。
「いや、俺が当たりを引くことにムキになって部屋にいた冒険者たちが帰って行った意味に気付かなかったのがいけない」
最初は、ミミックの罠に引っ掛かってしまったため治療の為に遺跡から出たのだと思っていたが、彼らの中には罠感知のスキルを持った仲間がいたのだから、あの段階で他の宝箱には全て罠が仕掛けられていることに気付いていた。
だから残りの宝箱には目もくれずに部屋から出て行った。
その意味に気付かずに当たりを引こうと躍起になってしまった。
とはいえ、俺たちは財宝を奪い合う冒険者でしかない。一応、引き返した方がいいと注意してくれたのだし、恨むようなことはせずに授業料として肝に銘じておくことにする。
「これからどうしますか?」
もう、この部屋に用はない。
「……帰る」
今日は、これ以上遺跡の探索を続けられるような気力は起きず、遺跡から出ることにした。
宝箱を開ける度に爆発を浴びて、ミミックに噛み付かれて、ミミックに体当たりをさせられて、毒を浴びせらせる。そんなことが繰り返された。もう、疲れた。
☆ ☆ ☆
3時間後。
ようやく遺跡から脱出することができた。
宝箱に仕掛けられていた全ての罠を引き受けたこともあって疲れていた俺は、1人だけ先にテントで休ませてもらい、シルビアに早めの夕食の準備を頼み、アイラとメリッサには戦利品の確認をテントの外でしてもらっている。ダメージ的には全く問題ないのだが、罠に晒されたという事実が俺を疲れさせていた。
とはいえ、何もしていないわけではない。リーダーとして反省しなければならないことがあったので、考え事をしていた。
遺跡に入ってから宝箱のある部屋まで30分程度で辿り着くことができたにもかかわらず、3時間も掛かってしまったのは道に迷ってしまったからだ。その間に魔物と遭遇したおかげで上質な魔石がいくつか手に入ったのが救いだ。
道に迷った原因は、迷宮を探索していた時の癖が抜けていなかったのか遺跡内でマッピングもせずに歩いていたせいで出入り口からとは全く違う場所へと歩いていた。
改めてマッピングの大切さが分かった。
明日からは、きちんとマッピングをしよう。
しかし、今日歩いた場所を再びマッピングする気は起きない。
というわけで、ちょっとしたズルをさせてもらおう。
『迷宮操作:地図』
迷宮の中で使用した場合には、迷宮内の地図を視界の隅に表示してくれるスキルだが、これを迷宮の外で使用すると同じように視界の隅に自分の歩いた道が地図になって表示される。今いる場所からあまりに遠くだと表示されることはないが、遺跡のすぐ近くで遺跡内の地図を表示させるぐらいならできる。
視界の隅に表示された地図を紙に描き写していく。
こんなことをしているのは普通の冒険者と同じように行動してみたかったからだ。
普通の冒険者は、歩きながら地図化をして進む道を決めている。
探索をしている最中も俺がスキルを使えば迷うことなく奥まで探索することはできるだろうが、それではズルをしているようになって俺たちの経験値になってくれない。
そこで、明日以降は今日歩いた分の続きを行えるようにスキルを使わせてもらった。これでも経験にはなるはずだ。
それに地図を見ていて気付いたこともある。
「ご主人様、夕食ができましたよ」
シルビアがテントの中に入って来て食事ができたことを教えてくれる。
もう、ほとんど描き上げた状態なので少しだけ待ってもらう。
「これは、遺跡内部の地図ですね」
パーティの先頭を歩いて周囲に気を配りながら歩いていたシルビアは地図を見ただけで遺跡内部の物だと分かったらしい。
「けれど、おかしな遺跡ですよね」
俺は地図を見てから気付いたが、シルビアはもしかしたら歩いている内から気付いていたのかもしれない。
外から見た時の遺跡の大きさは、高さが30メートルほどで1辺の長さは50メートルほどしかない。にも関わらず、俺たちは道に迷っていたとはいえ、脱出までに3時間も掛かってしまった。とても50メートル四方の迷路を迷ったような時間ではない。
「中で空間が拡張されているのか?」
迷宮でもそういう階層を造ることはできる。
しかし、そういう仕掛けを施した場合、消費される魔力は途方もなく今の俺では造ることができない。また、造ったとしても維持に膨大な魔力が消費されてしまうので迷宮に訪れる冒険者から得られる魔力だけでは足りなくなり、すぐに機能不全を起こしてしまう。
そもそも広い階層を求めているなら周囲に広大な土地が余っている迷宮なら単純に広い範囲を掘ればいい。
「ちょっと何しているのよ」
シルビアと2人で地図を眺めていると夕食を待ちかねたアイラとメリッサが入って来る。
眷属である彼女たちは、一応主である俺を立ててくれるので俺が食卓に着いてもいないのに食事を始めたりするようなことはしない。
「地図を作っていたのですね」
アイラとメリッサも横から地図を眺める。
「どう思う?」
「まず空間が拡張されているのは間違いないでしょう」
自分たちが歩いた時の感覚と地図を見比べて少なくとも遺跡の中は一辺が1キロ近くあると考えてもいい。
少しでも近く推し量ることができないのは、俺たちが歩いた場所があまりにグチャグチャだったからだ。ちゃんと迷路を進む時の攻略法である壁伝いに進む方法で出口へ戻っていたはずなのに気が付けば見当違いな場所に出ていた。
「考えられるのは構造が変化したせいでしょうか」
「そうだろうな。ここを見てみろ」
地図の一点を指差して行き止まりになっている場所を見るように言う。
そこには、行き止まりにもかかわらず壁1枚を隔てた向こう側も探索されていた。自分たちで歩いた道だから分かるが、俺たちは1度も行き止まりに突き当たっていない。
「この場所は、宝箱のあった部屋に向かう途中の道だ。たぶんだけど、行き止まりになっている壁は部屋に向かっている最中は本当に壁だったんだと思う。けど、部屋の中で色々とやって時間が経つ内に壁が開いたんだろうな」
「そういうことですか。すみません」
パーティを先導していたシルビアが謝る。
壁伝いに歩くという方法に集中するあまり構造が変化して壁がなくなってしまうという可能性を失念していた。
そのまま出入り口とは違う方向へと進んだ結果、道に迷ってしまった。
もちろん1時間経っても辿り着けなかった時点で壁伝いに戻る方法は諦めて遺跡内を全力疾走した。
「とりあえず、これで地図の重要性が分かったな」
最初から地図を作っていれば最初は壁だったことにも気付いたはずだ。そうすれば道にも迷わず早い内に脱出することができたはずだ。
「明日は最速で2階を目指してみよう」
俺の言葉に3人とも頷いてくれる。
とはいえ、今日はこれ以上何もする気が起きないので夕食を食べたらさっさと寝ることにしよう。