第27話 消えた巨人
「……」
ゆっくりと目を開いた女性が頭を横へ向ける。
気配を感じて顔を向けた先には蒼い髪の女性が椅子に座って本を読んでいた。
「あ、起きた?」
蒼い髪の女性――イリスも女性が目覚めたことに気付いたみたいで本を読む為に下へ向けていた頭を上げる。
「私の事は分かる?」
「ええ」
「本当に?」
「はい、全部覚えています」
女性は巨人に囚われていた間の記憶もしっかりと持っていた。
「そう。問題なく元に戻せたようでよかった」
「そう言えば……」
自分がベッドに寝かされていることに気付いた。
巨人族用に特注された巨大なベッドなどではなく、普通の人間が使うようなサイズのベッド。
改めて自分の体を見れば以前の姿に戻っていることに気付いた。
「お礼を、言うべきなんでしょうか?」
「元の姿に戻してあげたことなら言ってもいい」
女性――メルサからお礼を言われてイリスも受け止める。
ただし、同時に憎しみも受け止めるつもりでいたイリスは少しだけ緊張していた。
「何があったのか覚えているなら、どうなったのか予想しているかもしれないけど教えてあげる」
「はい」
メルサは暴れていた巨人の母親だった人物。
「まず、あれから10日が経過している」
「そんなに……」
「巨人に囚われていた人たちは解放したけど、全く目覚める気配がなかった」
解放されて即座に動けたゲルドが異常だった。
詳細は判明していないが、普通の人間と巨人族の間に何らかの差異があって影響したと判断していた。
その原因は重要ではない。
今後も同じ事が起こることが予想されるなら対策を立てる為にも原因の究明は必要だが、同じ事が起こる可能性は非常に低い。
「あの、あの子は……?」
「死んだ」
簡潔に、感情を出さないようにして告げる。
「そう、ですか」
メルサも予想していたようで悔しく思いながらも受け止めていた。
「……なら、せめて母親として埋葬ぐらいしてあげないといけませんね」
それが母親として最後にしてあげられる事。
そんな想いを込めた言葉。
「残念だけど、それは不可能」
「……どうして!?」
イリスから聞かされたのは非情な現実。
「私たちも消耗していたから巨人族を避難させた洞窟が見つからないよう入口に幻術を施してモンストンまで帰って来た」
巨人族の存在は可能な範囲で秘匿するようにしたため必要な措置だった。
ボロボロになったリオール渓谷での後始末など、しなければならない事はたくさんあったが休息を取ることにした。
「その間に巨人の素体になった子供たちの体は冒険者によって焼却された」
冒険者にとって巨人族は魔物にしか見えない。
さらに、大人の自分たちよりも大きな体をしていれば暴れていた巨人との関連を疑ってしまう。
結果、自分たちの身の安全を守るため正しい行動をした。
「魔物なら不死者化してしまう可能性があった。だから焼却してしまう必要があったのは分かるはず」
「分かります」
メルサも魔物に襲われる可能性のある村で育った大人。
これまでに魔物が倒される瞬間にも何度か立ち会っているため再利用が不可能なほどに処理してしまう必要があることを知っている。
「けど、あの子は人間なんですよ!」
魔物と同じ扱いをされて処理された。
それは、母親の身を張り裂けさせそうにするには十分な力があった。
「その事を知った私たちは関わらないようにして残された巨人族を元に戻す作業に移った。で、この時に重要となるのが、誰から戻すのかっていう順番」
最初に戻される者はイリスの我が侭で決められた。
「母親である貴女たちから戻させてもらった」
メルサがいるのは医務室のような場所で、ベッドが6つ並べられている。
どのベッドにも女性が規則正しい寝息を立てて眠っている。
久し振りに見た顔だが、メルサは全員が巨人の素体となった子供たちの母親であることを思い出した。
「今なら正直な言葉が聞けるから聞かせてほしい――どうして暴走したと思う?」
「それは……」
メルサが言い淀む。
暴走が始まった瞬間の出来事は彼女も覚えていた。
「私が、あの子を突き放してしまった……」
その身に渦巻くのは後悔。
自分の身に起こった異常事態を嘆き、自分の子供が普通でないことを最初から分かっていたにもかかわらず受け入れることができずにいた。
そして、自分にだけ希望が見えた瞬間、子供を捨ててしまった。
「いえ……私がよき母親でなかったのが原因ですね」
メルサの対応次第では違った未来が訪れたかもしれない。
少なくとも生きるだけなら可能性は提示されていた。
「――少し昔話をしてあげる」
「何を……」
「ある所に家族から祝福されて生まれてきた子供がいた。けど、その子は生まれつき魔力が安定しなくて、ちょっとしたことで高熱を出して寝込んじゃうような子供だった」
「それって……」
「医者からは、長くないかもしれないって言われていたかな」
その子供こそヴィルマ。
生まれつき体調の良くない子供を助けてあげたい一心で【施しの剣】や【快癒】を使用した。しかし、どちらも生まれつきの不調を治すのは不可能だった。
だからイリスはスキルを強化しようとした。
「けど、自分の身で体験したなら分かるかもしれないけど、【回帰】にも体調の悪い子供を『普通』にすることはできなかった」
「それで、どうしたんですか?」
「その子が体調を崩す原因は魔力が体内で暴れて体に負担が掛かっているから」
そこで、体内の魔力を安定させることにした。
問題はイリスが近くにいる時はヴィルマに干渉することで安定させることができるが、イリスが寝ている間など常に見ていられる訳ではない。どうにかしてヴィルマ自身が安定させる術を覚えなければならない。
だが、相手は生まれたばかりの子供。
「言葉で説明したところで理解してくれない。だから根気よく感覚で安定させる方法を覚え込ませた」
覚えてくれるまでの2年間は眠れない日々が続いた。もちろん、その間はシルビアたちが手伝ってくれていたが、やはり自分の子供ということでイリスが率先して覚え込ませていた。
苦しくなかったはずがない。それでもイリスは頑張った。
「おかげで長くないって言われていた子供も4歳になった」
それだけで救われる気持ちになっていた。
今も体調を崩してしまうことはあるが、『ちょっと風邪を引きやすい子供』程度に収まっている。
「貴女は母親として何かしてあげられた?」
「……」
「思い当たる事がないなら本当の意味で母親になれなかった」
椅子から立ち上がると部屋を出て行こうとする。
「それと、反省する意思があるなら次の機会に活かすといい」
「次の機会?」
「あの子には父親がいたはずでしょ」
「はい」
「ここは元巨人族用に貸してもらった宿舎。戻っているなら建物内のどこかで眠り続けているはずだから、彼と会って今後を話し合えばいい」
多少の無茶をしたおかげで半分以上の巨人族を元に戻すことができた。
その約40人の中に父親がいれば目を覚ました時に今後を話し合うことができる。
「あの、ありがとうございました」
「お礼ならさっき聞いた」
「元に戻してもらったことではありません。正直言って現実に打ちのめされていましたが、ダメダメだったことが分かったので人生をやり直してみようと思います」
今のメルサの体は巨人族になる前の5年前まで戻っている。
やり直せる余地は十分になる。
「この後、どこへ?」
「治療に掛かり切りで大きな事はできないけど、せっかく仲間の一人が面白い物を見つけたから見学に行ってくる」
リザルド①
巨人族になっていた人たちも人生をやり直す機会を得られた。