第24話 匍匐巨人 ④
シルビアが移動したのは渓谷の底。
もっと言うなら歩いている巨人の側。
巨人の移動に合わせて走っていたシルビアが短剣を振るう。魔力の刃によって既に短剣とは呼べない剣による攻撃によって足の甲の一部が斬り飛ばされる。
肉塊が宙を舞う。
それを取り戻そうと足から触手が飛び出す。
「やっぱり大切な物なんだ」
だからこそ取り返される訳にはいかない。
左手で肉塊を掴むと迫る触手を右手に持った短剣で斬り裂いていく。
どれだけ攻撃しても目的の物を得ることができない状況に触手がシルビアを警戒して動きを止める。
シルビアにしてもいつまでも動き続けられる訳ではない。タイミングよく訪れた時間に息を整える。
「ぅぅ……」
その時、肉塊の中から呻き声が聞こえてくる。
「よかった。気付いてくれて」
「あなたは……」
「シルビアです。あなたは代表のゲルドさんですね」
「はい」
ゲルドが肉塊の内側から力を込めて押し出す。
自由になったゲルドは汚い体液を全身に浴びており、シルビアの魔法で簡単に洗い落とされる。
「ありがとうございます」
「わたしも臭い人を後ろに置きたくないですから」
先ほどの倍の触手がシルビアへ襲い掛かる。
正面を覆い尽くしてしまうほどの触手。けれども、シルビアは臆することなく収納リングから爆弾を取り出すと触手を吹き飛ばす。
「こっちじゃなかったなら、あっちかな」
「え、ちょ……」
ゲルドには離れる前にマルスの服を貸している。巨人族になっていた頃にはそれほど気にならなかった格好だったが、さすがに元の体に戻った状態では心許ない服だった。
肉塊から解放された時も同じ服を着ている。おかげでベルトを掴んで持ち上げることができる。
ゲルドを抱えたまま走るシルビア。
渓谷の壁を駆け上がると、渓谷の上の方まで移動する。
膨張を続けているせいで、上の方まで移動しても腰より少し高い位置になってしまっている。早々に決着をつけなければ取り返しのつかないことになる。
「うっ……」
吐き気を催してしまうゲルド。
シルビアの動きは普通では考えられないもので、目まぐるしく変わる光景を捉えることができずにいた。
だが、意識はしっかりしてもらわないとシルビアが困る。
「失礼します」
急に軽さを感じて、違和感から目の前の光景をしっかりと見据える。
「な、なにっ!?」
正面から迫る触手。
ただし、近くにシルビアの姿はなくゲルドの体を上へ放り投げると巨人の脇腹へ向かって跳んでいた。
「た、助けてくれぇ!」
今のゲルドにはシルビアに縋るしかできない。
迫る触手もそうだが、彼では上空100メートルの高さから落とされて着地する術がない。
シルビアも忘れた訳ではない。
巨人の脇腹を見据えたまま上へ振るわれた短剣の刃が触手を根元から断ち切る。
新たに別の触手が飛び出してくるが、再びゲルドへ到達するには多少の時間がある。それだけの時間があればシルビアにとっては十分だ。
巨人へ接すると肉を大きく削り取る。
「見つけた」
ゲルドを助けた時と同様に出現した肉塊の中に入っていたのは女性の巨人族。
背中に左手で触れると【跳躍】でゲルドの傍まで移動してから、再び【跳躍】を使用して一気に巨人の近くから離脱する。
避難先に選んだのは谷底にある洞窟。
かなりの距離を離れたが、触手が奪われた二人を取り返そうと伸びて洞窟へ侵入しようとする。
しかし、洞窟の入口は一つしかなく、入口から道が真っ直ぐに伸びている。
つまり、洞窟へ侵入する為には正面からしかない。
シルビアの斬撃が侵入する触手を悉く斬っていく。
「あの、ここへ移動した理由は分かるのですが、出る時はどうするのですか?」
入口は触手に塞がれてしまっている。
今はシルビアが迎撃しているから侵入されるようなことはないが、触手を迎撃しながらゲルドと巨人族が出て行くのは不可能だ。
「あの入口は使わない」
「え!?」
「大丈夫です。出る方法は別にあります」
【転移】でオネイロスまで戻ることもできる。
だが、彼女は脱出の心配をしていなかった。
「わたしの主と仲間がどうにかします」
「信頼されているのですね」
「当然です」
触手を迎撃しながら【土】魔法で壁を作る。シルビアの技量では地面や壁から少しずつ出していくのが精一杯。おまけに強度もメリッサほどではないため、触手による攻撃を何度も受けていれば壊されてしまう。
それでも道が狭まれば攻撃が減少し、迎撃も楽になる。
「わたしも巨人の中で妙な反応を捉えたから、魔石に似た何かでもあるのかと思って斬りました……まあ、中にあなたがいたのは予想外でしたけど」
心臓という急所が見つからなかった以上、別の急所を見つける必要がある。
巨人を注意深く捉えたシルビアが見つけたのがゲルドだった。
「別れた後で何があったんですか?」
「ワシも全てを知っている訳ではありません。それでも見ていた事なら教えられます」
巨人族だけが残された後で話し合いが行われた。
置き去りにしていくことになる子供たちをどうするのか……ではなく、真っ先に行われた議題が元に戻る順番だった。
表面上は子供たちを心配していた。けれども元に戻れることに歓喜し、我先に戻ろうと醜い言い争いが行われた。
そんな光景を見せられた子供の一人が止めようとした。
何故なら、言い争いから発展し殴られてしまった者の中に自分の母親が含まれていたから。
だが、助けようと割って入った子供の巨人族は後ろから殴られて地面に倒れた。
振り向いた子供が目にしたのは拳を握って興奮した様子の母親。
「彼女も耐え難い生活に興奮を抑えられなかったのでしょう」
ゲルドが視線を向ける先にはシルビアが救い出した巨人族がいる。
「もしかして……」
「その直後です。倒れた子供の体が膨張を始めたのは……」
気付いた時には膨張する肉に押し出されていた。
てっきり潰されたものだったと思っていたゲルドだったが、実際には膨張する肉に取り込まれてしまっていた。
「では、本当に彼女が暴れている巨人の母親なんですね」
「そうです。だから奪い返そうと躍起になっているんだと思います」
広い洞窟を覆い尽くすほどの触手が飛んできている。
巨人の質量を考えれば1パーセントにも満たない量なのだろうが、リソースだけの意味がある。
「子供が捨てられても、それでも諦め切れずに母親を求めているんです」
「あと親も責任を何も感じていない訳ではないですよ」
シルビアがゲルドの次に母親を見つけられたのには理由がある。
巨人の全体を確認した時、強い別の気配を発する場所があった。まず、どことなく覚えのある気配を切り取ってみるとゲルドがいた。
次に強い気配――強い想いを発している場所を切ると母親がいた。
他の場所よりも強い想いを発している。
言葉を交わすことができないため何を考えているのか分からない。それでも強く想っているのは間違いない。
「この程度の協力しかできなくてすみません」
「おかげで助かりました」
別個の意思があるように思えた触手の動き。
大元の意思は巨人の素体となった子供であるのは間違いないし、触手を操っている意思のベースになっているのも子供の巨人族だ。ただし、そこに補助として取り込んだ巨人族の意思を利用することで、イリスに向かって邁進するだけとは違う意思が生まれている。
「とりあえず攻略法は思い付いたわね」
ただし、問題が全くない訳ではない。
「最後はイリスに頼りきりになるっていうのが申し訳ないかな」
それに彼女が失敗した際には策がなくなってしまう。
不死に思えるようなボスは登場させますが、基本的にどんな相手にも攻略法は存在します。