第21話 匍匐巨人 ①
『ア、アアアァァァァァッッッ!』
超巨人の口から雄叫びが発せられる。
モンストンまで10キロ近い距離があるにもかかわらず衝撃が届いているのか外壁が揺れているように感じる。
『ちょっとマルス、今の何!?』
『状況の説明を求めます』
念話でアイラとメリッサから声が届く。
他の3人も同様に聞いたはずだ。
「説明が面倒だ。直接見せる」
【召喚】で全員を喚び寄せる。
「げっ、なにあれ?」
「巨人じゃない?」
「そんなのは見れば分かるの。問題は大きさの方よ」
いきなり喚び出されたアイラとノエルが遥か向こうに見える超大型の巨人を前にして討論している。
「随分と楽しんでいたみたいだな」
「これは……!」
アイラの手には串焼きが握られており、口の端にタレがついていた。
「人に面倒な話を任せて自分は観光していたのか」
「……モンストンがどこまで復興したのか確認するのは大切なことよ」
それ自体は決して間違っていない。
ただ、慌てて口についたタレを拭き取っているところを見ると納得できない。
「まあ、他の奴らも楽しんでいたみたいだから怒るつもりはないよ」
シルビアは調味料、メリッサは酒、ノエルは保存食を買い込んでいた。
あれだけの騒動があったにもかかわらずモンストンの地下倉庫は無事だった。資金を必要としているモンストンでは、そういった物資を売ることで当座の資金を稼いでいた。
金を払うことでモンストンに復興資金が流れる。
そう考えれば無駄な買い物などではない。
「それよりも本題に入ろう」
「余計な話を始めたのはマルス」
魔力を大きく消耗していたイリスは自由に街中を散策していた。
「おい」
「はい!」
尋ねるのは報告に駆け込んで来た冒険者。
彼も俺たちについて知っているようで、話し掛けられたことで緊張を隠せずにいる。
「何があった?」
「それがですね。俺たちはリオール渓谷の近くで魔物を狩っていたんです。そうしたら地響きが聞こえてきたんです」
音がするのはリオール渓谷がある方向。
今のリオール渓谷は許可された者以外の立ち入りを禁止していた。そんな場所へ近付くつもりはなかったが、何かしら緊急事態が発生しているなら確認をしなければならない。
渓谷の上から顔を覗かせた。異常があるなら、その程度で見つかるはずがないのだが、その時は簡単に見つかってしまった。
「谷の半分ぐらいの高さにまで膨れた巨人がゆっくりと歩いていたんです」
「その時は、まだ今の3分の1もなかったんですね」
徐々に巨大化していったことになる。
「そうです。これは緊急事態だって言うんで、パーティの中で一番足の速い俺が報告に走って来たんです」
彼が全速力で駆けてくれたから離れた場所で気付くことができた。
だが、ちょっと遅かったかもしれない。
「かなりの大きさになっているな」
今も膨張が続いている可能性がある。
ここから分かるのは、相手が超巨大だという事ぐらいだ。
「ねぇ、使い魔とか残さなかったの?」
「必要とないと思っていたから誰も残しておかなかった」
巨人の強さはそれほどでもない。
彼らがこちらの提案を受け入れない理由はないため、大人しくしているだろうと思ったからこそ放置することにした。
俺の使い魔は普通の魔法使いと違って自身の魔力ではなく、迷宮の魔力を消耗してしまうことになる。今は少しでも多くの魔力を必要としている為、節約できるところには節約をしておきたかった。
「発見が遅れたのはいいわ。で、どうするの?」
「倒すしかないだろ」
渓谷の中をゆっくりと歩く超大型巨人。
目の前には突如として出現した巨人から逃れようと馬車を走らせている商人と、護衛と思しき冒険者が数人いるのが見える。
超大型巨人が重たい腕を持ち上げる。しかし、自らの体が重たすぎるせいで腕が少し上げただけで止まってしまう。
動きから手が伸ばされようとしていることには気付いていた冒険者たち。
ところが、攻撃が来ないことを知って安堵していた。
「え……?」
安堵して前を向いて走り出そうとした直後、鎧を纏って重たそうな男が後ろから掴まれて動きを止めてしまう。
恐る恐る振り返った男が見たのは、肩から生えて伸びてきた腕だった。
そのまま飛び出していた肩まで冒険者を掴んだまま戻ってしまうと冒険者の姿が完全に消えてしまう。
「あの辺にはどれだけの冒険者がいる!?」
「いや、そんな事は知りませんよ。俺たちの仕事はモンストンに魔物が寄り付かないよう間引くこと。それにモンストンへ来る人たちの護衛です」
都市の外で活動している冒険者は大勢いる。
巨人の体に取り込まれる瞬間を見ていた人たちが反撃に出て弓矢や魔法での攻撃を行う。
何十発という攻撃が当たる。けれども、巨人の体を少し焦がした程度で歩みが止まるような事態にはならない。
「シルビア、お前は先に行って近くにいる奴らの避難を手伝え」
「はい」
「ノエルも一緒に行け」
「雷獣も喚んでいい?」
「好きにしろ」
シルビアが音もなく消え、雷獣の背に乗ったノエルが巨人の元まで駆ける。
「あいつはなんだろうな?」
異様な巨人を前にして蹲っているゼグドに尋ねる。
「何か隠していませんか?」
「知らない……本当に、あんなものは知らないんだっ!」
慌て方からして嘘を言っているようには思えない。
ゼグドは本当に何も知らない。いや、もしかしたら誰も知らないのかもしれない。
「あの巨人は全ての人にとって『想定外』といったところか」
「ただ、あの顔には見覚えがあります」
「顔?」
今までに見た巨人族と同様に膨れ上がった筋肉によって目や鼻は潰れているか、埋もれてしまっている。
俺たちの目では体の大きさや服の違いから判別するしかなかった。
ただし、超大型の巨人は膨張している途中で着ていた服が弾け飛んでしまったのか何も着ておらず、目が潰れて鼻が盛り上がった筋肉に埋もれてしまっている。髪も薄らとしかないため特徴らしい特徴が逆に見つけられない。
「あの子は、先ほどもお見せした最近生まれた子です」
「根拠は?」
「これでも5年もの間、巨人族になって他の奴らとも接していたんです。なんとなくですけど、見分けられるようになっています」
根拠はない。
それでも断言している。
「そうなると、今の状況は赤ん坊が暴れているだけみたいなものか」
「ちょっと退いて」
横に移動するとイリスが外壁の縁まで移動する。
少ししてイリスの身から練り上げられた魔力が解放される。
『イタッ―――――!』
超大型巨人の顔がイリスへと向けられ、真っ直ぐにモンストンへ向かい始める。
「どうやら敵の狙いは私みたい」
「……あまり考えたくない事態だけど、お前さえいなくなれば自分が置き去りにされることはない。そんな事を考えた結果だと思うか?」
「その可能性が高い」
難しい話は子供には分からなかった。
それでも自分が置いて行かれようとしていることは理解し、その原因がイリスにあることを悟った。
自分たちの子供でも似たような事があったためすぐに分かった。
「そうなると、逃げる訳にもいかないな」
どこまでも追って来そうな雰囲気がある。
そんな相手を放置してアリスターへ逃げる訳にはいかない。
「お前は距離を取りつつ巨人を誘導しろ。アレはこっちでどうにかする」
3歳ぐらいの幼児なのに身長150メートル!
ちなみに、まだ大きくなります。