第20話 変われる者たちの受け入れ
モンストンにある元領主邸。
今はグレンヴァルガ帝国から派遣された代官の邸宅として利用され、領地経営もここで行われている。
邸宅には毎日のように人が押し寄せており、今の代官の仕事は応接室で人と会うのがメインになっていた。
人好きのする柔和な笑顔を浮かべた眼鏡をした男性。
モンストンの現代官――ボリス・ダールディアが疲れた顔をして向かいのソファに座っていた。
これからさらに疲れた顔をさせてしまうことを思うと申し訳なくなる。
「……もう一度言ってくれますか?」
「グロリオ皇帝陛下よりリオール渓谷に現れた正体不明の魔物を調査するよう依頼されました。調査を開始したことが事後報告になってしまったのは申し訳ありませんが、進展があったためまずは報告を聞いてください」
「……いいでしょう」
代官と言えば現在のモンストンで最も権力のある人物。
彼にも予定はあったが、相手が皇帝陛下直々の依頼を受けた冒険者となれば全ての予定をキャンセルしてでも会わなければならない。
こちらとしても面倒な話は早々に済ませてしまいたい。
目撃された巨人の正体が巨人族である事、巨人族が誕生した経緯、そして元の体に戻せる手段を保有していることを伝えると今後の事を考えて頭を悩ませていた。
「全く事情の分からなかった問題に進展があったのは喜ばしいです。貴方たちの活躍は本当に素晴らしかった。だが、随分と厄介な問題を持ち込んでくれましたね」
そう言って俺の隣に座った男性へ目を向ける。
白い髪を角刈りにした30歳ぐらいの青年。
彼――ゼグドは巨人族の代表をしていた男性ゲルドの息子。当初は代表のゲルドに事情説明の為にモンストンまで同行してもらうつもりだったが、巨人族の話し合いは紛糾していた。そんな彼らを落ち着かせる者があの場には必要だったためゲルドには残ってもらった。
代わりに同行したのがゼグド。同行する為には人間に戻る必要がある。代表として苦労してきたゲルドの息子なら構わない……ということで他の巨人族から承諾を得て【回帰】で元の体に戻った。
結局、紛糾しているせいで3人目は決まっていない。
どちらにしろ全員を戻すには数週間の時間が必要になるのだから一人ぐらい遅れてしまっても問題ない。
「この5年間、巨人族として生きていた連中。そんな奴らを受け入れろ、と言うのですか?」
俺や眷属について知っている者は基本的に敬語だ。
今後の事を思えばモンストンの代官を任される者は相当な地位に在る。それでも俺たちを上に見ているのは功績のおかげだった。
実際に功績があるのは間違いないのだから訂正するのも違う気がして敬語のまま接している。
「あ、いえ。お世話になる訳にはいかないので多少の支援さえ受けさせていただければ村に戻って生活を――」
「事情は説明していないのですか?」
「しましたよ。ですが、既に『国が亡びた』なんていう話は簡単に信じられるはずがないでしょう」
「それもそうですね。私も祖国が既にない、など聞かされても信じられるはずがありません」
「あの、先ほどから何を……」
「私の口から伝えた方が信じられるでしょう」
復興途中のモンストンですら僻地にある村出身のゼグドには栄えているように見えてしまった。それに、しばらく人の営みから離れていたこともあって門から入って普通に都市の中を歩いて見たのに話しに聞いていた都市だと信じて疑っていなかった。
残念だが支援など受けられるはずがない。今もオネイロス平原では最低限の物資だけで生活している。たとえ同じだけの物資を渡すことになろうとも僻地にある村まで運ぶ余裕がない。
それに彼らが住んでいた村は5年前に暴走した魔物によって滅ぼされ、5年もの間放置されてしまったことによって使える状態ではなくなっているはずだ。それこそ何もない状態から村を作った方がマシなほどだ。
ゼグドたち元巨人族にできるのはグレンヴァルガ帝国の指示に従って復興事業に従事することだけ。
「帰る場所がないのか……それなら元の体に戻っても……」
「悲観するのは君たちの自由だ。だが、本当に辛かった日々を知らないからこそ、これからを悲観することができるんだ」
「俺たちが苦労していない、とでも言うのか!? ブクブクに膨れ上がった体に、思い通りにならないせいでみんなが苛立って……!」
「それでも数十人程度の規模だ」
圧倒的に足りない物資。
騒動を起こされないようグレンヴァルガ帝国に監視された生活。
文字通り、最低限の物資だけを与えられて生かされているだけの日々をオネイロス平原にいたガルディス帝国の人々は過ごすことになった。
厄介なのは、そんな生活をしている人々が数百万人レベルでいることだ。
ストレスに苛まれる生活を送る人間が『大人数』という言葉で片付かないほど集まったことで、最初は小さなトラブルからでも大きな事件へと発展することが何度もあった。
その度にグレンヴァルガ帝国の軍人が被害も顧みずに鎮圧した。
ようやく落ち着いてきたからこそ――ストレスの矛先をモンストンで復興作業に従事している人々へと向ける為にモンストンの復興に手を付けることができるようになった。
「君たちの境遇には同情しよう。だが、この5年間は君たちが大変だった訳ではない、ということを正確に理解してほしい」
「はい、すみません」
静かに謝る。
先ほどの言葉が情けなくなってしまった思いもあるが、それ以上に苦しんでいたのは自分たちだけでないと知って安堵していた。
「元ガルディス帝国の人間で、復興に協力してくれると言うのなら受け入れよう。ただし、今後は巨人族だった話をしないでもらおうか」
「まあ、俺たちにとっては忘れたい過去ではありますが……」
「むしろ逆だ。忘れられない奴らがいるから忘れろ」
リオール渓谷の調査に赴いた冒険者が巨人族に返り討ちに遇っている。
さらにモンストンの付近を移動していたところを巨人族に襲われてしまった商人までいる。
被害に逢った人たちは巨人族への恨みを忘れないはずだ。
「まさか、喰ったのか……?」
「俺は喰っていません。ですが、巨人だった頃は『肉』を前にするだけで魔物だとしても食欲が旺盛になるんです。本能に耐え切れなくて口にしてしまった者は何人かいます」
「冒険者は仕方ない。奴らは危険な場所へ赴いた結果、帰れなくなることも織り込み済みで仕事をしている。だが、商人を襲ってしまったのはマズかったな」
「それは、俺たちにはどうしようもありませんでした。好奇心旺盛に外へ出て行くガキ共を抑えることができませんでした」
巨人族へなってしまった者たちではリオール渓谷の外へ出ることができない。
だが、最初から巨人族として生まれて力が強化されている体の軽さと強い腕力を活かして軽々と渓谷の壁を登ってしまった。
初めて見る人間。子供たちは遊んでいるつもりで攻撃し、血に塗れて潰れた肉を見た瞬間に我慢できなくなってしまった。
「それは言い訳にならない。子供が間違ったことをしないよう見張るのは身近にいる大人の役割だ。それでも誰かに迷惑を掛けてしまったなら、子供に代わって責任を取ってあげるのが大人の役割だ」
「はい」
ボリスの方が若い。それでも人生経験はボリスの方が圧倒的に高いため、少し諭されただけで頷くことしかできなくなっていた。
「ご苦労さまでした」
「いえ、彼らの保護をこちらで決めてしまいましたがよろしかったですか?」
「それしかありません。冒険者ギルドに今回の件を報告するのでしょう?」
「はい。これでも冒険者ギルド所属ですからね」
依頼がどうなったのか報告しなければならない。
それに魔物だと思われていた巨人族がどういった存在なのか情報を共有する必要がある。
人間だと分かっていた。
さらに元の体に戻す方法まである。
そんな状態の巨人族を見捨てたとなればボリスの評判に傷がつくことになる。
「今は少しでも面倒事を避けたいですからね」
「もしも置き去りにした子供たちが問題を起こしたら、すぐに呼んでください」
子供たちを処分してしまうことだってできた。
それでも残す道を選んだのは俺たち自身だ。
その選択によって被害が出たのなら、解決するのも俺たちだ。事情は分かったのだから協力して子供たちが問題を起こさないようにする。
「あの、できれば見逃していただけると……」
「もちろん『子供のイタズラ』で済ませられるようなレベルの話なら見逃す。ただし、見逃せないレベルなら--」
「代官様!」
「……どうした?」
応接室へ騎士が駆け込んで来る。
話し合いの最中に慌てて駆けこんで来るなど緊急事態以外の何ものでもない。
「リ、リオール渓谷に巨人が現れましたっ!」
「その件なら進展があって……」
「今までの比じゃないんです!!」
「……どうやら油断し過ぎたみたいです」
窓を開け放つ。
ちょうど西側を向いた応接室だったらしく方角は合っている。
「どこでもいいので私の体に触れてください」
応接室へ入って来た騎士も含めて掴まるように言う。
全員が掴まったのを確認してから【跳躍】でモンストンの外壁の上まで移動する。
「今のは……」
「私のスキルで離れた場所まで一瞬で移動しただけです」
目の前の光景が一瞬で変わったことに戸惑ってあちこちに顔を向けている。
「それよりも西――リオール渓谷のある方向を見てください」
「なっ……!?」
「そんな!?」
地面から巨大な人の胸から上が飛び出していた。
「リオール渓谷の高さは約100メートル。ここからは胸から上の約50メートルが見えています」
地面から飛び出している訳ではない。
見えない胸から下が渓谷にあるだけで、足は地面についている。
「全長約150メートルの超巨人ですか」
この展開は面倒事を早々に処理できる展開で、胸糞悪くなる展開だった。
巨人戦なので、ボスは『超大型』になりました。