第19話 変われない者たちの置き去り
【回帰】はあくまでも『元の状態に戻す』スキル。
決して巨人族を普通の人間に『変化させる』スキルではない。
既に獣人へ試みたことがあるが、その時は人間への変化など起こらなかった。
何世代も経て、『獣人』として生まれてきた彼らに『人間』だった頃の状態など存在しない。
故に回帰させることもできない。
同じことが巨人族にも言える。
「貴方たちが巨人族になったのは5年前。なら、5歳未満の子たちは何?」
比較的小さな巨人族が奥に隠される。
彼らがどういった存在なのか深く考えるまでもない。
「巨人族になってから生まれた子供」
「……そうだ」
否定したところで意味がないことを悟った代表が肯定した。
「最初の二人は巨人になった時に身籠っていた二人の女性から生まれた子供だ。こんな姿になっても子を得て繋いでいくことができる。絶望ばかりだった人生において希望になってくれた事実だった」
だが、それは希望などではなかった。
「生まれてきた子供は明らかに普通の人間とは違っていた。それでも生まれてきてくれた喜びには敵わなかった」
精一杯努力して育てた。
ただし、最初から巨人族として生まれてきた子供は身体の成長が異常に速く、進化にも似た異なる成長を遂げた。
「それは巨人族にとっては普通の事なのかもしれない」
「そう、なのでしょうな」
普通の人間に戻れる巨人族。
あるべき姿形が巨人である巨人族。
血の繋がりがあり、家族として慈しんでいたとしても根本的な部分に決定的な違いがあった。
「その子たちの姿ばかりは私にはどうしようもできない」
「そんな……!」
できる事には限界がある。
どうにかしてほしく代表が手を伸ばす。しかし、イリスの暗く沈んだ表情を見てどうしようもないことを悟った。
本当は彼女もどうにかしてあげたい。
けれども、スキルをどれだけ駆使したところでどうしようもない。
「……なに?」
だが、縋らざるを得なかった人物は他にいた。
イリスの左側で巨体であるにもかかわらず土下座をしている巨人族がいる。
上半身も隠すような服を着ていることから女性だと思われる。
「あの子は数カ月前に子供を産んだ者です。ですが、日に日に自分の知る人間とは異なる成長をする我が子に恐怖を抱いておりました」
そんな時にイリスの【回帰】を目にしてしまったものだから期待せずにはいられなかった。
だが、そんな淡い期待は脆くも砕かれてしまった。
「貴女、母親?」
巨人族が頷く。
「自分の子供をどうにかしてあげたい? 悪いけど、私にはどうすることもできない。私にできるのは巨人族へ変わってしまった人たちを元に戻すことだけ。巨人族として生まれた子たちを変える力はないの」
土下座した巨人族が地面に額を打ち付ける。
彼女にはこうしてお願いするぐらいしかできない。
「貴女自身は恐れるばかりで何かをしてあげたの? 最初に産んだ人たちは、巨人族になる前から身籠っていたんだろうから産んであげたい気持ちは凄く分かる。けど、貴女は生まれてくる子供が普通でないことを知った上で産んだ。違う?」
母親巨人は何も答えない。
代わりに代表の方を向くと答えてくれた。
「巨人族として生まれてきた子供は既に8人おります」
少なくとも6人については普通でない、ということが分かった上で産んでいる。
生まれてきた子供に責任はない、それに知らなかったのなら事情を慮る理由がある。
だが、知っていた上で産んだ者たちには責任がある。
「貴女には『普通でない』としても『普通でない』事実を受け止めて育て上げる義務がある――『普通じゃない』ぐらいなんだっていうの!?」
「……おい」
最後の方は叫ぶように口から吐き出される。
思わず止めようとするが、隣にいたシルビアから肩に手を置かれて逆に止められた。
「あの子なりに毎日子供の事を思って一生懸命なんです。とくにウチは人数が多いですから、それぞれに個性があって育て方はそれぞれに違いますし、正解も存在していません。だから、凄く悩んでいるんです」
それこそ『普通』なんて定義は存在しない。
幼い頃の接し方一つで、子供の将来は凄まじく変動する。
だから、子供が最も信頼する存在である親は責任を持たなければならない。
「子供なんて全員が『違う』っていう意味じゃ普通じゃないんだ。ちょっと人よりも大きいぐらいで文句を言わず責任を持って育てろ」
剣を突き付けて脅す。
イリスには、誰かに縋るだけで自分に与えられた選択肢の中で行動を起こさなかった母親の行動が無責任に見えた。
「そんな簡単な事からも逃げ出すようなら、私は他の奴を元に戻すことからも下りる」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ようやく得られた元の姿に戻るチャンス。
けれども、戻る為にはイリスの協力は絶対に不可欠。
逃すまいと代表が慌てている。
「私が1日に戻すことができるのは3人まで。今日は残り2人。誰から元に戻してもらうのか順番を決めること」
後回しになったとしても巨人族になってしまった者は確実に戻ることができる。
問題は、巨人族として生まれた者たち。
「代表」
「はい」
「これからモンストンの偉い人に許可を取って子供たちがリオール渓谷で生活してもいいようにしてもらう」
「……あの子たちは置いていくのですか?」
「あんな巨体で普通の生活を送ることができると思っているの?」
絶対に無理だ。
まず体が大きすぎて建物の中に入ることすら叶わない。
今度も生きていくとしたら、この洞窟ぐらいしかないだろう。
「育児放棄をしたからと言って事情を説明すれば納得できるはず。問題は、親である彼女たち自身が納得できるかどうか」
いくつかの選択肢は与えた。
ただし、与えられた選択肢はどれを選んでも何かしら酷な現実が待ち構えている。
「……何か他に選択肢はなかったのでしょうか?」
「あれば私だってあげているし、私もほしかった」
一番悔んでいるのはイリス自身だ。
「あの人たちには辛い選択になるだろうけど、自分たちの意思で決めないといけない」
子供たちはどうしても置いて行かなければならない。
「ここでひっそりと暮らすようなら文句は言われないだろうけど、人を襲うような真似をすれば魔物として見做されて討伐されることになる。実際、私たちはそういう目的で来ている」
「それは……巨人になったワシらは自力で渓谷の外へ出ることはできないが、あの子たちは平然と崖を登って外へ出て行ってしまうんだ。絶対にない、などとは言えない」
「そうなる可能性だけは覚えていて。そこまで責任を持つことはできない」
「……いいだろう」
代表が巨人族のいる方へ向かう。
反対にイリスは離れて行った。先ほど怒鳴ってしまった手前、彼らの傍にはいられなかった。
「はぁ」
「おつかれ」
「別に疲れていない。ただ、短慮に怒ったのを後悔していただけ」
コーヒーを手渡して労う。
「子供を育てるのが凄く大変だっていうのは知っていた。それに、自分の子供じゃなくてもシエラたちで体験したから知っていた。けど、聞いて知っただけで私自身は全然悩んでいなかった」
ヴィルマが生まれたことで面倒を見ていればいい、という訳にはいかなくなった。
本当の意味で子育てをすることになって四苦八苦していた。
「大変だって知っていたなら拒否することだってできたんだぞ」
「いやいや、けっこうなプレッシャーだったから」
イリスだけ産んでいない状況にシルビアたちからプレッシャーが掛けられていた。
イリスが自分の子供を得るまでは他の者も新たに生むつもりはない。結局は根負けした形になった。
「ま、後悔はしていないから安心して。幸いにしてヴィルマを育てるのは大変だけど、それ以上に可愛くて成長してくれるのが嬉しいから後悔なんて絶対にしない」
多少『普通』と違ったとしても責任は持つ。
さて、彼女たちの選択は……