第16話 巨人族誕生秘話-前-
リオール渓谷を奥へ進んだ先にある洞窟。
高さは10メートル以上あり、巨人族でも生活できるほどに広い。実際、リオール渓谷にいる巨人族は洞窟を拠点に生活をしていた。普段は洞窟内でほとんどの時間を寝て過ごし、空腹時には外へ出て食糧を調達する日々。
それが巨人族の生活だった。
「当初の予定だとこっそり入るつもりだったけど……」
「もう無理ですね」
隠密状態になって悟られることなく侵入したシルビアが苦笑する。
洞窟へ辿り着くまでに派手な攻撃をし過ぎた。巨人族間は何らかの方法で情報のやり取りができるらしく、俺たちの来訪に気付いて二人の巨人族が門番のように洞窟の前で立っていた。
しかし、洞窟へ近付いても門番が襲い掛かって来ることはない。
彼らも本能で敵わないことを分かっている。
「安心しろ。こっちは調査に来ただけだ」
洞窟の左右に立った巨人族がお互いに顔を見合わせる。
意思の疎通はできる。けれども、巨人族に言葉を発することができないのでは言葉を交わすことができない。
「――入って下され」
「……!?」
門番の返答を待っていると洞窟の奥から意外な返事が返って来た。
いや、この場合は言葉で返事があることそのものがおかしい。
最初から予想されていたことなのか、それとも本当はすぐに通すよう指示を受けていたのか知らないが、門番たちがスペースを空けて洞窟へ入るよう促す。
「行こう」
洞窟内は水色に輝く岩壁に囲まれており、反射した水たまりの揺らめきが幻想的な空間になっていた。
「冒険者ギルドで聞きましたが、この洞窟は魔力が豊富で貴重な薬草が自生し易い環境にあったようです」
ただし、そういう場所ほど魔物が住み着きやすい。
状況次第では非常に危険であるため冒険者ぐらいしか近付かないが、こんな場所まで高ランクの冒険者が採取に来ることは滅多にない。
それが5年前の状況。
「巨人族は魔物じゃなかったはずなんだけどな」
「ワシらは別の目的でここを寝床にしているだけじゃよ」
洞窟を少し奥へ進んだ場所は広い空間になっている。
シルビアが尾行した時には、この広場が巨人族の寝床になっていて、ほとんどの巨人族が横になって眠っていた。
しかし、今は全員が起き上がって俺たちに注目している。
広場の中心。大きな岩が置かれており、腰掛けた一人の巨人族がいた。
「はじめまして、冒険者のマルスです。リーダーということで俺が代表して話をさせてもらいます」
「ワシは、この集落の代表者をしているジャニィという者じゃ」
白髪に真っ白な髭を生やした巨人族。声もどことなく老人を思わせる雰囲気であるため、代表者というのも納得できる。
「あなたは言葉を話すことができるんですね」
「年の功というやつですかな。喋れるようになるまで、かなりの月日が必要になりましたが、今となってはこの体でも喋ることができるようになりました」
巨人族は声帯がない訳ではない。ただ、人間だった頃とは筋肉へ変形してしまっているため同じように喋ることができなくなっている。
人間、無意識に染み付いてしまった感覚は簡単に抜けないものだ。
そう考えると不完全ながらも喋ることができていた巨人族が異質に思えた。
「俺たちはここにいる巨人族と思われるみなさんを調査する為に派遣された冒険者です」
「……いつかはこのような日が来ると思っていました」
首を少しだけ下へ向ける。
巨人族の体では項垂れるのも難しい。
「外にいる者が生きているのはなぜですか。この洞窟にいても震動は伝わってきました。みなさんが無傷なところを見ると、このような巨人を相手にしても余裕があったのでしょう?」
「ええ、倒してしまっていいのなら余裕でした」
傷付けはしても完全に倒していない者がいるのは、巨人族になった原因を排除することによって元の姿に戻すことができるかもしれないから。
「何があったのか教えてもらえますか?」
「……ワシらにも詳しいことは分かりません。ワシらは元々この近くの村に住んでいた者でした。ですが、今から5年前に突如として村は襲われました」
5年前。
魔物による襲撃。
「魔物たちは村を派手に壊すばかりで追い出すだけでした。ですが、そんな事は後から思い出して気付いただけに過ぎません」
襲われた時は、とにかく無我夢中で逃げ出した。
逃亡先に選んだのはモンストン。必死にモンストンのある方向へ走っていると前方からも魔物が迫って来ていた。実際には他に逃げている人たちを追っているだけらしかったが、魔物から逃げている人々は魔物を見ただけで恐慌状態に陥ってしまった。
そうして新たな逃亡先に選んだのがリオール渓谷。
この洞窟へ逃げ込んで耐えていようと考えたが、数日した頃に魔物の襲撃によって全員が例外なく殺されてしまった。
「――ここまでが人間だった頃の記憶です」
「あなたたちは人間ですよ」
「たしかに人間なのかもしれません。ですが、このような姿になってしまっては自分たちが人間だと思うことができないのです」
次に目を覚ましたのは全身を襲う激痛の中だった。
痛みを感じるということは生きている、という証拠。だが、意識が覚醒しただけで激痛によって目を開けて自分の状態を確認するのも難しい状態。
死んだ時の記憶もある状況で痛みを感じる原因も分からない。
不安に苛まれながら数日の時を過ごした。
「あの激痛は体が巨体化することによるものだったのでしょう」
激しすぎる成長痛のようなものなのかもしれない。
「気付いた時にはこのような姿をしていましたよ」
重たい体を引き摺って外へ出ると自分の体を水面に映った姿で確認した。
誰もが自分の姿に絶望して泣き叫ぶ状況だった。ただし、人間から変わってしまった体では獣のように叫ぶことしかできない。
「中には絶望して死を選ぼうとする者もいました。ですが、この体であることによって自ら死ぬことはできませんでした」
筋肉の多い体では生半可な力では死を選ぶことはできない。
餓死を選択しても変質してしまった時の影響なのか魔力を補給することで最低限の生命維持が可能になってしまった。それにエネルギーが足りなくなると自動で眠るようになり、消耗を最低限に抑えるようになる。
自分たちで死を選ぶことの許されない体。
「もしも請うことができるのなら、ワシらの首を斬っていただけないでしょうか」
それが生きていることに絶望した彼らが選ぶ最後の選択肢だった。
「……ちょっと待ってくださいね」
話を聞いて普通の人間が巨人族になった経緯は分かった。
原因は、迷宮の魔物が大規模な暴走を引き起こしたことによってガルディス帝国内の魔力が暴走し、彼らが影響を受けてしまったこと。死に瀕していた彼らは生きることを強く望んだからこそ影響を受けてしまった。
似たような事例を知っている。
「ねぇ、これって……」
当事者に近しい立場にいるノエルが真っ先に気付いた。
ただ、それを彼女の口から言わせるのは酷だ。
「みなさんは獣人がどのようにして誕生したのか知っていますか?」
魔力異常によって肉体が変質してしまった巨人族。
全ては、あの騒動に原因が帰結するのが第39章以降の話です。