第15話 巨人進行阻止
巨人族をどう扱うべきなのか指針が定まっていない。
だから、可能な限り戦闘は避けるつもりでいた。
「どうやら完全に敵対してしまったみたいだな」
こちらへ向かって来る巨人族は例外なく敵意を剥き出しにしている。中には食欲も剥き出しにしているが、敵対するつもりでいるのはどちらにしろ変わらない。
こうなっては仕方ない。
「メリッサ、多少傷付けてしまうのは構わない――無力化できるか?」
「ご心配なく。先ほどの個体が特殊なだけで他の巨人族の性能はさほど変化がないことが分かりました」
腰を落として杖を脇に構えるメリッサ。
杖の先に大きな円形の魔法陣が出現し、大きな円形の中に小さな円形の魔法陣が浮かび上がる。
迫る巨人族を捉えるように出現した大きな円形の魔法陣。
「さすがにこれだけ規模の大きな魔法は久し振りなので巻き込まないよう調整する自信はありません」
「大丈夫だ。さすがに仲間の魔法に撃たれることはない」
「では――【雷霆狙撃】」
小さな円が巨人族を捉え、一斉に電撃の矢が飛ぶ。
正確に、そして一瞬で巨人族へ到達すると足に拳サイズの穴を開ける。
巨人族の巨体にとって拳サイズの穴など気にするほどの大きさではない。けれども、走っている最中に穴を開けられれば体勢を崩して倒れてしまう。
メリッサが狙ったのは最前列を走っていた10人の巨人族。
先頭を走っていた10人が倒れたことで、後ろを走っていた20人ばかりも巻き込まれて倒れ込んでしまう。
最初に倒れた10人が上へ他の巨人族が倒れ込んで来たことで苦しそうな声を上げている。
「お前たちは右をやれ」
アイラとイリスに指示を飛ばす。
「俺が左をやる」
「分かった」
「気を付けて」
アイラとイリスが断崖を走って駆け上がっていく。
向かう先には驚異的な魔法を見せつけたことで警戒心を抱いた断崖を手で掴んで移動する巨人族がいる。
メリッサまでは距離がある。
それでも接近するアイラとイリスを避けることを選択した巨人族が手で跳躍する。
「イリス!」
走りながらアイラが名前を呼ぶ。
アイラの意図を汲み取ったイリスが自分の足を冷気で断崖に固定させて垂直に立つと、断崖へ剣を突き刺して頑丈な氷柱を発生させる。
断崖から飛び出してきた氷柱。それは、ちょうど走りながら宙返りをしたアイラの足場となる。
「あたしを無視するとはいい度胸ね!」
氷柱を足場にしたアイラが跳び、巨人族の後ろから斬り掛かる。
頭部を狙って振り下ろされた剣。しかし、グルンと体を回転させて前後を入れ替えた巨人族が腕を盾のようにして防がれる。
アイラの剣は腕の半分ほどを斬って血を流させるに終わる。
「あたしとこいつって相性悪いのよね」
空中で斬った巨人族の腕を蹴ると谷底へ叩き落とす。
巨体が叩き落とされたことで粉塵が舞う。
「攻撃するならきちんと仕留めて」
「そんなこと言ったって……」
同じように谷族へゆっくりと着地したアイラの隣にイリスも下りる。
「あたしの【明鏡止水】ならどんな物でも斬れるわよ。でも、それには相手が剣で切断できる大きさである必要があるのよ」
指や首なら剣よりも細い。胴体でもギリギリ届くといった太さだが、スキルを発動させるには十分だ。
しかし、肥大化した腕は剣の長さを上回る太さがあるため、どうしてもスキルを使用しても両断することができない。
「なら、狙いは一つしかないか」
「お互い両断できる力は持っているものね」
首の切断へ狙いを定めると起き上がった巨人族を睨み付ける。
巨人族が負傷した腕を見つめ、転倒した巨人族たちの方へ顔を向ける。驚異的な再生能力を持っているが、再生させる為には補給する必要があるようだ。
だが、転倒したままの巨人族へ近付くメリッサの後姿を見て戸惑う。
メリッサの隣にはシルビアとノエルがいる。二人はメリッサが襲われた場合に備えた護衛だ。
「【要塞城壁】」
魔法によって谷底から地上まで到達する壁が出来上がる。
「貴方たち二人は、異様に発達した腕を使って断崖を登ることができるみたいですけど、果たして彼らに同じことができますか?」
残念ながら普通の巨人族では断崖を登ることはできない。
壁から出ようとして何度も叩き付ける音が聞こえる。
「巨人族のスペックは理解しました。彼らにこの壁を破壊するのは不可能です」
これで再生に必要な補給を絶った。
「さて、ここからは付き合ってもらいましょうか」
剣を手にしたアイラとイリスが巨人族へと迫る。
「ガァ!」
そんな光景を【迷宮同調】で感覚を共有して視させてもらっていた。
視ている間も巨人族の攻撃はある。それでも、肥大化した腕を用いた打撃を叩いて逸らすと回避に徹する。
「知能はある。自分のスキルと長所を活かして戦うことができている。けど、圧倒的に経験が足りていない」
攻撃は単調で一直線。
何度も受けていれば見抜くことができる。
「あいつと同じで俺もお前を斬るのは難しいんだよな」
太い腕で防御すれば両断することができない。
狙うとするなら細くなっている手首や肘なのだが、巨人族の方も当然ながら弱点を理解していて警戒している。
「だから――正面から撃ち抜く」
振り落とされた左右の拳を掻い潜って背後へと回り込むと左拳を背中の上の方へ叩き込む。
「ガァッ!?」
破裂したような音が聞こえ、苦痛に満ちた声を上げている。
「人間と同じ構造をしている。なら、弱点だって同じはずだ」
狙ったのは心臓。
拳に纏っていた魔力が【魔導衝波】によって体内へ叩き込まれたことによって左胸にある心臓が破裂した。
分厚い筋肉の鎧を抜けて破裂させる為に多くの魔力を消費したが一撃で仕留めることができた。
もっとも、一撃で倒してしまうのが欠点と言えた。
命を確実に絶ってしまう必殺技が故に使いどころが難しい。
「あっちはどうなったかな?」
顔を上げてアイラたちの方を見れば、ちょうど全身を斬り裂かれた巨人族が倒れる瞬間だった。
巨体に見合うだけの血液を持っている巨人族でも何十回と斬られれば立っていられなくなる。
「そっちも終わったみたいだな」
「うん」
「マルスの方は一撃で終わらせた上、楽しむ余裕があるじゃない」
「遊んでいたんじゃなくて観察していたんだよ」
巨人族の戦い方を知っておくのは、これからを思えば必要な事だ。
「ただ、嫌な報せが一つある」
「なに?」
メリッサたち3人もこちらへと寄って来る。
あまり気持ちのいい話ではないが、全員が共有しておいた方がいい情報だ。
「さっき破裂させた時に気付いたんだけど、あいつの心臓かなり小さかったぞ」
「あれ、小さいんじゃなかったの?」
ノエルが俺の言葉に首を傾げる。
骨と筋肉が肥大しているばかりで肝心な内臓は人間の物と変わらない大きさをしている。それは、解析した段階で分かっていた。
だけど、俺が言いたいのはそういうことじゃない。
「あそこで倒れている奴の心臓は子供――それこそヴィルマと同じくらいの大きさしかないぞ」
子供並みの大きさしか持っていない。
それは、特殊な巨人族が生まれてから4、5年しか経過していないことを意味している。
本当の意味で子供だったっていうのがポイントになります。