第14話 ハラペコ巨人族
俺だけに狙いを定めて襲い掛かって来る、と言うのなら分かり易い。
壁の方から迫って来る巨人族へ顔を向けたまま後ろへと飛べば足場がなくなって谷底へと落ちていく。
「マルス!?」
下から心配するアイラの声が聞こえてくる。
しかし、この程度の高さは迷宮にある高山フィールドで訓練しているためどうということはない。
「ギィッ!?」
巨人族の方は長い手を活かして薙ぎ払うように振るった手が空ぶったことに戸惑いながらも、手で地面を叩いて前へ跳ぶ。
地面に着地することなく巨人族も追ってきた。
「予想通りだ」
下へ落ちながら長い手が伸ばされる。
ただし、ただ伸ばしただけの腕。俺の胴体ほどもある腕を叩いて逸らすと、腕に体で絡み付いて引き寄せる。
空中という不安定な場所で、巨人の方は想定していなかった為にガクッと自然落下する以上の速さで下へ落ちる。
上下の位置が一瞬で入れ替わる。
「落ちろ」
入れ替わった直後、巨人族が地面に叩き付けられる。
絡み付いていた体から力が抜けるのを確認してから離れる。
「大丈夫?」
心配したアイラが駆け寄って来る。
「この程度は平気だ。それよりも……」
巨人族がゆっくりと立ち上がる。
「背中から叩き付けてやったのに何事もなかったように立ち上がるのか」
「もしかして、その辺に転がっている巨人族よりも強い?」
アイラの疑問に答えた訳ではないが、巨人族の2本の腕が俺へ伸ばされる。
「この状況で一人を狙い続けられるなんてある意味凄いかも」
両手の中指を掴んで受け止めると足に力を込める。
傷付けることができなかったどころか、受け止められてしまったことに驚愕した巨人族が押し込もうと力を込める。
巨体から発せられる力。
一般人なら潰されてしまいそうな腕力。それでも俺なら力を込めて踏み止まれば耐え切ることができる。
「ギギャァァァ!」
次いで響くのは巨人族の悲鳴。
アイラの剣によって左腕を斬られ、苦痛から左腕を引く。俺も掴んでいる手から力を抜いたことで巨人族の元へと戻っていく。
だが、考えもなしに戻せば無事な右腕が無防備になる。
左手で掴んでいる巨人族の右手の中指を引き寄せると剣を抜いて振り上げる。
巨人族の大きな右腕が手首から切断されて、右手が宙を舞う。
「そういうことなら!」
引き戻される巨人族の左腕へ向かってアイラが駆ける。
腕よりも速く駆けた甲斐あって巨人族の左手も宙を舞うことになる。
「ギィィィィ!」
獣に似た悲鳴を上げた巨人族が両手を失ったことで後ろへ倒れる。
「こんなにやっちゃっていいの?」
切断された腕から大量の血が流れている。
体の大きさに比例して体内に保有している血の量が普通の人間よりも多いことは昨日の解析で分かっている。
目の前にいる特殊な巨人族がどれだけの血を流せば死ぬのか分からない。
それでも、血を流し続ければいつかは死んでしまう。
「気にするな。飢えてここまで襲って来るような奴は危険過ぎる」
「なら、いいけど……」
アイラが同情の籠った目を悶える巨人族へ向ける。
人間と変わらないと分かっているだけに苦痛に悶えている姿は見ていられない。
「イタイ……! イタイ……! イタイ……! イタイ……! イタイッ……!」
泣き叫ぶ巨人族。
だが、その慟哭がピタッと止まる。
「ハラ、ヘッた……」
虚ろな目をしたまま隣で倒れている巨人族へと向ける。
「アッた」
口角の端が上がって笑みを浮かべると肩へ齧りつく。
「……!?」
立ち上がれない巨人族が声にならない悲鳴を上げている。
「ウルサい」
煩さに耐えかねた巨人族が右手で齧りついている巨人族の口を塞ぐ。
「え、さっきマルスが斬り落としたのに……?」
「右手だけじゃない」
見ればアイラが斬り落とした左手も元に戻っていた。
周囲を見れば斬り飛ばされた手が両方とも地面に落ちているのが確認できる。斬り落とされた手をいつの間にか付け直した訳ではないようだ。
ただし、それはそれで問題がある。
「うっぷっ……」
巨体の半分ほどを喰らい尽くしたことで満足したのか負傷を完全に癒した巨人族が立ち上がる。
「ウマかった……!」
「これでも魔物じゃないんだよな」
肉を喰らうことで自らの肉体を再生させることができる。
「なんか、さっきよりも大きくなってない?」
おまけに巨大化すらも可能にする。
これだけの能力を備えていながら魔石の反応は感じられない。
「ケド、オマエたちノほうガうまソウだ」
腕が伸ばされる。
速い……!?
先ほどよりも格段に向上している速度に驚きながらも剣を振り下ろす。
「オッと……!」
剣を振り下ろした瞬間、凄まじい速さで横へと逸れていく。
隣を見ればアイラも同じように振り下ろした剣を空ぶっていた。
「モウ、それはヤダ!」
腕が鞭のように回り、砲弾のように押し出される。
「ヒヒッ、潰れろ」
「ねぇ、マルス……」
「……仕方ないな」
無力化は完全に諦めた方がいい。
腕を斬り落としても喰らうことで肉体を再生させることができる。他の巨人族が未だに仲間を喰らってまで負傷を癒していないことから、目の前にいる巨人族限定の特殊なスキルなのだろう。
そんなスキルを持っていては部分的に切除することで動きを止めるのは意味がない。
「ま、俺たち以上に怒っている奴がどうにかするさ」
「ヘ……?」
巨人族が急に視界が高くなったことに戸惑った声を上げる。
「私の事を忘れすぎ」
聖剣を手にしたイリスが、もう片方の手で大きな頭部を掴んで持ち上げる。
攻撃をずっとしている間もイリスは後ろから巨人族の挙動を観察しており、再生する瞬間も見ていた。
「こうやって頭部だけを切り離してしまうのが一番手っ取り早い」
さすがに頭部だけの状態では移動することができない。
それに首から下全部を再生させるのにどれだけの肉を得ればいいのか分からない。
「ヒヒッ、ムダ……」
「まさか、こんな状態でも生きているなんて……」
頭部だけの状態になっても意識があった。
さすがに切り離されてしまっては動くことができないのか首から下は動きを停止していた。
「さすがに頭を割ってあげれば死ぬでしょ」
イリスの持つ聖剣が蒼く輝く。
先ほども刀身に魔力を流して鋭利にすることで首の切断を可能にしていた。
今度は上から振り下ろして頭を真っ二つにするつもりでいる。
「待て」
「なに?」
「そんな状態にしたんだから簡単に殺してしまうのは勿体ない」
「じゃあ、どうするの?」
「こうするんだよ」
イリスから頭部を借り受けると、頭部を持つ手に魔力を流して魔法を発動させる。
手から放たれた冷気が一瞬の内に頭部を覆い尽くして氷漬けにしてしまう。
「この状態でも生きているか」
氷の内側には寒さから歯をカタカタ震わせている巨人の頭部がある。
適当に放り投げると階段傍へ転がす。
「事が片付いてどうにかできるようなら回収しておこう」
氷漬けにしたままなら誰にも再生させることができない。
「安心しているところ申し訳ありませんが、ゆっくりしていられる時間はないようです」
上からメリッサの声が聞こえてくる。
ただし、彼女は下にいる俺たちの方ではなく渓谷の奥へ視線を向けていた。
「……さすがにこれだけ騒げば気付かれるか」
川辺を駆ける巨人の集団。
さらには先ほど無力化したばかりの手が長い巨人族と同じ姿をした巨人族が断崖から出た岩を器用に手で掴んで移動している。
リオール渓谷の形状
幅100メートルの川の左右に100メートルの道がある。
マルスたちが下りたのは右側の道です。