第13話 渓谷の底へ
昨日と同じオネイロスから近い場所にあるリオール渓谷の入口へと全員で赴く。
「目的地はあそこです」
シルビアが渓谷の奥を指差す。
だが、ずっと谷底に川が流れている光景が続くばかりで目的地の場所が分からない。
「これなら分かるはずです」
「ああ、これなら分かるな」
視界の隅に表示される地図。
リオール渓谷でシルビアの通った場所の地図が描かれており、目的地が緑色の点で表示されていた。
「ここに数十体の巨人族がいます」
「けっこう距離があるな」
「仕方ありません。目的地周辺には入口の階段がなく、見つからずに近付くにはここから下りるのが一番なんです」
巨人族について詳しい情報が得られるまでは接触をなるべく避ける方向で進めたい。
俺たちなら崖を飛び下りることも可能だが、階段をゆっくりと利用した方が安全に下りることができる。
昨日は飛び下りたアイラやイリスも一緒に階段を使っている。
「うわっ、本当に大丈夫なの?」
崖に立ったノエルが下を見て呟いた。
ただ、近付きすぎたせいでパラパラと破片が谷底へ落ちている。
「わ、わたしが重い訳じゃないからね!?」
「それぐらい分かっているさ」
ノエルの重さよりも気にしないといけないのは谷底の様子。
昨日はたった3人しかいなかった巨人族が見える範囲だけでも5人おり、キョロキョロと頭を動かして何かを探している……と言うよりも警戒しているような動きをしていた。
「昨日、逃げた巨人族がわたしたちの存在を報告していました。命令を受けた巨人族が警戒しているのでしょう」
「その割には上を警戒していないな」
「していないのではなく『できない』です」
シルビアが巨人族の首を見るように言う。
言われて見てみても筋肉の膨らんだ首しか見えない。
「あの状態がいけないんです」
筋肉が膨張し過ぎたせいで首の可動域が狭まっている。
おかげで人間以上に上と斜め後ろに死角ができてしまっている。
「だからと言って油断しないでください。代わりに感覚器官が発達しています」
尾行しながらシルビア自身は全く音を出していなかったが、石を異なる場所へ投げるなどして音を出して巨人族の反応を確かめていたらしい。
見えていない場所でも、音を拾うことはできるらしく後ろを進むなら注意が必要になる。
「この辺が死角になっているって言うなら奇襲した方がいいかな?」
谷底にいる巨人族の頭上に立って様子を伺う。
20メートルほどの高さなら一瞬で辿り着くことができ、階段から離れた場所にいる巨人族にも奇襲を仕掛けることができる。
「でも、相手は人間だけどいいの?」
「……できれば傷付けない方向でいきたい。けど、自分たちの身の安全を優先させるなら多少の犠牲は仕方ないだろ」
「うん」
アイラとイリスが剣を抜く。
バラバラな位置にいる巨人族。感覚が鋭くなっていると言うのなら、魔法を使用するのも危険だ。今は必要以上の接触を避けたい。
二人が崖から飛び下りる。
剣が下にいる巨人族へ向けられており、あっという間に辿り着く……
「伏せてください!」
叫び声と共にシルビアが俺の体を押し倒す。
直後、頭上を何かが通り過ぎていく。
「なん……」
顔を上げると、近くにあった断崖が何かに抉られたようになくなっており、砂煙が舞っているのが見える。
「油断していたのはわたしみたい……」
「わたしだって何も気付けなかったよ」
直前まで察知できなかったことを後悔しているシルビアだったが、ノエルは全く察知できなかったことを悔やんでいた。
それだけ遠くから一瞬の内に奇襲された。
「あれは敵ですね」
「それも知能のある巨人族」
階段を下りた先にいたのは体長3メートル超の巨人族。
昨日遭遇した母親巨人よりもかなり小さい。
だが、母親巨人がサイズの大きい人間だったのに対して奇襲を仕掛けてきた巨人は手が異様に伸びている。普通は腰ぐらいまで届く手が、自身の膝を越えた位置まで届いている。そんな体型で膝を曲げて立っているため手が地面についている。
その姿からは、まるで猿のようなイメージが抱ける。
「奴はどこから現れた?」
「地上からです。どうやらずっと機会を窺っていたらしく、攻撃を仕掛ける為に跳んできた瞬間に気付けることができました」
猿のように遠距離から跳んで来た。
シルビアの警戒範囲を超える場所からの奇襲が可能な巨人族。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「こっちは気にするな」
谷底からアイラの声が聞こえてくる。
ちょうど最後の巨人族を斬ったところで見上げていた。
斬った、と言っても足の腱を斬ってしばらく動けないようにしただけだ。
「さて、あいつはどういうつもりだと思う?」
「……あまり考えたくはないけど『餌』だと思っているかな?」
跳んで来た巨人族は人間に近い姿をしてものの、目の前で晒している姿は決して人間らしくない。
毛のない禿げ上がった頭、目は虚ろで発せられている感情から俺たちを捉えているのは間違いないのだが何を見ているのか分からない。何よりもノエルが『餌』なんていう評価したのは、だらしなく開いた口から涎が大量に流れ出ている姿を見たからだ。
空腹な動物の晒す姿に近い。
「ハラ、ヘッタ」
「……!?」
巨人族の口から声が発せられる。
昨日遭遇した3体の巨人族も下にいる巨人族も雄叫びは上げていたが、言葉を発することはなかった。
「洞窟でも似たようなものでした」
逃げた巨人族が俺たちについて報告していたらしいが、その時も身振り手振りで時間を掛けて報告をしており言葉を発することがなかったらしい。
「そうなると、こいつが特別なのかもしれないな」
跳ねて巨人族が襲い掛かって来る。
狙いは俺だ。結界を正面に展開して受け止める。
「くっ……」
不可視の盾。それを無理矢理力で押し込もうとしている。
「エサッ!!」
「本当に獣だな!」
結界を押して弾き返す。
後ろへ飛ばされてしまった巨人族が敵意……食欲を剥き出ししたまま唸って睨み付けている。
「完全に俺が狙われているな」
「アレが食欲から狙っているなら分かる気もするけどね」
「どうしてだ?」
「だって、この中で男の人って一人だけでしょ」
女性よりも男性の方が肉は多い。
筋肉自慢の冒険者に比べたら男性の中でも小柄な方だが、それでもノエルたちに比べたら筋肉のある方だ。
「ある意味助かったかな」
女性陣がそんな目で見られなくて助かった。
「クラう……!」
「言葉は喋っていても理性の方はこいつの方が低そうだな」
食欲ばかりが出ていて空腹な獣と行動が全く変わらない。
「なっ……!?」
ただし、理性はなくても知性はあったようで断崖の出っ張りを強靭な手で掴んで駆け回る。
そのまま、あっという間に側面まで回り込むと頭上へ飛び掛かって来る。
テナガザル風巨人追加。