第12話 タイタン
巨人族。
文献によればリオール渓谷で人間の骨が出土した。最初は気にも止められていなかった骨だったが、詳しく検査してみると骨ではなく骨の欠片であることが分かった。
「ただの欠片でさえ人間の骨と変わらないサイズがあったそうです」
そのため最初は人間の骨だと思い込んでいた。
「骨の欠片は腕の一部だったらしく、全体のサイズは8メートルほどだと予想されたようです」
「それって……」
「今回の巨人と一致します」
巨人騒動は、その巨人の生き残りがいたっていうことか。
「残念ながらそうではありません」
「違うのか?」
「はい。巨人がいた物的証拠を得た当時の――今から400年前のモンストンの領主は冒険者だけでなく自領の兵士にまでリオール渓谷の探索を命じました」
渓谷の底とはいえ、都市の近くに得体の知れない存在がいるのだから調査をしない訳にはいかない。
だが、生きている巨人を見つけることはできなかった。
調査で骨しか見つからなかった事実から、何百年も前に亡びた巨人族の骨が偶然にも出土したため生きている巨人はいない、という結論に至った。
「だから、その時には見つけられなかった巨人の生き残りがいたんだろ」
「領主が本気で調査しました。見つけられなかった、ということは『いなかった』ということになります。それに頻繁でないとはいえ、人の出入りがある渓谷に巨人族などという存在がいれば400年もの間に知られていなければおかしいです」
当時だけではない。
少し前までは巨人族はいなかった。
「何かしらの理由で巨人族が蘇った、そちらの方がよほど自然です」
「そうだよな……」
予想していなかった事実に頭を抱えてしまう。
危険な魔物がいるだけなら対象の魔物を討伐して終わり、ということになるのだが何かしらの原因があって巨人族が生まれてしまったのなら、原因まで突き止める必要がある。
今回の依頼を紹介してくれたのはグレンヴァルガ帝国の皇帝であるリオ。依頼を中途半端に終わらせるような真似をすればリオの顔に泥を塗ることになる。
やるなら完全に終えなければならない。
「仕方ない。原因の調査もするか」
「かしこまりました。ところで、回収した巨人族の肉体はどこまで解析が進みましたか?」
斬り飛ばした巨人族の腕と肉体。
解析と言ってもできることはあまりなく、【魔力変換】をすることによってどのような構成をしているのか紐解くだけだ。
急いで屋敷へ帰りたいイリスに【魔力変換】だけお願いしてある。
詳しい結果は迷宮核がまとめてから教えてくれることになっていた。
『それを聞いてくれるのを待っていたよ』
頭の中に迷宮核の声が響く。
『さて、解析した結果だけど、巨人の肉体そのものは普通の人間と変わらないことが分かった』
「魔石は?」
『やっぱりなかったよ』
俺たちの探知能力では捉えられなかった可能性も考慮していたが、【魔力変換】しても捉えることができなかった、と言うのなら魔石がなかったことは間違いないことになる。
『僕としては、魔物でないとはいえあんな巨体なんだから魔力には期待していたんだけど、普通の人間の30倍と50倍しかなかったのにはガッカリだよ』
子供の方が50倍。
母親の方が30倍という結果になったらしい。
「30倍って、それでも凄い気がするんだけど……」
『分かっていないね』
「はい。単純に大きさを考えて普通の人間の3倍以上の体なのですから、保有している魔力が3倍あってもおかしくありません」
つまり大きさを平等にして考えれば10倍~15倍。
『それぐらいなら普通の魔法使いと同じくらいじゃない?』
『むしろ相手の強さを考えれば少ないぐらいに思えるけど……?』
迷宮核との会話は他の眷属も共有している。
アイラとノエルも迷宮核の報告を聞いて疑問に思っていた。
『昼間の戦闘は僕も見ていたけど、魔力のほとんどが肉体を維持する為に利用されているね』
身体能力強化魔法。
ただし、一般的な使い方が打撃の威力を上げる、脚力を向上させることで移動速度を速めるといった使い方なのに対して巨人の場合は攻撃に使われている様子がなかった。なにより逃げた巨人の速力はそれほど向上していない。
『おそらく大きな体には無理があるんだろうね。それを魔法で維持させている』
「なら、ダグラムたちをボロボロにしたのは……」
『純粋な身体能力だろうね。気になったから肉体の方も解剖して調べてみたけど、凄い密度の筋肉だったよ』
魔物に指示を出して解体をさせた。
最初に使った解体用の剣は刃を通すことすら叶わず、耐久力を調べることを目的に黄金の鬣に解体させたらしい。
『骨と筋肉はともかくとして体の内側には、普通の人間と変わらないサイズの内臓があったよ』
「まさか、あの巨体のほとんどが骨と筋肉だっていうんじゃないだろうな」
『そのまさかだよ。普通に生きていくにはエネルギー総量が全く足りていない。体を動かすことすら魔法に頼り切っているなんて歪だよ』
人間が普通に生きていくだけなら魔法なんて必要ない。
けれども、巨人は普通に生きていくのも難しいため魔法に頼らなければならない状態だった。
『そんな状態を知ったのなら私は一つの可能性を思い付いた』
「奇遇だな。俺もあまり考えたくなかった可能性を思い付いた」
イリスの考えが俺と同じなら、今回の依頼は気持ちのいい結末を迎えない。
『彼ら巨人は、骨と筋肉が肥大化しただけで元は普通の人間だった』
……そうだろうな。
今のところは、どうしてあんな風になってしまったのか分からない。
だが、『魔石を持たない』ことと『人間と変わらない姿をしている』ことを考慮して最も可能性の高い推論なはずだ。
『これからどうする?』
「巨人族が生まれた原因を探る必要がある。もしも、これが広がるようなものなら早急に排除する必要がある。ただし、無茶だけはするな」
厳格に言い包める。
俺たちでなければ解決できない問題だったとしても、まずは自分たちの安全を最優先に行動しなければならない。
ただ、今の状況で最も危険なのはシルビアだ。
「そういう訳で、お前も戻ってこい」
シルビアには逃げた巨人族を追ってもらっていた。
一緒にいた巨人族を目の前で2体も殺されたことで冷静さを失った。逃げることしか頭になくなった巨人族は、自分たちの拠点へと逃げ込むはず。
『――拠点は少し前に突き止めました』
冷静さを失った巨人族は尾行されている可能性を考えることすらしていなかった。
もっとも、警戒していたところで隠密状態にあるシルビアを捉えることができるとは思えない。
「随分と時間が掛かったな」
『真っ直ぐ逃げ帰ってくれれば何も問題はなかったのですが、冷静さを失っているせいで途中にある洞窟にも入って迷っていたんです。ですが、ようやく拠点にしていた洞窟へ辿り着いてくれました』
「そこに他の巨人族はいるんだな」
『……います』
微妙に歯切れの悪いシルビア。
彼女自身も目の前の光景が少しばかり信じられないでいた。
『当初の予想だと拠点に数体から十数体の巨人がいるものだとばかり思っていました。ですが、それどころでは済まない数になっていました』
視界を共有する。
そこに映し出されたのは数十体の巨人が横になって寝ている広い洞窟だった。
骨と筋肉が巨大なだけで、臓器については普通サイズ。
進撃と要素が致命的に被っているんだよな。書いている当初は全く考えていなかったんです('◇')ゞ