第11話 救援要請の代償
「ようやく目を覚ましたか」
「ここ、は……?」
ベッドに寝かされたダグラムがゆっくりと目を覚ますと、覚醒し切っていない意識ながらも現在の状況を確認しようとする。
すぐに意識を失う直前の出来事を思い出して周囲の状況を慌てて確認する。
「安心しろ。ここに巨人はいない」
「そう、か……」
ホッと安堵して再び眠りに落ちそうになる。
だが、それでは困るので冷気を浴びせて強制的に起きてもらう。
「何をする!?」
「まずは契約の話を済ませないといけないんだよ」
「契約?」
ダグラムは忘れているようだが、俺との間に契約が結ばれている。
「ここはモンストンにある冒険者ギルドの医務室だ」
復興途中のモンストンだが、使える建物は以前の物をそのまま利用している。
冒険者ギルドの建物も頑丈に造られていたおかげで原型を保っており、簡単な修繕だけで再び使用することができるようになっていた。
視線だけで医務室の奥を見るように告げる。
「ギムン、ガジル……!」
奥のベッドに寝かされていたのは二人の仲間。
「俺は『助けてくれ』と請われたから、お前たちをここまで運んで治療も施してあげた。あのままだと確実に死んでいたぞ」
「けど、ギムンの奴は腕まで……」
巨人に襲われた際に腕と足を失ったギムン。
しかし、ベッドで寝かされている彼の体には腕だけでなく足も繋がっており、元通りの姿を取り戻していた。
「それぐらいのことができないならSランク冒険者以上のAランク冒険者、なんてやっていられる訳がないだろ」
ギムンの負傷についてはイリスの【施しの剣】で癒した。
当時より魔力量も格段に向上したおかげで、1日で複数人に使用することができるようになったため、元に戻しても余裕がある。
「お礼を、言わないと、な」
「ああ、あいつらなら今はここにいないぞ」
医務室の窓から外を見ればすっかり暗くなっている。
シルビア以外の眷属はほとんどが屋敷へと帰っているので、医務室で寝かされている彼が会うのは難しい。
「あ、目が覚めたんですね」
話し声が外にまで聞こえたのか医務室へ入ってきたのはモンストンの冒険者ギルドでギルドマスターの秘書をしている女性だった。
「彼らに感謝してくださいよ」
「あんな状況で助けてくれたんだから感謝してもし切れない――本当にありがとう」
ベッドに腰掛けたまま上半身だけを起こした状態で頭を下げられて感謝される。
ただ、あの状況で助けるのは手間にすらなっていないので感謝されるほどのことはしていない。
「ま、こっちは料金さえ払ってくれれば問題ない」
「……料金?」
ただし、ケジメはつけなければならない。
「ダグラムさん。今のリオール渓谷が許可された者でなければ立ち入ることができないのは知っていますね」
「あ、ああ」
秘書の確認にダグラムが曖昧に頷く。
「立ち入ったからと言って罰則がある訳でもないのでギルドから賠償を請求することはありません。ですが、救援を要請した冒険者には報酬を支払う必要がありますので注意が必要になります」
「なっ……助け合うのが冒険者だろ!」
街道のように一般的にも利用される場所で魔物の襲撃を受けていた場合などには助け合うのが一般的になっている。もちろん助けに入った場合には、倒した魔物の素材の所有権を主張できるなどの権利は存在する。
そこで揉めるのが嫌だから助けない者もいるが、助けなかったからと言って罰則を受けることはない。ただし、助け合わない者は協力関係を築くのが難しくなり、依頼の斡旋も後回しになるなどのデメリットがある。
だから、基本的には助け合う。
「立ち入りが禁止されている場所へ許可されていない者が入り、許可されている者が助けた。この場合は一般的な規則は適用されません」
救援の依頼を出して、俺たちが引き受けた扱いになる。
「まず、この段階で金貨100枚が必要になります」
「なん、だ……その法外な値段は!?」
「そうでもありませんよ。彼らの実力はSランク冒険者すら超えます。そんなAランク冒険者5人がいるパーティに救援を依頼したのですから、それぐらいは最低でも必要になります」
告げられた金額にダグラムの口が塞げなくなる。
だが、請求金額はこんなものではない。
「さらに3人の治療に使った回復薬も弁償する必要があります」
これが冒険者ギルドの斡旋した依頼を引き受けている最中に起こった出来事だと言うなら、ある程度はギルドで保障してもらうことができた。
しかし、完全な独断行動による負傷では完全な自己責任になる。
俺たちも善意で治療した訳ではないので補償してもらう必要がある。
「ダグラムさんとガジル君の治療にそれぞれ金貨50枚、ギムンさんの場合は――考えたくもないですね」
失った足と腕が元に戻った。
ギムンの場合は回復薬ではなくスキルによるものだが、回復薬で同じ効果を得ようとしたら伝説級の回復薬が必要になるのは間違いない。
「それに比べたら医務室の利用料なんてはした金ですよ」
医務室の使用にも料金が必要になる。
「最終的には金貨1000枚の借金といったところでしょうか」
パーティでの救援を要請したため3人の連帯責任になる。
「そんな金払える訳がないだろ!?」
ダグラムが怒るのも無理はない。
Bランク冒険者なら頑張れば返済できるかもしれないが、常に死と隣り合わせの危険な依頼を引き受け続けてギリギリまで節約するような生活が必要になる。冒険者は収入ばかりでなく、武器の手入れなどで出費も嵩んでしまう。
「大丈夫です。こちらで交渉して借金の返済は分割にしてもらいました。そして、ダグラムさんたちにはギルドが指定した依頼を受けてもらい、所持金を全てギルドが管理することになりました」
それは冒険者を続けられるが、ギルドが主人の奴隷と変わらない。
「……」
「逃げても構いませんよ。ですが、その場合は話し合うこともなく犯罪奴隷として処理させてもらうことになります」
見つけた瞬間に殺されてしまう。
もしくは捕らえられて永遠に過酷な場所で肉体労働をさせられることになる。
「こいつだけは見逃してもらえないか?」
そう言うダグラムの目は寝ているガジルへ向けられている。
「こいつは行商人だった両親と一緒に移動していたところを盗賊に両親を殺されてオレたちが助けたら懐かれただけなんだ。こいつだけはオレたちの助けになりたいっていう気持ちだけで一緒にいただけなんだ」
事情を説明して訴えかけるダグラム。
だが、非情にも秘書は首を横に振っていた。
「残念ですけど、『自己責任』です」
冒険者は誰かに言われてなる者ではなく、自分の意思で選んでなる。
本人に悪気がなかったとしても悪事に加担してしまうこともあり、自分が何をしているのかしっかりと認識して行動する必要がある。
幼いから、などというのは理由にならない。
「その子の事を大切に想っていたなら、もっと慎重に行動するべきだったんです」
「……」
何も反論することができず俯くダグラム。
このまま医務室にしても何もすることができないので後にする。
向かうのは冒険者ギルドにある資料室。出現する魔物の情報や薬草の生えている場所などといった情報が書かれた本が収められている。
資料室で本を読んでいたのはメリッサ。
「悪いな。お前だけに任せて」
「気にしないでください。こういう作業をするなら私かイリスさんなのですが、今のイリスさんは本を読んでいる時間なんてないですから」
「あいつが一番変わったな」
時間があるならヴィルマを始めとした子供たちの面倒を優先させるようになっていた。
やはり自分の娘が生まれたことが決定的になったのか、ヴィルマが生まれてからはすっかり変わってしまった。
「で、何か分かったか?」
「リオール渓谷に最も近い大きな冒険者ギルドでも巨人の魔物に関する情報はありませんでした」
魔物の図鑑を見ても巨人は載っていなかった。
最も近しい魔物でもオークやオーガだが、リオール渓谷で見た巨人はもっと人間に近かった。
「ですが、巨人に関する情報は別に見つけました」
メリッサが差し出して来たのは古い文献。
そこに記されていたのは――巨人族。
これからは借金奴隷としてギルドに酷使される毎日。
いつまでもつかな?