第14話 遺跡探索
遺跡の中は石の壁に囲まれた通路になっていた。
窓などないため陽の光が入ってくることはない。それでも視界を確保することができているのは、壁に取り付けられた照明による灯だ。
誰が設置したのか分からないが、一定間隔で備え付けられた魔石が光を放ってくれているおかげで本来は真っ暗なはずの迷路がクリアに見えていた。
「で、どっちから行く?」
俺たちの前には道が三方向に分かれていた。
これが迷宮なら俺の迷宮操作で地図を出現させて出口までの最短距離や宝箱を効率よく回収する為の道順を示すことができた。
しかし、ここは迷宮ではないので自力で考えなくてはならない。
「右です」
「左よ」
メリッサとアイラが全く別方向へ行きたがった。
「こういう迷路みたいな場所では右手を壁につきながら進むと迷わないのです。そんなことも知らないのですか?」
「いや、それって左手でやっても同じだから」
「……」
2人とも特に根拠があって選んだわけではなさそうだ。
「シルビアは?」
「正面の道を進んだ先に冒険者か魔物かは分かりませんが、何者かの気配を感じます。わたしたちは遺跡初心者です。遺跡に出現する魔物がどの程度なのか、他の冒険者がどのように行動しているのか確かめるうえでも何者かと遭遇した方がいいでしょう」
「というわけで真っ直ぐ進むことにしよう」
「「はい……」」
アイラとメリッサが露骨にテンションを落としている。
そんなにシルビアから理路整然と言われたことが悔しかったのか?
「そんなに気落ちするな。ギルドからは期待しているみたいなこと言われたけど、俺たちは遺跡を攻略するつもりはないし、稼ぎも必要なわけじゃないからゆっくり探索しよう」
「え、そうなの?」
俺の言葉を聞いたアイラが目を丸くしていた。
「今回、遺跡に来たのは慣れるのが目的だ。遺跡に来られるタイミングは限られている。初めての挑戦で遺跡の完全攻略とかしてみろ。ギルドからさらに疑われることになるぞ」
というかギルドに申告しているシルビアたちの本来のステータスでは遺跡攻略は不可能だろう。
「だから俺たちは適当に進んで――」
目の前に包帯を全身に巻いた魔物のマミーが3体現れた。
迷宮にもいる魔物なため倒すだけなら簡単だ。3体のマミーに向かって走りながら神剣を振るうと包帯の上から体を斬る。
だが、アンデッドであるマミーは体を斬られた程度では死なない。というよりも既に死んでいるような状態なので止めることはできないと言う方が正しい。
「メリッサ」
「はい、『光熱線』」
メリッサの持つ杖から放たれた一条の光が先頭にいたマミーの頭部を貫き、後頭部から出てきた熱線がそのまま2体目、3体目の頭部も貫く。本来なら真っ直ぐにしか進まないはずの光線なのだが、メリッサなりのアレンジが加えられているのか発射後にも誘導することができている。
マミーの包帯の内側にあった体が崩れて魔石と包帯だけが残される。
光熱線は光属性の魔法で、アンデッドであるマミーは光属性の攻撃を受けるだけで体が浄化されてしまう。
アンデッドを倒す方法は3つ。1つは、起き上がることができないほど粉々に体を分解してしまうこと。もう1つは、体内にある魔石を破壊することによって機能を停止させる。この方法だと魔石の回収ができなくなるので稼ぎが必要な冒険者には勧められない方法だ。
最後に浄化の能力を持った力でアンデッドの魂を浄化させる方法だ。
メリッサの光属性魔法による浄化はいささか暴力的なところがあったが、この方法なら魔石を傷つけることなく回収することができる。
「迷宮にいるマミーよりも魔石が大きくないか?」
「そうなのですか?」
実物を見たことがないシルビアとメリッサが首を傾げている。
「たしかにあたしが倒したことのあるマミーから回収した魔石よりも若干だけど大きいわね」
アイラは俺たちとパーティを組む前にも冒険者として活動していたためその時にマミーを倒したことがあるらしい。
彼女が言うように魔石が若干だが大きかった。
魔石の大きさと質は、そのまま魔物の強さに直結する。
大きくて質の高い魔石の方が高く売れるが、その分だけ魔物が持つ魔力が強くなるので倒すのが難しくなる。
「3体とも同じような大きさだし、もしかしたら遺跡だとこれが普通なのかもしれないな」
話をしながら魔石を回収する。
収納リングに入れてさえしてしまえば持ち運びは簡単になる。
「ご主人様」
シルビアが横にある壁を叩いて何かを確認していた。
「この向こうに部屋があります」
壁を叩いた時の反響音から壁の向こう側が空洞になっていることを突き止めていた。
壊してしまって構わないのなら壁をぶち抜いて部屋の中を確認してみたいところなのだが、今遺跡の中には多くの冒険者がいる。そんな状況で壁をぶち抜いたりして遺跡に変な影響を与えたりするわけにはいかない。
「部屋の中から人の気配がします」
つまり、彼らはどこかに入り口を見つけて部屋の中に入ったことになる。
俺たちぐらいのステータスがあれば遺跡の壁を破壊することも可能なのだが、普通の冒険者に破壊できるほど遺跡の壁は脆くない。
近くにあった曲がり角を進んで行くと開いている扉が見えた。
そこから顔を出して部屋の中を覗き込むと、
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!」
大きなリュックを背負った男が腕を宝箱に喰われていた。
宝箱の蓋にはギザギザに尖った牙が生えており、噛み千切ろうとしているのか木製の宝箱が跳びはねていた。
「ミミックか」
ミミック――宝箱の姿に擬態しておいて宝物を得ようと不用意に近付いてきた冒険者を食べてしまう魔物。
「この野郎!」
腕を食べられている冒険者の仲間が持っていた槌を叩きつけてミミックを叩き潰していた。
「大丈夫か?」
「これが大丈夫なように見えるのかよ」
離れた位置から見ているだけでも重傷だと分かる。
腕を食べられていた冒険者の右腕は噛まれてしまった時に大きな穴が空いてしまい、仲間が叩き潰した時にミミックが引っ張られてしまったため牙が手の方へと引き摺られてしまった。おかげで酷い切り傷により血を大量に流していた。
重傷を負った仲間を4人の冒険者は心配しているのだが、重傷を負ってしまった冒険者はそれどころではない。だが、大剣を背負った大男が頭に拳を落とすと大人しくなった。
「ふん、いい勉強になっただろうが」
「すんません」
「ミミックに襲われるとこういうことになるんだ。今後は肝に銘じておくんだな」
怪我をした冒険者からリュックを受け取ると中に入っていた傷薬を取り出して傷を負った腕に塗る。
彼らのパーティは怪我をした冒険者が荷物持ちのサポーター、それから大剣と槌を装備した男の2人、それから軽装の男と魔法使いという構成だった。一応、魔法使いがいるにもかかわらず重傷を負った仲間に回復魔法を使用しないのは、魔力を温存しているとかではなく回復魔法が使えないのだろう。
「おい、そこにいる奴ら!」
周囲の警戒に当たっていた軽装の冒険者が俺たちを呼ぶ。
別に気配を隠していたわけでもないので警戒していれば見つけるのは難しくない。
「なんですか?」
「薬とか持っていないか? 俺たちが持っている薬だと効果が足りないみたいなんだ。金はベースに戻ったら払う」
さすがに無償で譲ってくれとか言われたら今後のことを考えて断るところだったが、適正な金額で買い取ってくれるというのなら売っても構わない。
「いいですけど、薬よりも回復魔法を使った方がよくないですか?」
「そうなんだが……」
いつの間にか俺たちの話を聞いていたメリッサがサポーターに近寄っていた。
「回復」
メリッサの回復魔法がサポーターの負った傷を癒していく。
「おいおい、もうほとんど痛くないぞ」
「魔法で傷は塞ぎました。ただし、傷を塞いだだけなので血は失ったままですし、腕を血に濡れたままにすると病気になる可能性もあるのでしっかりと拭き取って下さい」
「あ、ああ……」
メリッサに治療されたサポーターが部屋の隅へと行くとリュックから濡れたタオルを取り出して血を拭き取っていた。
「助かったよ。料金についてはしっかりと払わせてもらう」
「いえ、料金は結構ですので情報を貰えませんか?」
「情報?」
「俺たちは遺跡探索が初めてですのでこんな部屋を見るのも初めてなんです」
「そういうことか」
俺たちが今いる部屋には宝箱が16個も並んでいた。
そして、2個は既に開けられた後で1個はミミックだった。
残り13個に関する情報が欲しい。