第5話 ガルディス帝国への移動
「やぁ!!」
朝、出掛けようとするとヴィルマが母親のイリスの足にしがみ付いて出掛けさせないようにしていた。
子供たちの中でも実の母親に最も甘えているヴィルマ。
これはヴィルマがどうこうというよりも、生まれた頃からイリスがベッタリとついて構っていたのが原因だ。さすがに大きくなってきた最近はイリスの方から離れようとしているが、子供の性格というのは簡単に治るものではない。
もはや恒例となった出掛ける前の光景。
「ヴィーちゃん」
泣いているヴィルマの元へ近付く姉のリエル。
ただし、自分の足で歩いて近付いているのではなく、1メートル以上の大きさのある狼に跨って近付いている。
子供なら自分よりも大きな狼が近付けば恐怖から驚く。
しかし、屋敷で生活している子供たちにとっては見慣れた狼。最も幼いフィーナでさえ出発前にシルビアに抱かれて触れ合っている最中に近付いて来た狼に触ろうと手を伸ばしていた。
屋敷の門番……と言うよりも番犬として配置しているホワイトウルフ。
真っ白な毛をしているのが特徴で、【水属性】の魔法に適性を持っており、特に氷関係の魔法を好んで使用する。
けれども、魔法関係の能力は関係ない。珍しく目立つ狼が門の近くにいる。それだけで番犬としての役割は果たしている。
もっとも、昼間は子供たちの遊び相手として扱われている。ホワイトウルフの方も気にすることなく子供たちと遊んでおり、母親から特性を引き継いでいるのかリエルと最も親しくしていた。
危害を加えるつもりがない証拠にホワイトウルフの方が自身の背に乗っている少女の事を気に掛けていた。
「おしごとなんだよ」
「……」
姉の一言に頬を膨らませる。
ヴィルマもイリスが仕事で出掛けなければならない、というのは理解している。イリスたち眷属なら夜には余裕さえあれば帰って来る事ができる。それでも状況によっては数日も帰って来ない事がある、というのを本能で理解しているせいで離れたくなかった。
ホワイトウルフの背に乗ったリエルが毛に覆われた背をポンポンと軽く叩く。
すると、リエルの意思を汲み取ったホワイトウルフがヴィルマの服を咥えて軽い体を持ち上げてしまう。
「え……」
急に視界が高くなったことで戸惑うヴィルマ。
そうして戸惑っている間にホワイトウルフの背に乗せられてしまう。
魔物とは思えないほどフカフカな体。子供たちと接するということでホワイトウルフ自身が自らの清潔さに気を遣っていた成果だった。
「がうちゃん、いこう」
「ガウ」
もっと威厳のある声を出せるのだが、子供たちと接する時は常に「がう」という鳴き声で統一させている。
その方が子供にはウケるらしい。
どこで、そんな知識を身に付けたのか知らないが、子供たちとホワイトウルフの関係は良好らしい。
「夜にはなるべく戻るようにします。それに移動に時間を取られないので依頼は数日以内に終わらせるつもりでいます」
いつもソニアに頼っている訳ではない。
たしかに依頼主はリオだが、依頼の説明を聞きに行く時はともかくとして依頼を受けている最中の移動まで彼女に頼り切りになる訳にはいかない。
これまでに何度かあったようにガルディス帝国へ行くことは頻繁にあった。
だから、移動時間を短縮させる方法は考えてある。
「いってらっしゃい」
「弟や妹たちの事を頼むな」
「うん!」
笑顔で手を振るシエラに挨拶を済ませる。
いつぞやはシエラの方が駄々をこねていたが、大きくなった今は自分がそうだったように駄々をこねる弟妹の面倒を見るようになっていた。
迷宮の魔物はほとんどがいなくなってしまったが、さすがに家族の護衛を担っているシャドウゲンガーまで消耗してしまう訳にはいかない。
屋敷の番犬だけではない。今も身内の全員には護衛がついている。
「こんなに多くの子供を任せてすみません」
「ほんとうよ」
母に子供たちの事を頼む。
面倒事を頼まれた母だった、言葉では面倒そうにしているものの表情は晴れやかだった。
「お願いします」
☆ ☆ ☆
【迷宮魔法:転移】によって目の前の景色が一瞬で変わる。
自らの拠点――管理する迷宮と迷宮外に存在する拠点への空間移動が可能になる【迷宮魔法】。拠点にできる理由は様々で、普段から生活している建物や財宝を保管している場所などだ。
そういった普段から使用する拠点以外にも自分の迷宮を管理している迷宮核以外の迷宮核を置いた場所への移動が可能になる。
以前に獣神を封印した島を沈める為に使用されていた迷宮核を回収し、それをグレンヴァルガ帝国の東にあるアメント伯爵領に埋めることで移動時間の短縮に成功した。
同じ事を西側にあるオネイロス平原でも行った。
ガルディス帝国内にあったイルカイトとは別の迷宮を攻略すると、回収した迷宮核をオネイロス平原の近くにある森に埋める。この森は食糧になる物がなく、魔力が豊富で緑豊かな場所であるせいかゴブリンの巣窟になっているせいで人が寄り付かなくなっている。魔法で固くした地面に埋めれば力の弱いゴブリンでは掘り出すことができない。
森から数分ほど走ってオネイロス平原に作られた街を目指す。
「へぇ、前に来た時よりも活気に溢れているじゃない」
街の様子を見てアイラが明るく言った。
グレンヴァルガ帝国の人間だと認められた元ガルディス帝国の人たちだったが、オネイロス平原よりも向こう側へ行くことは認められなかった。
向こう側にある都市では、それまで住んでいた人たちの生活がある。
数人程度の移住だったのなら問題はなかったのかもしれないが、さすがに何十万や何百万といった大勢の移住となれば問題が起こるのは目に見えていた。
リオによって資材が提供され、逃げてきた技術者がいる。
5年もの歳月があれば、そこに都市が出来上がるのは自然な事だった。
門番はいるが、冒険者カードを見せるだけで素通りすることができる。魔物に怯える人が多い都市で冒険者の存在は貴重であるための措置だった。さすがに、これがCランクやDランクだったなら多少は警戒されたが、Aランク冒険者は代えが効かないほど貴重な戦力。ランクだけで歓迎されていた。
「じゃ、いつものように情報収集」
『はい!』
イリスだけが残り他の全員がパッと消える。
残された二人で街の中心にある施設へと赴く。
冒険者ギルド。街にある他の建物は簡素な物の方が多いが、冒険者ギルドの建物は頑丈に造られていた。これは、ギルド内では力の強い冒険者による諍いが日常茶飯事で、建物の耐久力が求められたため頑丈に造られたためだった。
他の建物よりも頑丈で目立っている理由。ガルディス帝国があった場所には珍しい魔物が数多くおり、魔物を冒険者から買い取ることで儲けようと考えた冒険者ギルドが出張って来たためだ。
「ようこそ、冒険者ギルドオネイロス支部へ」
すっかりオネイロスという名前の街になっていた。
カウンターへ向かい、受付嬢にガルディス帝国の最新の地図を見せてもらうようお願いする。
「どうだ?」
「半年近く前に見たのと変わらない」
「そうか」
以前にオネイロスを訪れたのは半年ほど前。
半年も経っていれば地形や環境が変わってしまうのが今のガルディス帝国であるため情報を得てから向かおうと思ったのだが、必要なかったようだ。
「この半年ぐらいの間に何か変わった事はありませんでしたか?」
「変わった事、ですか?」
受付嬢が顎に手を当てて悩み始める。
何か思い出してくれるかもしれない――そんな風に思いながら待っていると後ろから声を掛けられた。
「おい、お前ら」
声は明らかに俺たちへ向けられている。
無視することもできるが、しつこく付き纏わられる可能性があったため振り向くと大男が立っていた。
次回、テンプレイベントやります