第44話 迷宮主の借金 ③
「――という訳で、現状維持でいいという許可をもらってきた」
屋敷へ戻ると仲間を集めて報告する。
ただし、女性陣の腕にはそれぞれ自分の子供が抱かれている。久し振りにゆっくり過ごすことができるということで、昨日から子供たちがベッタリくっついて離れてくれなかった。
「それなら、しばらくはどうにかなるんですね」
「まあ、支出はともかくとして収入の方を増やす為に奔走しないといけなくなるけどな」
ギルドマスターが言っていたように俺たちのランクなら高難易度の依頼を受け続けていればいつかは返済することのできる金額だ。
節約も大事だが、今まで以上に頑張れば解決できる問題と言えた。
「なら、私からは何も言う事はありません」
現状維持に不満もなくシルビアが口を閉じる。
他の者も同様で反対意見はなかった。
「で、依頼って言ってもどうするの?」
アイラが手を挙げながら尋ねてきた。
俺たちの冒険者ランクはAランク。それもパーティのほぼ全員という異質なパーティな上、各自の戦闘能力がSランクを超える。
冒険者ギルドの掲示板に貼り出されている依頼を引き受けられる身分ではない。
「それについては考えてある。借金の貸出先に協力することにしよう」
「それが最も手っ取り早いですね」
全員の視線が部屋の奥でお茶とお菓子を楽しんでいた女性へ向けられる。
「こっちでの話し合いは終わった? だったらリオの元へ行こう」
カップを置いて立ち上がった女性――ソニアが手を掲げればリビングに黒い球体が出現する。スキルで作られた【転移穴】だ。この球体を通ることで、どこへでも自由に行き来することができる。
シルビアたち眷属全員が立ち上がってついて来ようとする。
「状況を俺の口からもう一度説明するだけだから、俺だけでいいぞ」
「でも……」
ノエルが耳をペタンと折りたたんで不安そうな表情をしている。
「心配するな。会う場所は選ぶ」
室内にさえいれば時間を止めることができる。
「さすがに時間を止められる人をどうにかする術は持っていない……と思う」
ソニアが言う。
同じ迷宮主であるリオなら何かしら特別なスキルを持っているかもしれないが、『到達者』とそうでない迷宮主との間には決定的なまでに力の差がある。
ソニアたち眷属もリオの身が大切な下手なことはしないはずだ。
「大丈夫。マルスには私がついていく」
結局、イリスだけを連れて移動することになった。
☆ ☆ ☆
移動先は、皇帝の執務室。
ソニアのスキルで帝都まで戻って来たリオは忙しなく舞い込んでくる報告に対処し、次々に指示を出していった。
その様子を執務室にあるソファに座って紅茶を飲みながら眺めていた。
執務室へは部署のトップにいる家臣が次々と訪れ、リオへ報告をして支持を仰いでいる。
帝国においては皇帝の権力が強大だ。家臣の方で報告が調整され、現場へ指示を出すのだが最終的な決定権を持つのはリオだ。普段しているような些事ならリオの判断を逐一仰ぐ必要はないが、今しているような重要な決定にはリオの判断が必要となる。
家臣のほとんどが執務室にいる俺の事を見ている。
チラチラと視線を向けてくる者がいれば、胡乱な目を向けてくる者がいる。前者は俺がグレンヴァルガ帝国においてどれほど重要な人物なのか知っている者で、後者は知らない者だ。
知らない者なら不審人物が執務室で寛いでいれば追い出してもよさそうなものだが、そこは隣にいるソニアが解決してくれている。
さすがに冒険者の顔を知らなくても皇帝の側室の顔を知らない者は執務室まで来ることはできない。
「ふぅ」
執務室を訪れてから数十分ほどしてリオが息を吐きながら自分の椅子に腰を落ち着かせた。報告を聞いている間は忙しなく執務室にいる人の間を行き来していたため動き回っていたので疲れているのだろう。
「こっちから呼んだのに待たせて済まなかったな」
「気にするな。面白いものが見れたし、色々と情報が得られた」
強引な方法で皇帝になったリオ。
皇帝として家臣のことを考えて行動できているのか不安なところがあったけど、こうして精力的に動いて、家臣からも信頼されて打ち合わせに訪れてくれるなら心配する必要はない。
「これでも皇帝だからな。『できない』なんて弱音を吐く訳にはいかないんだよ」
「そうか」
俺が何を思っていたのか分かったのか少し顔を赤くしていた。
「ガルディス帝国……があった場所はかなり大変みたいだな」
「ああ、今も魔物で溢れ返っている」
報告に訪れていた家臣の多くは、ガルディス帝国があった場所をどうするのか、そしてオネイロス平原に今もいる人々をどのように扱うつもりなのか、という相談だった。
いきなり国土が倍になったようなもの。ただし、得られた土地は魔物で溢れ返ってしまっているせいで有効利用することができず、新たに国民となった者たちも生産活動ができないようなものだ。
はっきり言って荷物が増えたようなものだ。
「それでも見捨てる訳にはいかない」
もうグレンヴァルガ帝国の人間となった。
元ガルディス帝国の人たちは多少なりとも苦しい想いをするかもしれないけど、リオに見捨てるつもりはない。
「こんな苦しい状況でなければ、もう少しは協力することができたんだけどな」
「いや、かなり助かったから」
リオ……というよりもグレンヴァルガ帝国には迷宮を拡張する上で必要になった資金の半分を供出してもらった。
「けど、アレはお前たちが貰う予定だった物だ」
リオに提供を求める上で俺たちが条件に提示したのが『ガルディス帝国での依頼の報酬の前借り』だ。
それを理由に国庫から財宝を出してもらった。
いくら強い権限を持っているとはいえ貴重な財宝を皇帝の決定だけで動かすのは難しい。財政を担う家臣たちを納得させる為の理由が必要だった。
「俺としても他人事じゃなかったんだ。協力するのは当然の話だ」
「それは関係のない連中には分からない話だろ」
家臣たちに、迷宮について説明する訳にもいかないため理由が必要だ。
「ま、こうして期待通りに倒してくれたんだからいいさ」
「それについては納得していない部分があるんだよな」
「詳しく話せ」
元々、情報共有の為にリオの元を訪れた。
迷宮で何が起こったのか細かく説明する。
「奴らは死んだんだろ」
「ああ、完全に消滅した」
消える瞬間を見ているし、【鑑定】でも本人である事を確認している。そもそも、あそこまで強かったゼオンを影武者や偽物だなんて思いたくない。
ただし、どうしても無視できない事がある。
「あいつ、最後に『諦めていない』なんて言ったんだ」
「……それは意味深だな」
ゼオンも自分たちの状態を理解していた。
だからこそ眷属の状態を回復させるなんていう意味のない行動に出た。
それでも、諦めていない。
「手掛かりはあるのか?」
「ない!」
迷宮に何か残されていないか詳しく調べるのはこれから。
それでもイリスが簡単に調べたところによれば手掛かりらしいものは何も残されていないらしい。
「状況の全てが奴は死んだって言っている。それでも信じられないんだ」
「お前が言いたいのは俺に気を付けろっていうことだろ」
リオの言葉に頷く。
アリスター迷宮を乗っ取ろうなんて考えた相手だ。他の迷宮に同じことをしようとしてもおかしくない。
ただ、気を付けると言ってもゼオンが入ってきたら連絡してもらう以外にない。
「ここは俺の迷宮じゃない。それでも、俺の【世界】が【自在】に対抗できる数少ない力だ。協力は惜しまないつもりだ」
「分かった。もしも、奴らを見つけた時には必ず報告する」
冒険者ギルドでしたように誓約書を渡し、リオとの話は終わりとなる。
「現在のガルディス帝国だった場所は混沌地帯となっている。Sランク冒険者でも対処できない状況が必ずやって来る。その時は優先的にお願いすることにするさ」
「ありがとう」
皇帝から約束が得られた。
少なくとも報酬をケチるような相手ではないため安心できる。
「この後はどうするんだ?」
「他の場所へも挨拶回りに行くつもりだ」
「なら、ソニアに連れて行ってもらえ」
「いいのか?」
彼女も側室の一人のはずだ。
「人には得手不得手がある。移動を手伝っていた方がソニアは役立つ」
迷宮から出てくることはなくなりましたが、大量の魔物が荒らし回ったせいで魔物がポンポンと生まれる無法地帯になっています。