第43話 迷宮主の借金 ②
迷宮を拡張する手段は外から財宝を持ち込むだけではない。迷宮にいる魔物や罠を消去することによっても得ることができる。
ゼオンたちに俺たちが何をしているのか知られる訳にはいかない。幸いにして先へ進むことを優先させていたため通り過ぎた階層については全く気にしてなかったため攻略に合わせて消去していった。
おかげで上層は魔物がいなければ罠もなく、ただ草原や山が広がっているだけの場所となってしまった。
「迷宮を元の状態に戻す為には魔力が必要なんだよな」
「そうです」
「だったら、その分の金を捻出する必要があるな」
ギルドマスターの質問に答えたら頭を抱えて悩み始めた。
「そんなことは無意味ですよ」
金をもらって環境を整える。
ほとんど焼け石に水といった状態である。
「マルス君は既に対策を用意してありますね」
「はい。幸いにしてゼオンの置き土産があります」
残念ながらゼオンを倒した後の事を考えるほどの余裕はなかったので余力なんて残していなかった。
ただし、予想外にも残された物があった。
「敵の装備品ですよ」
ゼオンの剣、キリエのガントレット、オネットの扇子や指輪、シャルルの神弓といった装備は迷宮に置き去りにされていた。
さすがにテュアルの本はスキルで作り出した物であるせいか彼女と共に消えてしまったので手元に残らない。
最も助かったのはリュゼの魔剣だ。途中でも何本も使い捨てにしており、砕けてしまった破片まで含めれば十数本分の魔剣が手に入った。
迷宮主や眷属からは魔力を得ることができないが、彼らが持つ装備品は【魔力変換】できない訳ではない。
「しばらくは地下40階までだけを運営するようにして、魔力を節約させます」
「さすがに以前と同じ、という訳にはいかないけど」
俺の説明をイリスが引き継ぐ。
「たとえば?」
「今までなら地下10階までの洞窟フィールドで初心者が財宝を手に入れられやすくしていた。だけど、これは難易度を上げて見つけにくくする。さらに手に入る財宝の価値も少しばかり下げさせてもらう」
「……仕方ない、か」
元々が迷宮へ少しでも多くの人を呼び込む為の初心者向けの措置。
人が訪れてくれないと迷宮の運営に支障を来たしてしまうのだが、それよりも優先させなければならないのが食糧や鉱石の供給だ。
「とにかく人が途切れないようギルドの方から積極的に依頼を出して冒険者が訪れるようにしてください。それで、どうにか循環させます」
草原フィールドで得られる大量の野菜や肉。
鉱山フィールドで得られる鉱石。
火山フィールドで得られる魔石。
高山フィールドで得られる植物。
海洋フィールドで得られる海産物。
どれもアリスターを運営していく上で欠かすことのできない資源だ。
これを途絶えさせた瞬間に辺境での生活は破綻してしまう。
「だが、それでは君たちが得られたものはあまりに少ないのではないか?」
「そうでもないですよ」
キース様の質問に答えながら【世界】を発動させる。
ソファに座った状態から立ち上がるとルーティさんの隣に移動して彼女の肩の上にポンと手を置く。
執務室の中で俺以外に動くことのできるイリスが何をしようとしているのか気付いて呆れている。
「悪趣味」
「これぐらいいいだろう」
時間が動き出す。
「あ、れ……きゃっ!?」
自分の肩にいつの間にか手が置かれていることに気付いてルーティさんが驚いて飛び跳ねる。
ここまで驚かれてしまうのは少々予想外だった。普段の冷静沈着なルーティさんなら適切に対応して払って注意してくれると思っていたんだけど、まさか少女のように驚かれるとは思っていなかった。
「マルス君……?」
どうにか取り繕って睨み付けてくる。
ルーティさんなりの精一杯の抵抗だった。
「ごめんなさい」
だが、キース様はともかくとして、さすがにギルドマスターには俺が異常な事をしたのは伝わったようだ。
「……何をした?」
「見たままですよ」
再び時間を停止させる。
俺へ顔を向けたまま動かないギルドマスターの後ろへ移動すると時間を動かして肩をポンポンと叩く。
「なっ……!?」
一瞬たりとも俺から目を離していなかった。
それでも何者か――完全に俺だと分かっている――から肩を叩かれたことで勢いよく体を後ろへ向ける。
「そんなに慌てたら危ないですよ」
突き出した人差し指が振り向いたギルドマスターの頬に当たる。
頬を突かれたことで間抜けな顔を晒しているギルドマスターだが、おっさんの間抜けな顔を見ていても面白くない。さっさと指を離してしまう。
「これが今回の報酬です」
「……時間を停止させることができるスキルか?」
「正解です」
再度、時間を停止させてソファに座る。
「本当に時間を止める事が?」
「目の前で実演してくれたのですから信じるしかありません」
「だが……」
「決して目に留まらないほどの速さで移動した訳ではないので勘違いしないでください」
現役の頃は高ランクの冒険者だったのなら『動き出した瞬間』と『止まった瞬間』を見抜けるぐらいの力は残している。
ただし、ギルドマスターの動体視力を以てしても予備動作を見抜くことができなかった。
当たり前だ。時間を止めてから動き出しているため予備動作を認識できる訳がない。
「思っているほどデタラメなスキルでもないですけどね」
迷宮の外でも色々と試して分かったが、スキルを発動させることができるのは部屋みたいな閉鎖空間を対象とした時のみ。
しかも時間制限があり、閉鎖空間の広さによって違う。少しばかり広めに作られたギルドマスターの執務室で最大9秒間の停止が可能だった。ただし、たった数秒とはいえ停止していた時間だけ待つことで再びスキルが使えるようになるのは強力過ぎると言っていい。
「特別なスキルも手に入れることができました。今回の件で借金をすることになりましたが、人からお金を借りたなら返すのが常識です。少し時間をいただくことにはなるかもしれませんけど、必ず返済します」
「そこは心配していない。君たちはアリスターから離れたくはないはずだろうし、家族だっているんだから遠くへ行くのも難しいはずだ。ゆっくりでいいから返してくれればいい」
「ありがとうございます」
そう言ってくれたのは本当にありがたい。
借金をしてしまったのはアリスター家だけではないので、後回しにできるなら猶予が欲しいところだった。
【世界】
迷宮外で使用した場合には数秒間だけ閉鎖空間内の時間を停止させることができる。