第40話 過去への想い
【世界】は時間を停止させるスキルではない。
『今』で固定し、進ませないことにある。
今――という世界を構築する。
「【世界】を発動させる魔力を魔導衝波と一緒に流し込んだ」
バラバラになった状態のまま存在を固定された肉体は、停止したまま動くことがない。
その時、土壁が切り裂かれてリュゼが現れる。
「ゼオン!」
現れたリュゼの全身には火傷の痕がある。ゼオンの今の状態では仲間の状態にまで気を遣っている余裕がない。
頭部だけになっている状態に驚愕するものの、すぐに気を取り直して回収しようと手を伸ばす。
「俺を忘れた訳じゃないだろうな」
「邪魔!」
ゼオンの頭部を左腕で抱えたリュゼが剣を振る。
しかし、剣が俺を捉えられることはなく、神剣に胸を斬られて血を流しながら倒れる。
体が万全で、ゼオンを抱えていなければ俺を斬ることもできたんだろうけど、今の状態では剣を当てることすらできなかった。
「終わりか」
ゼオンの頬が朽ちるように崩れる。
いくら【自在】でも頭部だけの状態がいつまでも続けられるはずもなく、耐え切れなくなった肉体が朽ち始めている。
もう10分もすれば完全に朽ちる。
「ゼオン……」
「動くな」
どうにか離脱しようとしていたリュゼを叱る。視線だけを動かして他の眷属の位置を確認すると【自在】によって肉体を元の綺麗な状態に戻す。
スキルを使えば瀕死状態からでも元に戻ることができる。けれども、ゼオン自身だってギリギリの状態でスキルを使用して魔力を消費してしまえば残り時間が少なくなる。
もって数分の命だ。
「最後は綺麗な状態で終わらせたいからな」
主としてのちょっとした意地だった。
「マルス!」
「え、大丈夫なの!?」
片腕を失くした状態を見てイリスとアイラが目を丸くしている。
すぐに駆け付けたイリスが【施しの剣】と【天癒】を同時に使用してくれたおかげで切断された腕も元に戻る。
「……」
全快した様子を見てゼオンが言葉を失っている。
この状況から逃れることができるとすれば俺が死ぬことで停止世界が解除されて【転移】で逃げられるようになること。
切断した腕に賭けていたらしいけど、接合されれば死ぬようなこともない。
「せっかく途中までは上手くいっていたんだけどな。お前の脅威を低く見積もっていたのが間違いだったか。もう少しで目的を叶えられそうだったんだけどな」
「何がしたかったんだ?」
シルビアやメリッサ、ノエルが何も言わずに俺の傍に立つ。
ゼオンの傍にも眷属が全員揃っており、護衛のつもりでいるのだろうがゼオンの状態を見て諦めている状態では襲われることはないだろう。
そんな周囲の状況など気にすることなくゼオンが小さく呟く。
「過去改変」
それは途方もない願い。
【世界】のおかげで時間を停止させられるようになったから分かるが、既に確定されている過去への干渉など絶対に不可能だ。
「不可能なんかじゃない。俺の【自在】を強くすれば可能だ」
「強く……だから限界に到達した迷宮を増やそうとしていたのか」
創造神の祝福は、限界へ到達することができた者へ世界に存在する迷宮の数だけ強くなる仕組みになっている。
俺の【世界】にも時間停止の先があり、3つもあるおかげで時間停止という途轍もない力で発現したと言っていい。
もちろんゼオンの【自在】にも先がある。
「本当にそんなことが可能なのか?」
思わず聞かずにはいられない。
「可能だ。お前も創造神の祝福を手に入れたなら理解しているはずだ。このスキルは自分の迷宮で使ってこそ最大の効果を発揮することができる」
おそらく迷宮の外で【世界】を使用した場合には重い制約がつけられることになるはずだ。それでもデメリットに見合うだけの……デメリット以上のメリットがあるスキルであるのは間違いない。
ゼオンの【自在】も自分の迷宮で使用することで真価を発揮する。
「どこにでも、自由に在れる【自在】は迷宮で使用すれば時間を越えても干渉することができる」
過去へも干渉することができ、過去を変えることもできる。
「今の迷宮にある事実を過去へ送り込むだけなら十数年前の迷宮にも干渉することができる」
「そういうことですか」
メリッサが納得したらしく頷いていた。
「どうしてイルカイト迷宮を使い捨てたのか疑問でしたが、ようやく理解することができました。いずれは消滅させるつもりの物だったからこそ最大限利用しようと思ったのですね」
「そうよ」
ゼオンの代わりにリュゼが答える。
イルカイト迷宮の消滅。それを過去の迷宮へ送り込む。
「アムシャスが迷宮主になるよりも前、もしくは迷宮主になったばかりの頃でもいいから送り込めばいい」
送り込まれた時点を以てイルカイト迷宮は消滅する。
そして、迷宮主であったアムシャスは迷宮主になることがなくなるか、迷宮の消滅と共に自身も消滅することになる。
彼らは全員がアムシャスによって運命を翻弄された者たち。
アムシャスの建国したガルディス帝国によって地位を剥奪され、自由を奪われて傀儡にされ、信仰する神を失わされ、子孫によって無実にもかかわらず罪を着させられ、苦しい日々を過ごすこととなった。
全てはアムシャスが迷宮主にならなければ解決される。
「もちろんアムシャスが消えたところで別の苦しみが発生するのかもしれない。それでも俺たちの憎しみはアムシャスに集約されているんだ」
ゼオンたちが穏やかに生きる為にはアムシャスに消えてもらう以外の選択肢はなかった。
アムシャスが生きていたのは100年ほど前の話で、今の創造神の祝福では当時まで到達することができない。
だから迷宮を増やすことに執念を燃やした。
「お前の気持ちは分かる」
過去を悔やまない人間などいない。
俺だって後悔ばかりの人生を歩んできた。やり方次第では父が生きていた可能性もあったはずだし、眷属のみんなにも辛い思いをしないよう前以て行動したいと思うことだってある。
それでも辛い事があったからこそ『今』がある。
「お前に『過去』を壊させる訳にはいかない。俺は『今』がすごく気に入っているんだ」
アムシャスが消えることでどのような影響があるのか予想できない。
ゼオンの目的を知った今となってはますます放置することができなくなってしまった。
「……お前と俺じゃあ、絶対に交わることはなかったか」
その時、ゼオンの体が急速に朽ち始める。
完全に朽ちた時、眷属も運命を共にする。
「一つだけ忠告をしておいてやろう」
だから、これはゼオンの最後の言葉。
「――俺は、まだ諦めていない」
「な、に……?」
言葉だけではない。
完全に朽ちてしまう直前だというのに笑みが浮かべられている。
「どういう……」
問い質そうとするがボロボロになって崩れる。
直後、眷属の5人も消えてしまう。
「終わった、んですか?」
「……分からない」
シルビアの質問に対して曖昧にしか答えられない。
迷宮にゼオンの反応は残っていない。それは迷宮主として断言することができる。
しかし、ゼオンの最後の言葉が気になって喜ぶことができずにいた。
「とりあえず疲れた」
「……ですね」
停止世界を解除すると体を地面に投げ出して横になる。
イルカイト迷宮攻略によって消耗した魔力が完全に回復し切らない状態での戦闘は本当にギリギリだった。
近くでバタバタと倒れる気配がする。
顔を向けてみればシルビアたちも倒れている。
「汚れるぞ」
「今ぐらいは許してください」
「そうそう」
「私たちも疲れているのです」
「色々とやらないといけない事も残っているけど、それは後回し」
「だね」
「……そうだな」
とりあえずの平穏は訪れてくれたと思ってもいいだろう。
次回から逆リザルド回です。
消えてしまったゼオンですが、復活する手段は考えています。ヒントは消化されていない謎です。
まあ、ラスボスとして復活するかは今後の展開次第ですね。