第39話 停止世界の戦い ⑤
至近距離でゼオンと剣を打ち合う。
両手で握っていた剣から左手を放し、右手だけで力を込めて伸ばした指を向けてくる。
「うおっ!?」
伸ばした指先から光の線が伸びてくる。
「――【停止】!!」
停止した世界で動いていた物が全て停止する。
剣を握っていた力を緩めて離れると光線の先から退避する。
「【始動】」
二度目の時間停止のみを解除する。
そうすればゼオンの放った光線だけが走って地面を穿ち、ゼオンも右手が込めていた力のせいで前へ倒れ込んでいく。
「お前……!」
目の前にいたはずの人間が一瞬で消えた。
すぐに再び時間を停止させたことにも気付いたはずだ。
「けど、残念だったな。もう停止した状態でもさらに停止させられることを認識した。次は潜り込んでやる」
「やっぱり、な」
ゼオンは【世界】について何も理解していない。
もっとも俺だって気付いたのは少し前の事だ。
「そう言うなら、もう一度斬り掛かって来ればいい」
「言われなくても!」
この世界から脱出する為には俺を倒す必要がある。
それに俺を倒せば迷宮の管理権が全て手に入るようなもの。
道具箱から槍を取り出す。投げやすさを重視した槍をゼオンに向かって投げる。
「そんな離れた所から投げても……」
5メートル進んでも停止しない。
理由は投げると同時に走り出した俺にある。
「一緒について行けば止まることもない」
イリスが見つけた遠距離攻撃方法を試す。
だが、真っ直ぐに飛ぶ槍は横へ跳んだゼオンの隣を通り過ぎていく。
回避されてしまった槍が空中でピタッと停止している。
「ふぅ、危なかった……!」
体勢が崩れたところへ剣を突き出す。
心臓を狙った突きが回避できずに胸の奥へ沈み込んでいく。
普通なら死んでいてもおかしくない攻撃。しかし、気力を振り絞ったゼオンの手が剣を握る手の上に置かれて掴まれる。
「つかまえた」
直後、ゼオンの体を中心に炎が燃え上がる。
「な、何を考えているんだよ!」
「迷宮主のお前を倒すには強い攻撃が必要になる。けど、魔法の類はほとんどが無力化される」
魔法の威力を上げてしまうと、どうしても広範囲に影響を及ぼす攻撃となってしまう。
たった5メートルしか猶予がないのに高火力の魔法を使えば本人も無事では済まない。
だから安全だと言えた。
だが、覚悟さえ完了してしまえば攻撃は可能になる。
「お前も無事では済まされないぞ」
「問題ない――ああ、俺は本当に問題ないんだ」
「おい……」
強い暗示を掛けている。
スキルの力だけでは耐えられない、だから『自分だけは炎に包まれても平気』という暗示を掛けることによって【自在】の効果を強めている。
【自在】によって本当に炎の中でも平然としていられる。
「悪いが焼身自殺がやりたいなら一人でやってな」
魔法で生み出した風の刃を左腕に当てる。
魔力を纏っていなければ腕を切断することもできる。
「バカな……俺と違って再生できる訳じゃないのに」
「こっちには優秀な奴がいるんだ。自分の力で元に戻せなかったとしても腕の1本ぐらいは安いものだ」
掴んでいるのが腕だけとなったことでゼオンが離れる。
ゼオンの胸へ目掛けて足を振り上げる。
直撃を受けるのは危険だと判断し、抵抗しようと腕を掲げている。
「――ちょうどいいタイミングだ」
その時、イリスから念話が届く。
「【始動】」
時が動き出す。
停止した世界から時の動く世界へ誘われたことで感覚の相違からゼオンが一瞬だけ呆けてしまう。
時間にすれば1秒程度。
しかし、蹴りを防御しようとしていたタイミングで1秒も呆けてしまうのは致命的だった。
「ぐっ……!」
呻き声を上げたゼオンが後ろへ大きく吹き飛ばされ、土壁に叩き付けられる。
「これは……」
しかも胸を貫通した神剣が土壁に突き刺さってしまい抜け出すことができない。
磔にされたゼオンが必死に剣を抜こうと神剣に手を添える。
「【停止】」
再び時間が停止する。
顔を上げたゼオンが見たのは右腕の切断した場所から血を流し続けている俺の姿。はっきり言って今にも倒れてしまいたいところだけど、それが許されない状況だというのは理解している。
「よう」
声を掛けると引き抜こうとしていたゼオンの手が止まる。
「この世界を俺以外だと眷属だけは自由に動くことができる。俺のスキルで停止させた世界だからな」
目には見えない繋がりが主と眷属の間にはある。
自身から魔力を伸ばすことによって遠くへも攻撃ができるようになるのと原理は同じだ。
というよりもメリッサは自身の内にある普段よりも強く感じられるようになった俺との繋がりから色々と思い付いていた。
「本質的に動くことができるのは俺一人なんだ」
重要なのは俺自身の魔力。
残っている左手に集中させると強く握り締める。
ゼオンが慌てて剣を引き抜こうとする。
「無駄だ。その剣の時間は停止している」
神剣はゼオン自身でもなければ、ゼオンの装備品でもない。
したがって【自在】の影響を受けることはない。
「だったら解除されるのを待つまでだ」
ゼオン自身も【自在】の影響を逃れて停止する。
いつまでも時間を停止していられる訳ではない。時間停止の影響を受けることのない俺はいつまでも血を流し続けることになるので危険な状態が続くことになる。
再び時間が動き出した瞬間を狙って貫通した神剣を引き抜くつもりでいるのだろう。
時間が停止した状態では干渉することすらできない。
「残念だけど一撃で終わる」
しかし、それは抜け道を見つけるまでの話だ。
「俺の魔力は停止した世界でも自由に動き回ることができる」
ただし、魔法のように別の力へ変換してしまうと時間停止の影響を受けるようになってしまう。
必要なのは純粋な魔力。
手に魔力の弾丸を生み出してゼオンへ放り投げる。
「……やっぱり弾かれるか」
時間の停止した対象へ干渉することはできない。
「もっと内側へ叩き込む必要がある……!」
やるべきことは最初から分かっている。
ゼオンの右胸へ拳を押し当てる。
拳に集中した膨大な魔力。それを全てゼオンへ送り込むつもりで叩き付ける。
「――【魔導衝波】!!」
拳からゼオンの肉体へと魔力が移動していく。
数秒後、風船が割れるようにゼオンの体に亀裂が走って粉々に砕け散る。
「【始動】」
「え……なぁ!?」
時間が動き出したことで自分の状態を認識できるようになったゼオンが驚く。
バラバラになった体。頭部は首から上の状態だけで吹き飛ぶことになってしまったため驚愕の表情を露わにしたまま宙を舞っている。
「元に戻れ--!」
叫びながら強く念じている。
しかし、ゼオンの体が元に戻ることはなくバラバラになった体がばら撒かれていた。
「どうして……」
今は『頭部だけでも生きていける』とスキルを働かせているため生存することができている。
けれども、首から下の感覚は全くない。
「もう、お前の体が元に戻ることはない。これより先へ進ませることも絶対にさせない」
次回、ようやく決着ですよ