第34話 創造神の祝福
イリスの魔法によって空中に先端が鋭い氷柱が何本も生成される。
氷柱が方向を変えると近くにいたシャルルへ向かう。普通ならシャルルに突き刺さるはずだが、5メートル進んだ所でピタッと止まる。
まるで時が止まったような氷柱。
「遠距離攻撃を相手に使うとこうなるんだ」
次々に同じような氷柱を生成すると包囲するように展開する。
気付けば20本の氷柱に取り囲まれており、時間を動かした直後に串刺しにされてしまう。
「時間停止の影響から逃れることができるのは私たち自身のみ。そして、飛ばした魔法も5メートル離れると時間停止の影響を受けるようになる」
「そういうことですか」
メリッサの展開した無数とも言える火球が敵の手前でピタッと止まる。
「えげつないな……」
彼らは何が起こったのか認識することなく攻撃に晒されることになる。
「けど、一番恐ろしいのはこいつだろうな」
至近距離からゼオンの顔を見る。
時間が停止しているせいで表情が変わることはないがタイミングを合わせる為に意識だけは働かせているはずだ。だから、何も対策することができないのに攻撃に包囲されている状況は理解できているはずだ。
何かをしようと停止した時間の中へ潜り込めば爆発に晒される。
「じゃあ、動かすぞ」
時が動き出す。
やはり状況だけは認識できていたらしく避難するよりも爆発に耐える道を選んでいる。【転移】が完了するまでに一瞬が必要になる。しかし、時間が停止した世界からの攻撃では一瞬を得る事すら許されない。
「が、はぁ……!」
全身に火傷を負うゼオンの体がふらつく。
だが、スキルが一瞬で元に戻してしまう。
さらに膨大な量の魔力が消費されて眷属の体も癒されている。
「ッゼオオオォォォォォン!」
雄叫びのような声でリュゼが主の名前を呼ぶ。
離れているため完全には癒されていない状態での叫び。本気の願望が込められている。
「さっさと戦えるようにしなさい!」
「分かっている!」
「……!!」
何かをするつもりだ。
「そんな時間は与えない」
文字通りに時間を停止させる。
時間の停止した世界の中でゼオンが俺へ顔を向ける。
「もう自分から止まるのは止めたんだな」
「アレはリスクが高いっていうことが分かった。けど、時間を稼いだおかげで俺も強くなったスキルに対応することができた」
「どういう……」
「マルス!」
ノエルの叫びに上へ跳ぶ。
慌てて下を見れば掴み取るように左腕を伸ばしたキリエがいた。
騒がしさを覚えて周囲を確認してみればキリエだけでなく全員が自由に動けるようになっている。
落ちながら体を回転させてキリエの頭部に向かって蹴りを叩き込む。
防御するキリエだったが、ダメージこそ免れたものの大きく吹き飛ばされる。
「ノエル、そいつは任せた!」
「え、うん!」
「俺はこいつの相手だ」
脚から魔力を地面へ送り込む。
すぐ後ろの地面から亀裂が30メートルの半円状に広がり、持ち上げるように地面が動く。
シーソーのような動きで俺が上、ゼオンが下になる。
落下するゼオンが剣を抜きながら地面に背中を向けながら剣を構える。
地面に対して垂直になった場所を駆け、神剣を何度も打ち込む。
攻撃の悉くがゼオンに防がれる。騎士になるため訓練を積んだゼオンと俺とでは技量に差がある。
それでも我武者羅に叩き込めば……
「これは……」
「よし、一撃入った」
地面に着地すると同時に跳ぶ。
お互いに反対方向へ跳んだことで対峙することになったゼオンの右肩を見てみれば浅くはあるものの斬られた傷が残っていた。
「この程度がなんだっていうんだ」
傷が【自在】によって消えてしまう。
「だが、効果は確実にある」
持ち上げられた地面が壁の役割を果たしている。
ただし物理的な壁など眷属との間にある繋がりを絶つ壁にはなり得ない。
「今もお前から魔力がガンガン供給されているな」
シルビアたちが奮戦して眷属に傷を負わせる度にゼオンの魔力を削ることができる。
「動けるようになったなら、こっちからも攻撃ができるようになったっていうことだ。ガンガン攻撃させてもらうぞ」
それこそが『無敵』とも言える【自在】の弱点と言えた。
眷属を得たことでゼオンにできることは増えた。どれだけ大きな力を持っていたとしても一人でできることには限りがある。だから、自分と共に在ってくれる者を求めて庇護下に置いた。
主と眷属は一蓮托生。どのような事が起ころうとも6人が常に一緒にいる。
だから【自在】は眷属も対象にしている。
けれども、それは6人のうちの誰か一人でも倒れた瞬間に全員が倒れることを意味していた。
「普段なら全く問題のない制約なんだろうな。けど、こっちも6人で各々が眷属を相手にできるだけの力を備えている」
眷属の相手は眷属に任せることにする。
「お前だって、せっかくのスキルが【自在】に破られているぞ」
相手の動きを止めてしまうスキルを発動させているにもかかわらず自由に動き回ることを許している。
「俺の願いは今も成就されている」
「なに?」
「『これ以上、敵を奥に進ませない』、その願いに呼応して生まれたのが時間停止を可能にする【世界】だ。スキルを使っている以上、逃げることができないお前たちは戦うしかない」
【世界】が発動している内は迷宮から出ることができない。
ゼオンたちを逃がしてしまう心配をすることはない。
「なるほど。少し追い詰め過ぎたか」
追い詰められたからこそ攻略を阻むことができるスキルを望んだ。
そう考えているんだろう。
「ま、さっきの願いはおまけみたいなものだ」
「その気持ちは分かる」
創造神の祝福は、与えられた者の根底にある願いを汲み取って、適したスキルを神が創造して与える。
限界に到達した時、俺の中にあった願いは、俺の世界に侵入したゼオンを止めること。
けど、それ以上に魂の奥底にあった願いがあった。
「俺の願いは『今』が続く事だ。貴族になりたいとか、有名になりたいなんて思わない。子供だっている、血は繋がっていなくても守るべき家族は増えたんだ。身近な人間が笑っていられるだけの日々が続けばいい」
それを壊そうとしているのがゼオンだ。
放置なんてできるはずがない。
「悪いけど、お前たちは危険だ。ここで排除させてもらう」
「ハッ、被害を受けるかもしれないから被害を受ける前に排除する……お前の、その考え方の方が危険だよ」
「それぐらい理解しているよ!」
同時に駆け出し剣をぶつけ合う。
衝突した際の衝撃で互いに剣を手放し、剣が宙を舞っている。
剣の飛んで行った方向は気にしない。空いていた左手を前へ向けて雷撃を放つ。
ゼオンが攻撃の為に準備していた岩弾に雷撃が当たり雷撃を散らしていく。
「こっちにも、どれだけの準備をしても足りないぐらいやりたい事があるんだ」
突き出される右拳。
体を傾けて回避すると、右足を蹴り上げる。
蹴り上げた足がゼオンを蹴るよりも早く風をクッションのように圧し固めたものに当たる。
「ハァッ!」
「かまわん」
風のクッションごとゼオンを蹴る。
飛ばされたゼオンの体が持ち上がった土壁へ叩き付けられる。
「それだ。【自在】なんて強すぎる力を手に入れたお前が何を望んでいる」
俺が『今』を望んだようにゼオンも何かを望んだことによって【自在】を手に入れている。
口の端から血を流しながらも立ち上がったゼオンが教えてくれる。
「簡単だ。お前が『今』が続く事を望んだなら、俺は『過去』を手に入れることを望んだ。けど、俺が手に入れた力じゃあ足りない」
今までに行った事のある場所へ移動でき、どんな状態へも回帰させることができる。
まさに『過去』を望んだから手に入れたスキル。
けど、ゼオンが本当に望んでいるのはそんな弱いスキルではない。
「その為に『柱』が複数必要なのか」
「ああ。ここが限界へ到達したことで世界を支える柱は3本になった。それでも俺の願いを叶えるには全く足りねぇな!」
チートスキルであろうと生み出すことができるのが創造神で、最もヤバイ神様です。