第32話 時の停止した世界
時間の停止した世界。
「あははっ、なにこれ面白い!」
微動だにしないリュゼの額をペシペシ叩いているアイラ。
ただし、叩かれたリュゼにダメージはない。
「硬い……ううん、『固い』かな?」
「止めておけ、時間が止まっているんだ」
時間が止まったことで相手は何もすることができなくなった。
だが、同時に止まった時間の中で動く俺たちも止まった相手へ一切の干渉をすることができなくなっている。
「こんなに強力なスキルを使って大丈夫なんですか?」
シルビアが不安そうに尋ねてくる。
スキルというのは強力であればあるほど何らかの代償や大きな消耗を強いられることがある。
広範囲に渡っての時間停止。
そんなに強力なスキルがデメリットなしに使えるはずがない。
「……普通ならそうなんだろうけど、デメリットが全く見つからない」
発動には魔力が必要になる。けれども、消費される魔力量は微々たるもので手の平サイズの火球を生み出すのと同等レベルでしかない。はっきり言ってスキルの効力を思えば少な過ぎるぐらいだ。
さらに何かを代償にしている様子もない。
「そして時間制限もない。俺が望むだけ時間を止めることができるらしい。
任意で時間の停止と再会を行うことができる。
「なにそれ!? 本当に強すぎでしょ!」
アイラが想像以上に強力なスキルに改めて驚いている。
「それが『創造神の祝福』……」
限界へ到達した瞬間の言葉は俺だけでなく眷属全員に聞こえていた。
気になる事があるらしくイリスが考え込んでいた。
「今はこいつらを救助するのが優先だ」
組み伏せられた雷獣や炎鎧、黄金の鬣。
今すぐにでも安全な場所まで移動させてやりたいところだが、時間停止の影響を受けているのが問題だった。
「どうやって動かすの?」
「それが問題だよな……」
停止している相手を動かすことはできない。
いくら無事だからと言って全員をこのままにしておく訳にはいかない。
「そうですよ。いつまでも時間を止めている訳にはいきません」
「どうして?」
「お忘れですか? この地下61階には誰も入ることができず、出て行くこともできません。それは、人の往来に限った話ではありません」
「そうか、魔力の移動もストップするのか!?」
メリッサの言葉に【世界】の欠点を気付かされた。
上層から最下層へと向かう魔力の流れ。今は時間が停止しているせいで魔力の流れも地下61階で完全に停止している。
今の状況は支出もなければ収入もない状態。
いつまでも時間を止めている訳にはいかない。
「まずは当初の目的を果たすことにしましょう」
倒れたまま動かない迷宮の魔物たち。
「どうしてこいつらは止まったままなんだ?」
シルビアたちは普通に動くことができている。
「眷属と魔物の違い。眷属が使えているのは迷宮主、けど魔物は迷宮に支配された魔物」
イリスの言葉を聞いて納得した。
「俺のスキルで時間を止めたから俺の影響を受けている奴しか自由に動くことができないっていうことか」
「自分たちだけでどうにかするしかないってことね」
ノエルの見ている先には直前まで踏み付けられていた雷獣がいる。
今にも力尽きてしまいそうな状態なのにゼオンへの闘志だけは彼の目から失われていない。
だが、彼を失う訳にはいかないのも俺たちも同様だ。
もう何も失う訳にはいかない。
「でも、動かせないと助けることができないわよ」
アイラが言うように時間が停止したままでは離すことができない。また、ゼオンたちに干渉することもできない。
何をするにしても一瞬。
「奴らは必ず隙を晒すことになる」
リュゼの前にアイラが立ち、キリエの前にノエルが立つ。二人とも武器を構えており、合図さえあればすぐにでも攻撃できる状態になっている。
俺もゼオンの前に立って神剣を振り下ろす。
「始動」
時間が再び動き出す。
「……!?」
迷宮主の異様なステータスが自分へ迫る剣を捉える。
ありえない……!?
ゼオンの視点から見れば直前の状況を考慮して防御する瞬間すらなく攻撃されているはずがない。
咄嗟に耐えるため魔力を左肩へ集中させている。
しかし、その程度の防御など無視して神剣は左肩から入りゼオンの体を斜めに斬り捨てる。
「勝った……」
他の場所を見ればアイラの剣がリュゼの首を斬り飛ばし、ノエルの錫杖がキリエの胸を貫いていた。
あまりにあっけない最期。
だからこそ……
「停止」
再び時間を停止させる。
「やっぱり……」
すぐに確かめたのは反対側にいたシャルルたち3人の表情。
3人とも突然の事態にゼオンの方へ顔を向けていた。あり得ない光景を前にして驚いていたものの、斬り捨てられた瞬間を見ても悲壮感はなかった。
まだ状況を理解していない可能性もある。
「始動――停止」
時間を2秒だけ進めてから停止させる。
「ねぇ、こいつらどうやって倒せばいいの?」
「即死しか通用しないから即死する攻撃したはずなんだけど」
たった2秒ほど。
その間に頭を斬り飛ばされたリュゼの首には元に戻った頭部があり、キリエの胸はノエルに貫かれた胸が塞がりつつあった。
そしてゼオンが問題だ。斬られた体は既に元に戻っている。
「もう1回時間を進める。離れていろ」
あまりに異様な光景。
ゼオンの傍を離れてから様子を見るため時間を再始動させる。
「……! 停止!」
「ちょ、どうしたの!?」
再び動かしていた時間は一瞬――1秒にも満たない時間だ。
様子見とは思えない様子にアイラが慌てている。
「……見たか?」
「何を?」
「私は見ていた」
イリスは見ていてくれたか。なら、俺の勘違いということもない。
「時間を再始動させた瞬間、ゼオンがマルスの方へ顔を向けていた」
「そりゃ、近くに敵がいれば警戒もするじゃない」
「そういうレベルの反応じゃなかった」
時間を再始動させた瞬間に体を向けてきた。
先ほどの行動には『相手の位置を確かめる』という行動がなかった。なによりも目の前からいなくなったことを最初から分かっていたようだった。
「気にしすぎじゃない?」
全く動きのない世界に対してアイラは安心し切っていた。
だが相手はゼオンだ。警戒のし過ぎということはない。
「まあ、こいつらの不死のカラクリは分かった」
時間を再始動させていた数秒の間にゼオンからリュゼとキリエに魔力が糸のように伸びて流れている。
時間が経てば経つほど多くなっている。
「どうやら即死レベルのダメージを負った際には眷属へ自動で魔力が流れて傷を一瞬で癒してしまうようですね」
「なにそれ!? そんなのどうやっても倒すことできないじゃない!?」
「そうでもない」
時間を始動させると同時にゼオンの体を蹴り飛ばす。
時間が動いている間にリュゼとキリエの体が完全に癒される。
「停止」
再びの時間停止。
「こんなに強力なスキルが何の代償もなしに使えるはずがない」
ゼオンの【自在】は俺の【世界】と同様に限界まで到達したことで得られたスキル。
迷宮主として与えられたスキルは迷宮の外で使用した場合には何らかの制約が課される。
「傷を癒す為には膨大な魔力を消費することになる。しかも、自動で発動するから自分の意思で止めることはできない。おまけに癒す相手から離れれば離れるほど大きく魔力を消費することになる」
今みたいに離してしまえば魔力の消費は大きくなる。
それに眷属を孤立させた状態で倒せばスキルは発動しないかもしれない。
だが、この時が止まった世界でできることは少ない。
「もう一度同じことをするぞ」
今度はシャルルやテュアル、オネットへも武器をシルビアたちが向けている。疲れているイリスが心配だが、安全が確保された世界なら問題ないだろう。
「始動」
時が動き出すと同時に武器が相手の体を傷付ける。
俺の神剣もゼオンの右肩へ入っていく。
「……やっぱり、見えているな!」
剣がわずかに入った所でゼオンが自らの剣で止めようと剣を構える。
「時を止める――それが、お前の手に入れた力か」
それまでに見たことのない力強い眼光。
「停止」
目の前で浴びせられたことで恐怖から時間を止めてしまう。
神剣をゼオンの体から引き抜いて離れる。
「……そっちは大丈夫か?」
「……ダメ。もう再生が始まっている」
迷宮主の魔力量を考えれば何回かは再生させることができる。
だが、それは一連の行動を繰り返さなければならないことを意味していた。
「マルス!!」
リュゼの叫び声にハッとさせられて後ろに剣を構えて防御する。
時間が止まったことで音のしない世界に金属が打ち合う音が響く。
「お前……!」
振り向いた先にいたのは剣を振り下ろした全快状態のゼオン。
「どうして動ける!?」
俺の【世界】で動ける者は身内以外にいないはずだ。
「悪いな。俺は『無敵』だ」
時間停止→無敵というコンボ