第31話 被攻略中の拡張
ゼオンたちがアリスター迷宮の攻略を開始した頃。
「現状では私たちに彼らを止める術はありません」
それがメリッサの出した結論だった。
「なら、止められる術を手に入れるまでです」
「そんな簡単な話じゃないだろ」
「そうでしょうか? 私は【自在】というスキルを聞いた時に強すぎる、と思い詳細を聞いた時に逸脱し過ぎているように思えました」
メリッサの推測は正しかった。
できる事を知れば知るほど厄介なスキルだということが分かるばかり。
「どうにかして匹敵するスキルを手に入れましょう」
「それこそ無理だろ」
「本当にそう?」
そうしてイリスから二つの可能性が提示される。
「……賭けるしかないか」
後は、どうにかして迷宮を地下100階まで拡張させる。
「だけど、どうやって拡張させる?」
現在、迷宮の深さは地下90階。
さらに10階層を拡張させる必要がある。
「まずは、今回の迷宮攻略で手に入った物を魔力に換えてしまいましょう」
イルカイト迷宮では様々な物が手に入った。
とくに迷宮の力を最も受けていたオーガマスターに埋め込まれていた偽核には単体で階層を追加できるだけの力が最低でもあるはず。
ただし、偽核の使用には慎重にならなければならなかった。オーガマスターに自覚はなかったが、埋め込んだのはゼオンだ。なら、何かしらの罠が施されている可能性から罠の有無を確認しなければならない。
「だけど、そんなことを言っていられる状況じゃない」
詳しく調べていない。それでも表面部分を【鑑定】で調べた限りは罠らしいものを見つけることができなかった。
リスクを承知で【魔力変換】を行う。
「……どうやら罠はないみたいだな」
迷宮の為にオーガマスターという存在を生み出したのだろう。
「いえ、分かったのはそれだけではありません」
メリッサが迷いながら呟いた。
聡明なメリッサが迷いながら自分の推測を述べる、というのは珍しい。それだけ切羽詰まった状況だと言える。
「こんなに便利な物を簡単に渡してしまえるのですから、もしかしたら使われる事も込みだったのかもしれません」
「……乗っ取りか?」
「はい」
たとえ渡したとしても後から奪い取ればいい。
「劇的な収入にはならなかったのですよね」
『うん、そうだね。他の財宝に比べれば凄い魔力量を持っている。けど、これだけなら2階層の追加が限界だろうね』
他の財宝と合わせても5階層の追加が限界。
もし、100階へ到達することで凄いスキルが手に入るんだとしても足りず、再び手に入れるのは至難となっている。
「向こうには時間的な余裕があった訳です」
おそらく俺たちの迷宮がどれほどの深さがあるのか事前に調べている。
その上で限界に到達することはない、と判断して放置していた。
「ですが、私たちが向こうの想像以上に動けてしまったので焦っているのです」
事前の準備もなしに迷宮へ挑んでいる。
不利な状態からでも攻略できるだけのポテンシャルを持つゼオンたちだからこそ余裕がある。
「私たちのすべき事は敵が焦っている内に100階まで到達してしまうことです」
「でも、足りないんじゃ……」
チマチマと稼いで到達するのは不可能。
そうなると地下100階まで到達することができる可能性は一つだけ――【魔力変換】によって必要な魔力を得る。
「いや、屋敷にある金銀財宝を掻き集めたとしても必要量を得ることはできないだろ」
必要になった時に備えて屋敷に金銀財宝を隠してある。
全てを売り払えば『質素に暮らすなら』という条件がついてしまうが、一生を終えられるだけの財産はある。
ただし、それでも今必要としている量には足りない。
「……もしかしたらトラウマになっているのかもしれません。これまでの言動を思い返してみても避けているところがありました」
「なんだよ」
「手元にないなら借金をすればいいのですよ」
☆ ☆ ☆
メリッサの空間魔法。
あちこちへ自由に飛び回ることができるため辺境からグレンヴァルガ帝国の帝都へ一瞬で移動することも可能だ。
他にもイシュガリア公国やメンフィス王国、レジュラス商業国といった今までに訪れたことのある国へ赴き、縁のある人物へ話せる範囲で現在の状況について説明していった。
同じ迷宮主であるリオと聖女であるミシュリナさんは率先して協力してくれ、メンフィス王国へは復興の手伝いを条件に宝物を譲ってもらい、レジュラス商業国からは借金をした。膨大な金額だったが、俺たちの懐へは定期的な収入が転がり込んでくる。グレンヴァルガ帝国との間に締結された約束であり、商人たちは快く貸し出してくれた。
――だが、それでも足りない。
「先の事は考えずに今を生き残ることを考える!」
イリスが行っているのは迷宮にいる魔物や罠を魔力に変換してしまうこと。
迷宮を維持する魔力量を減らすことができ、ある程度は回収することのできた魔力を迷宮の拡張へ回すことができる。
「……ごめん」
ただし、この方法には操作者へ心情的な負担が掛かる。
涙を流しながら魔力へ換えていくイリス。迷宮主や権限を与えられた眷属の判断によって消去されている魔物たち。操作一つで完了する簡単な作業なのだが、それでも自分で消していることには変わりない。
「仕方ないわよ。イリスが迷宮眷属になってから3年ぐらい経っている。たぶん、あたしたちの中で一番迷宮に愛着があるのはイリスなんじゃない?」
俺以外に唯一【迷宮操作】のスキルを持ったイリス。
彼女だけは俺の許可なしに迷宮を操作することができる。むしろ迷宮の操作なら主である俺以上に長けたところがある。
それというのも責任感の強いイリスは自分のスキルを十全に活かすため迷宮について細かく調べていたからだ。時には罠のある場所へ直接出向いてどんな罠がどのように作動するのか確認し、魔物が戦い易い状況や環境を交流することで確認していた。
今、イリスは思い入れのあるものを消去している。
普段は冷静に徹している彼女でも感じずにはいられなかった。
☆ ☆ ☆
「発動――【世界】」
スキルを使用した瞬間、動いていた全ての物が停止した。
【世界】。
一定範囲内の時間を停止させることができるスキル。迷宮の外で使用した場合には何かしらの条件や制限が付くのだろうが、そこまで検証していない。
迷宮内で使用した場合は、指定した階層の時間を止めることができる。
「つまり、今は地下61階の時間が停止している」
時間が停止しているため内部から出ることはできず、外部からの侵入も完全に遮断してしまう。
「どうやら賭けには勝ったみたいだな」
【自在】に匹敵するスキルを手に入れた。
一番苦労したイリスには後で何らかの方法で報いた方がいいだろう。
「うわ、本当に止まってる!」
「……わたしたちは平気みたいだね」
アイラとノエルが地下61階へ移動してきた。
どちらも時間が停止した様子はない。
気になるのは二人に支えられてまで移動してきたイリスだ。見るからにグッタリしている。
「どういう風になったのか自分の目で見てみたかったようです」
「私たちが警戒しているので問題ありません」
同じように移動してきたシルビアが事情を教えてくれ、メリッサが穏やかな表情でありながら周囲を警戒していた。
とはいえ警戒は必要ないかもしれない。
「何を警戒すればいいんだ?」
俺たち以外に停止してしまっている何を警戒すればいいのか……?
今も悩んでいますが、スキル名にルビは振るべきでしょうか?
もちろんルビは英語です。