第30話 管理権移譲交渉
地下61階の状況は惨状と言っていいほどだった。
最下層にある神殿から見させてもらっていたが、実際に自分の目で部下である魔物が踏み付けられている光景を見させられると思うところがある。
「出てきてくれて本当に助かった。実力を考えれば、こいつらがこの迷宮の最大戦力だろ。もう互いの実力差は分かったはずだ」
「……何が目的だ?」
「迷宮の管理権を寄こせ」
俺に迷宮主を辞めさせ、自分が迷宮を乗っ取る。
これ以上、攻略の妨害をしても意味がないと言っている。
「受け入れられる訳がないだろ」
迷宮主を辞める事は死を意味している。
さらに眷属も道連れにしてしまうため絶対に受け入れられるはずがない。
「安心しろ。迷宮主の権限を委譲する方法を知っている。辞めた後は迷宮の恩恵を受けられなくなるが、死ぬような事にはならない」
何らかの方法で実験をしたのか確信のある言い方だ。
力によって迷宮主の権限を奪われてしまった場合には死を避けることができない。だが、任意で権限を譲れば命だけは助けてもらうことができる。
たしかに魅力的な提案かもしれない。
「やっぱり断らせてもらうことにする」
「……理由を聞かせてもらおうか」
「ぐぁ!」
悲鳴を聞かせる為に雷獣の胸を足で強く押し付ける。
もう念話で自分の想いを伝えることすらできないほど傷付いている。それでも俺へ向けた視線で『構うな』と訴えている。
雷獣の頼みだ。聞き入れない訳がない。
「まず、お前が俺との約束を守る保証がない」
「弱くなったお前なんて倒す価値もない」
「けど、生かしておく理由もない」
契約は互いの間に信頼できる『何か』があるからこそ成立する。
俺以上に迷宮や迷宮主の力に詳しいゼオンなら魔法によって誓約をしたとしても何らかの方法で破棄することができるかもしれない。
かもしれない。
その言葉が存在するうちは対等でない契約を結ぶことはできない。
「ま、もう一つの理由の方が切実なんだけどな」
「切実な理由?」
「迷宮主を辞めたら収入が減るだろ」
「……は?」
弱くなれば今までのように稼ぐことができなくなる。
それに迷宮主でなくなる事などあり得ないのだから、迷宮主である事を前提に人生設計を行っている。
「うちは既に5人も子供がいるんだ。いや、ノキアちゃんの養育費とかもノエルが負担しているみたいだから実質7人いるようなものかな」
ノンさんの産んだノメちゃんも含めれば7人の子供がいる。
これからの事を考えれば収入を減らす選択肢はない。
「まさか『収入が減るから』なんていう理由で断られるとは思ってもいなかった」
ゼオンだけでなくリュゼたち眷属まで俺の答えを聞いて笑っている。
「いや、切実な理由だぞ」
「その理由のせいで全てを失うことになるぞ。実力差も理解できたはずだ」
「ちょっと気になる事があるんだよ。お前の【自在】は強すぎるだろ」
どんな状態からでも望んだ状態へ復元させることができる。
望んだように存在感や強さまでも調節することができる。
迷宮主になって手に入れたスキルらしいが、どうにも腑に落ちない。
「もっと言えば俺やリオに比べて強すぎる」
疑問を呈したのはメリッサだ。
そして、可能性を提示したのはイリス。
「考えた可能性は二つ。一つはイルカイト迷宮が特別だった」
先代迷宮主であるアムシャスが持っていた【掌握】というスキルも十分に強い。
なら、同じ迷宮の主になった者としてゼオンの持っているスキルが強すぎるのにも納得できる。
ただし、この場合だと俺たちにはどうすることもできない。
「だから二つ目の可能性に賭けてみることにした。こっちの可能性なら俺たちにもどうにかすることができるからな」
「まさか……」
「ボロを出してくれた奴がいたみたいで助かったよ」
「しまっ……!」
正面にいるゼオンは全く反応を示していない。
しかし、後ろにいたキリエは俺の言葉に思わず反応してしまった。
「どうやら二つ目の可能性で正しかったらしいな」
「お前……」
「迷宮を地下100階まで拡張させる――それが強力なスキルを手に入れる条件だな」
俺やリオとゼオンを比べた時、何か決定的な違いはないか?
さすがに迷宮そのものはどうしようもなかったが、拡張させるだけで強力なスキルが手に入るなら対処は簡単だ。
「ここも地下100階まで拡張させる。そうすれば【自在】に匹敵するスキルが手に入る」
「……さっさと行くぞ!」
雷獣の上から退いて先へ進もうとする。
主の言葉に全員の視線が俺から逸れる。その隙を逃さず飛び込むと神剣を振り下ろす。
しかし、直前で気付いたゼオンによって剣で受け止められる。
「もう少し俺の話に付き合え」
「そこまで分かっているなら猶予はない」
「いや、もう手遅れなんだよ」
撤退もさせるつもりはない。
今はもう少しだけ俺に注意を惹き付けておく必要がある。
「まさか、もう……いや、そんな簡単じゃない!」
「お前は【自在】を地下61階から簡単に攻略を再開させることができる。転移結晶に特別な仕込みをしたとしても無意味に終わる」
侵入を阻む方法は存在しない。
そして、迷宮主の権限を譲るつもりもない。
「なら俺にできる事は一つだ。この場でお前たち全員を倒してしまうか、絶対に敵わないと認めさせる必要がある」
どちらにしても圧倒的な実力差を見せる必要がある。
「チッ、迷宮の簒奪は諦めた方がよさそうだな」
攻略の中断を決意する。
今は自分の迷宮へ逃げ帰ったとしても攻略を再開させることはできる。
「ちょっと遅かったみたいだな」
迷宮主と迷宮眷属だけが見ることのできる迷宮の状態を示した半透明な情報板が目の前に現れる。
ゼオンたちには見えない。それでも俺の視線から情報板を見ている事を悟った。
「どうするの!?」
「さっと帰るぞ」
「こいつらは!?」
「無視しろ!」
さすがに何が起こるのか分かっている奴は判断が早い。
ゼオンやリュゼ、キリエが押さえ付けていた魔物たちから足を退ける。【転移】で自分たちの迷宮へ逃げ帰ろうとしていたのだろうけど、生きているウチの魔物を連れて移動することはできない。
足を退けた後でスキルを使用する必要がある。
時間にすれば1秒ほどの隙。その隙を衝いて押さえ付けられていた魔物たちが攻撃する。回避され、防御されたことでダメージを与えることはできない。
それでも逃げるのを阻止することには成功した。
「なるほど。こうなるのか」
情報板に普段は見ない文章が表示されていた。
――限界拡張おめでとうございます。
『限界到達者』の称号と共に、創造神より祝福が与えられます。
祝福、というのが新たに手に入れられたスキルだろう。
使い方と効果が頭の中に流れ込んでくる。
「どうやら到達者の特性に合わせて特別なスキルが与えられるみたいだな」
満身創痍の体で飛びついた雷獣にゼオンの剣が迫る。
炎鎧と黄金の鬣もギリギリな状態であり、賢竜魔女が魔法で支援しているような状態だ。
「よくやってくれた。お前たちは本当に必要な一瞬の時間稼ぎをしてくれた」
まずは全員を助けることにしよう。
チートスキルVSチートスキル
マルスの手に入れたチートスキルについては次回!
まあ、ヒントは今章のタイトルに散りばめていましたけどね。
ちょっと不自然だったのはマズかったですね。