第11話 世界を越えて
「見えてきました」
午前中も使って必要な物を取り揃えると地図を見ながらの移動だったため夕方になる前にはどうにか目的地へ辿り着くことができた。
「これが次元遺跡か……」
目の前にある空間を見ていると不思議な思いに駆られる。
数週間前に討伐依頼でこの場所を通った時には何もない草原だったはずだ。
だが、今は何もなかったはずの場所に高さ4メートル幅10メートルぐらいある光の膜があり、膜の外側には普通の草原が広がっているにも関わらず膜の内側の向こう側には林が存在していた。
この膜が世界の境界線というわけか。
「どうも」
境界線の前には2人の兵士が立っていた。
アリスターの領主として伯爵の方でも何かしないといけないので一般人が無暗に立ち入らないように兵士を交代で立たせている。
「見たところ冒険者のようだが、ギルドで依頼を受けた者かな?」
「はい。これが証拠になります」
ルーティさんからもらった依頼票を見せる。
それで納得してくれたのか道を開けて通れるようにしてくれた。
「行くぞ」
世界を越える為の1歩を踏み出す。
そこで、俺たちの頭に煩い声が響き渡る。
『ねぇ、本当に行くつもりなの?』
声の正体は迷宮核だ。
迷宮核は、こんな今にも世界を越えようという段階にもなって俺たちを止めようとしていた。
『もうギルドで依頼の受理だって済ませているんだから拒否できるわけがない。大人しく数日間は静かにしてろ』
人のプライバシーを勝手に覗いてくるような奴とはしばらく関わらない。
シルビアたちも覗かれていたことを怒っているのか何も言ってこない。
近くに兵士もいるので受け答えは頭の中だけでする。
『待って、本当に謝るから――』
世界を越えた瞬間、迷宮核の声が途絶えた。
他には世界を越えたと分かるような感覚はなく、ただ草原を歩いていたらいつの間にか林の中へ移動していたような感じだ。
けれど、監視の目がなくなったような気がして開放感があった。
「とりあえず遺跡へ向かってみることにするか」
詳しい場所については知らされていないが、100メートルほど先に林の木よりも巨大な建造物があった。
おそらく、あれが次元遺跡だろう。
「なんか小さな村ができているんですけど」
村、というよりは活気のある商売がされていることから町と表現した方がいいだろう。
ギルドで聞いた話によれば遺跡に挑む冒険者の数は50人ほど。
そこにギルドから依頼された商人が食糧品の配達などで何人か訪れることになると聞いていた。
だが、実際には遺跡の前に倍の100人近い冒険者がおり、あちこちで商人が露店を開いて商売をしていた。食糧や酒、探索に必要な道具が売られているのはまだいい。問題は、娼婦のいるテントまであることだ。
こんな場所で商売をするのか?
そんなことを考えていると鞘に入れられた状態のままアイラが剣で俺の後頭部を叩いてきた。俺のステータスなら耐えられなくはないが、相手のステータスも高くなっているので普通に痛い。
「何するんだよ」
「あんたが失礼にも見ているからでしょ」
「いや、俺はこんな場所で普通に商売が成り立つのか気になっただけで……」
「ふんっ」
再び剣を振り下ろしてきたので今度は両手で受け止める。
「アイラ、嫉妬はそこまでにしたら?」
「あたしは別に嫉妬しているわけじゃなくて……」
「私たちも似たような気持ちですから否定したところで意味はあまりありません。それよりもこんな場所で八つ当たりをする方が見苦しいです」
シルビアとメリッサの2人から注意をされてはアイラも引き下がるしかない。
とはいえ、俺にも責任はある。今後は視線の先にも注意を払わなければならないみたいだ。
「おっ、最後の冒険者が来たみたいだな」
「ブレイズさん」
聞き覚えのある声のする方を向けば何度かお世話になった先輩冒険者のブレイズさんがいた。
「ブレイズさんも遺跡調査の依頼を受けられたんですか?」
「ああ、俺たちは2日前から現地入りしている」
ギルドは実力のあるパーティへ優先的に声を掛けているが、別の依頼を受けていてすぐに都合が付かない場合などがある。
だが、依頼を受ける全員の条件を同じにする必要があったため遺跡に入れる日が事前に決められていた。だから、その日である明日までは2日前には来ていたブレイズさんたちも遺跡の中に入ることができない。ま、俺たちの前日入りもけっこうギリギリだ。
「俺たちは、ギルドからもう1組遺跡調査の為のパーティが来るって聞いていたんだが、まさかお前たちか?」
「そうですよ。一応ルーティさんから昨日話をもらって来ました」
「また、随分と早い話だな」
「早い?」
「遺跡の確認が最後にされたのが1年半前の話だ。で、冒険者になって1年も経っていないマルスたちは、遺跡調査はこれが初めてだな」
「そうです」
「普通は、初めての遺跡調査ならあいつらみたいなことから始めるんだよ」
あいつら――ブレイズさんの示す方向を見てみると遺跡調査に選ばれるほど強いとは思えない冒険者4人が見たことのない狼型の魔物と戦っていた。しばらく見ていると数分掛けて、ようやく倒すことができていた。
「彼らは?」
「遺跡調査ができるほどの実力はないが、魔物退治はできるだけの実力を持った冒険者たちだな。遺跡の外では普通に魔物が出てくるから商人や休憩中の冒険者の護衛が初めて遺跡調査に訪れた奴らの仕事だ」
それで、遺跡調査に選ばれた冒険者よりも多い数の冒険者がいたのか。
そしてブレイズさんが言いたいことも分かった。
本来なら冒険者になって1年も経っていない俺は初心者のはずで、現に遺跡調査には今回が初参加になる。普通に考えれば彼らと同じように外で魔物の相手をするはずだ。そうして遺跡調査のやり方を見ながら覚えた冒険者が次の機会には、遺跡調査へ参加する。
けど、一端だけとはいえ俺たちの実力を把握しているルーティさんは、その仕事を飛ばして遺跡調査を回してくれた。
正直言って外で魔物を狩るような退屈な仕事だったら断っていた。
「それにしても遺跡の前だって言うのに随分と賑わっていますね」
「遺跡の規模によっては数日で探索が終わってしまうことがあるらしい。で、遺跡から街までは数時間かかる。馬車に戦利品を乗せて移動すれば重さのせいでもっと時間が掛かることだってある。で、探索に数日も費やすことができないのに戦利品は早い者勝ちだ。そうすると街に帰る時間すら惜しくなるのさ」
それで現地で買い取る為に商人が直接訪れている。
商人の方だって現地で直接交渉した方がいい物が手に入るだろうし、輸送費は掛かるかもしれないが交渉も有利に進めることができる。
「じゃあ、あの娼婦たちは?」
「数日とはいえこんな場所にいるんだ。娯楽ぐらいないとすぐに破綻するぞ」
つまり、商売として認められているからここにいるというわけだ。
「ま、お前には必要なさそうだな」
ブレイズさんの見ている先には俺のパーティメンバー3人がいた。
俺も数日前までなら簡単に否定していたところだが、今となっては否定すると女性陣から冷ややかな視線を向けられてしまうので否定することもできない。
「こら、ブレイズはなんてことを言っているの!?」
「わ、久しぶり」
そこへブレイズさんのパーティメンバーである魔法使いのマリアンヌさんと錬金術師のリシュアさんが合流してきた。
同じ女性が現れたということでシルビアたちも挨拶をする。
「へぇ~、マルス君がどんな人とパーティを組むのか気になっていたけど、まさかハーレムパーティを組むなんて思っていなかったな」
「本当に偶然なんですけどね」
彼女たちとパーティを組んだのは偶然だが、男性とパーティを組むつもりは最初からなかった。俺のパーティメンバーということは、自然とメンバーは俺の眷属になる。何が悲しくて男を眷属にしなくてはならない。
「えっと、今回の依頼でもそうだけど、一緒になることがあるかもしれないから今後ともよろしくね」
「はい、お願いします」
マリアンヌさんがシルビアたちと握手をしていく。
アイラの後でメリッサとも握手をした瞬間、マリアンヌさんが急に手を引く。
「どうした?」
普段とは違う様子にブレイズさんが尋ねている。
俺たちもマリアンヌさんが何に驚いて――怯えたのかが分からない。
「ごめんなさい。凄い魔力を持っていたからビックリしちゃって」
「それは、私の方こそ申し訳ありません。ちょっと人より魔力量が多いので、魔法使いなこともあって反応させてしまったのかもしれません」
「それにしては……2000とかありそうね」
ごめんなさい50000以上あります。
「それで最低限確認しておきたいんですけど、あれが遺跡ですか?」
「そうだ。今回はちょっと規模が大きいな」
林の奥には30メートルほどの高さがある石のブロックを積み上げて造られた建造物があった。