第25話 亡者の支配する世界-後-
アリスター迷宮地下60階。
58階と59階もそうだったが、階層を移動した直後に地中からゾンビやグールといったアンデッドが現れる。目で捉えることはできないが、気配を辿れば周囲にゴーストが漂っているのを察知することができる。
数百体というアンデッド。それぞれは大したことないが、自分たちの100倍以上の数が集まれば脅威……にはならないが、対処が面倒になる。
「チッ、面倒な奴らだ」
ゼオンが剣を掲げると剣に白い光がどこからともなく集まり剣に宿る。
不浄な存在であるアンデッドは存在しているだけで周囲に害を与える。そのためアンデッドが好んで生活している場所である墓地のような場所は穢れている。
だからといって清浄な力が何もない訳ではない。ただ、アンデッドの放つ力に散らされてしまっているだけ。
「消えろ」
こうして剣へ集中させることでアンデッドの大群を一掃することができる攻撃を放つことができる。
掲げた剣から光が迸り巨大な剣の形になると、振り下ろされた剣から放たれた光がアンデッドを消滅させる。
「こんな使い方していいの?」
それなりに魔力を消費する戦い方。それでも先へ進む上でアンデッドを一掃するのは安全面を考慮すれば間違っていない。
「あん? そんな事には構うな」
苛立ちを隠すことなく先へと足を進める。
「こんなにイライラさせられたのは『あの時』以来だ」
『……それは申し訳ないことをした』
地中から次々と現れるゾンビたち。その中心に黒い靄が集まって黒いローブを纏った骸骨の魔物が形作られる。
「ようやく出てきたな。けど、このまま他のアンデッドに任せて自分は安全な所から戦いを眺めているものだとばかり思っていたぞ」
『儂もそのつもりだった。だが、主が儂の行動に憤りを覚えていた。迷宮主として作戦には賛同してくれたが、個人的な心情としては納得できなかったらしい』
あの人も甘い、そんな考えがアンデッドエンペラーの頭に過ぎる。
『もっとも儂はそれでも構わないと考えている。そんな人であっても支えるのが迷宮の魔物の役割だ』
「話はそれだけか?」
アンデッドエンペラーもアンデッドであることには変わりない。
先ほどと同じように剣へ【聖】属性の力を溜める。苛立つことになったのはアンデッドエンペラーの計略が原因。なら、苛立ちをぶつけるにはちょうどいい相手。
掲げられた剣が振り下ろされる。
『儂も簡単にやられてやるつもりはない』
振り下ろされる巨大化した剣に対して手を掲げる。
周囲にいたゾンビやグールたち、さらにゴーストまで同調するように剣へ顔を向ける。アンデッドにとっては致命傷どころか消滅させられてしまう光を直視する。そこにアンデッドたち自身の意思はない。
『この手に光を断ち切る闇を』
ゾンビたちの体から黒い靄が溢れ出してアンデッドエンペラーの手へ集まると鎌の形になる。
真っ黒な鎌が振り下ろされる。
光の剣が切断されて光がアンデッドエンペラーの左右へ落ちる。
『さすがにコレをまともに受けるのはマズいか』
「今のは……」
『アンデッドの身にある瘴気を吸収して生み出した斬撃だ』
一撃に凝縮させることで浄化の光にも耐えた。
けれども、たった一撃を防いだだけで数十体のアンデッドを犠牲にして生み出した刃が欠けてしまっていた。
「あと何発耐えられるかな?」
キリエから神気が送られる。
たった一撃を耐えるだけで精一杯のアンデッドエンペラーだが、ゼオンの方は余裕がある。
『分かっていないな』
ゾンビたちが飛び出してきた場所から再びゾンビが出てくる。
『浄化の力も地中の深い場所までは及ばない』
地面へ叩き付けた時の衝撃で浄化の光を周囲に拡散させる。地表付近は浄化の力を及ばせることができるが、深い場所まで光が届かないため地中深くに埋められていた死体は飛び出してきていた。
『何発であろうと付き合ってやろう』
「残念だけど、もう撃つ必要はない」
魔剣を手にしたリュゼがアンデッドエンペラーの横に現れる。斬るだけで浄化することができる剣。正面を向いたままのアンデッドエンペラーには反応する様子がない。
たった一人で6人を相手にしようとしているのは無謀にしか見えない。
『儂は軍勢を率いる者だぞ』
アンデッドエンペラーの体から靄が飛び出し、人の形になるとリュゼの魔剣を受け止める。
「デーヴァ将軍!」
斧で受け止めたのは巨漢の男。
ガルディス帝国の将軍だった男で、黒姫と呼ばれていた頃のリュゼが敵わなかった相手。生前の頃の技術をそのまま持ったデーヴァが斧でリュゼの魔剣を受け流す。まさか再び会えると思っていなかった相手を目にしたことで動揺したリュゼが受け流されてしまう。
無言のまま斧が振り下ろされる。魔剣を使ってやり過ごすと地面を転がって斧から逃れる。
『まだまだいるぞ』
武器を手にした者が十数人現れる。いずれもガルディス帝国では名の知れた騎士や将軍で、既に亡くなった人たちだった。
「あなたは……」
その中の一人にゼオンの視線が釘付けになった。
建国時に最も貢献した人物で、剣を用いて戦えば天下無双だとまで言われた騎士だった。
『さあ? 詳しくは知らないが、一人だけで豪華な墓に入れられていたから死体を一部だけ拝借させてもらった』
貢献してくれた事を鑑みて帝城内にある庭園に墓を用意されていた。
誰も近寄ることがなく、誰からも忘れていたからこそ強い執念を抱くことになった。
『もう分かっているだろ』
彼らはリュゼと同じようにアムシャスの【掌握】によって洗脳させられていた人物。
自分の意思などなかった人生を悲観して恨みだけが残っていた。
『儂の力で強化されている。今までに倒して来たアンデッドと同じだと思わない方がいいぞ』
アンデッドエンペラーが連れて来たのは特別な死体だけではない。
亡くなってしまった多くの人の無念が宿った魂も回収しており、先ほどよりも黒くなった瘴気が鎌に宿る。
『今のあの国ほど瘴気で穢された場所はない。お前たちは自分たちの生み出した瘴気を利用されることになる』
「上等だ。そこを通してもらおうか」
☆ ☆ ☆
ゼオンの斬撃によってアンデッドエンペラーの腕が斬り飛ばされる。
リビングアーマージョーカーの時と同じように空中を舞う鎌を手にした腕。端には瘴気が糸のように繋がっており、引き寄せて接合するつもりでいた。
しかし、剣から放たれた浄化の光によって鎌と一緒に消滅させられてしまう。
腕を失くしたアンデッドエンペラー。膨大な瘴気を補充して休息する、もしくはマルスに頼んで魔力を補充してもらうことによって再生させることは可能だが、そんな暇をゼオンが与えてくれるはずもない。
周囲を見れば十数人もいた英雄が全員倒されていた。
アンデッドになったことで苦痛を感じなくなり、特別製となるようアンデッドエンペラーの力を注がれた。
それでも迷宮眷属に勝てるほどの力は得られない。
「残念だったな」
『そうでもないさ』
息を切らしながらゼオンが剣を突き付けている。
アンデッドの皇帝を相手にしたため魔力と神気を惜しみなく使った。
「この程度ならすぐに回復する」
『いや、儂の目的はここで足止めすることだ』
最後に残っていた騎士もリュゼの魔剣に斬られて消滅する。
『どうやら儂は消えることを許可されないらしい』
【召喚】によってアンデッドエンペラーが迷宮の最下層へと招かれる。
ここはマルスの本拠地。ゼオンでもマルスの支配下にある魔物の移動を阻止することができないため見逃すしかない。
「残念だったな。それでも俺たちの勝ちだ」
魔力回復薬を飲んで失った魔力を回復させると転移魔法陣に乗って地下61階へと移動する。
「うおりゃああああ!」
「ハァッ!」
階層を移動した瞬間、右から黄金の髪をした獅子の獣人と思われる青年、左から雷を放つ斧を手にした老人に襲われる。
獣人の拳をキリエが受け止め、ゼオンの剣が斧を受け止める。
「さっきあったばかりなんだ。奇襲を警戒するのは当然だろ」
「少しばかり付き合ってもらおうか」
6話も使ってしまったのでアンデッド系は終わりです。
四天王の残り3体と神獣2体をぶちこみます。