第22話 復活の皇帝-前-
皇帝アムシャス。
ガルディス帝国を建国した人物で、イルカイト迷宮の前迷宮主。
そして、ゼオンたちにとっては決して無視することのできない存在。アンデッドとはいえ会うことのできない人物にこうして会うことができて喜ぶと同時に憎しみが込み上げてきた。
さっさと先へ進むべきなのは分かっている。それでも無視することができず問いを投げかけていた。
「よく俺たちの前に顔を出せたな」
『今の俺に頭はないけどな』
ハハッ、と笑いながら告げる。
『お前たちにとっては最適な人物だろう?』
アムシャスの隣にアンデッドエンペラーが現れる。
「どうやって彼を復活させた?」
鎧に魂が宿っただけのリビングアーマーとして復活したことに心当たりはある。
依り代としているのはアムシャスが生前に纏っていた鎧で、晩年以降は帝都にある城の宝物庫で丁重に飾られているのを知っている。興味もなかったためガルディス帝国崩壊の際にどうなったのかまで確認してはいなかった。
それが、こうして目の前にある。
『もちろん儂が回収させてもらった』
自由に動き回っていたアンデッドエンペラーは帝城へ忍び込むと引き寄せられるように宝物庫へと辿り着き、アムシャス皇帝の鎧をリビングアーマーへと変質させることにした。
「よく変えられたな」
アムシャスが亡くなってから数十年が経過している。魂など当の昔に浄化されていてもおかしくない。
『鎧には残留思念が宿っていた』
迷宮主であったアムシャスのステータスは当然のように高かった。強すぎる魔力を持った者が戦場で纏い続けたことにより鎧にはアムシャスの魔力が濃く染み付いていた。
そのおかげもあって数十年経った現在でも僅かながら残されていた。
しかし、その程度の残留思念ではリビングアーマーにするには足りない。
『お前たちのおかげさ』
「俺たち?」
『そうだ。私の作り上げた帝国が亡びるなんていう事態を前にして黙っていられなかった。だけど、既に死んだ私にはどうすることもできない』
想いだけが燻って強くなっていた。
そこへ現れてくれたアンデッドエンペラーのおかげでリビングアーマーとなることができた。
『ま、儂には帝国滅亡など関係のない話だったがな』
アンデッドエンペラーにとっては強力なリビングアーマーを手に入れることができただけの話。アムシャスはどうにかしたいと動きたそうにしていたが、アンデッドエンペラーの手によってアンデッドになった者は命令に逆らうことができないためガルディス帝国では何もすることができなかった。
『ここ地下57階は少しばかり特殊な場所でな』
通常では考えられないほど強い魔物と舞台の上で死力を尽くして戦う。
対戦相手に勝つことで先へ進むことができるようになり、どうしても戦闘は避けることができない。
『戦闘相手は彼だ』
やる気に満ちたアムシャスが前に出る。
『お前たちにとっては因縁のある相手だろう』
「いいだろう」
「アタシもやらせてもらうからね」
「二人だけで始めるなよ」
「私もサポートさせていただきます」
ゼオンとリュゼ、キリエが前に出てオネットが少し離れた場所からサポートするべく手から糸を出す。
シャルルとテュアルは四人に譲るようで興味なさそうにしている。
『いいだろう。全員まとめてかかってきな』
アムシャスがパーティ全員を敵として認めた。
これによりパーティが勝利することでシャルルとテュアルの二人にも先へ進む権利が与えられることになる。
『では、頑張るといい』
静かに告げるとアンデッドエンペラーがその場を離れる。
「不気味な奴だ」
アンデッドエンペラーの立っていた場所を見つめながらゼオンが呟く。
『お、来たな』
その間にも我慢できなくなったリュゼが魔剣を手に駆け出す。
「アムシャス!!」
『リュゼ将軍と剣を合わせるのは久し振りだな』
リビングアーマーとして復活したアムシャスの感覚は死後から全く時間が経過していない。
彼にとってガルディス帝国を建国する為に奔走していたのは、ほんの数年前の出来事みたいな感覚だった。
「アタシを将軍と呼ぶな!」
振り上げられた魔剣がアムシャスの腕を斬り飛ばす。
肘から先だけとなった状態で剣を持ったまま空中を舞う鎧の腕。
リュゼにとってガルディス帝国の将軍だったのはアムシャスのスキルによって洗脳させられていた汚点のようなもの。若返ることと正気を取り戻すことができたからこそ一時的に払拭することができていた。
武器を失ったアムシャスの懐へと飛び込む。
『甘いな。今の俺は人間じゃないんだぜ』
肘から先がなくなった腕を向ける。
何もない真っ黒な鎧の中身が見える。
「……!?」
一瞬だけ何を言いたいのか分からなかった。
それでも真っ黒な鎧の中身が見えるなどあり得ないことに気付く。見えるのは空洞でなければならない。
あの真っ黒な靄は何なのか?
正体を知ろうとしたところでアンデッドエンペラーも似たような姿になっていたのを思い出した。
『ばあ!』
一瞬の思考の間に黒い靄が鎧の内側から吐き出される。
まるでイカが威嚇した時に吐き出す墨のような黒い靄。
「けほっ」
少し息苦しくなるのと視界が黒く染まるだけで害になるような効果はない。
それでも懐へ飛び込んだはずなのに足を止めたせいで離れられてしまう。
「上です、リュゼさん!」
後ろから聞こえるオネットの声に後ろへ跳ぶ。
すると、オネットの手から飛び出した糸がリュゼのいた場所の頭上へと飛んで落ちてきたアムシャスの剣を受け止める。
空中で止まった剣の端には黒い靄があり、アムシャスの切断された腕へ細くなった状態で繋がっている。
『へぇ、随分と使い勝手のいいスキルを持っているじゃないか』
糸に拘束されていた剣だったが靄になって消えるとアムシャスの手に現れる。
「あの剣は鎧と同じようにアムシャスが使っていた魔剣よ。効果は相手の精神にダメージを与えること」
『おいおい、勝手にネタバレすんなよ』
「敵に知られている武器を使っている方が悪い」
共に戦っていたリュゼはアムシャスの剣の特性についても知っていた。
ゼオンも迷宮核へ問い掛ければ知ることができたが、知っているリュゼから教えてもらった方が手っ取り早い。
特性についても気になる。だが、その特性なら黒い靄になって手元へ戻るのは説明がつかない。
「今のはリビングアーマーの特性ですね」
『正しくはリビングアーマージョーカーだな』
通常のリビングアーマーよりも進化した魔物。
アンデッドエンペラーの手によって魔物へと変化させられ、素体になった魂がアムシャスのように力と想いを強く持っていたからこそ進化させることができた。
黒い靄――瘴気が内側にあるリビングアーマー。先ほどのように切り離した体へ繋げることで離れた場所にあっても体の一部を自由自在に動かすことができるし、切り離された体を繋げることもできる。
『よいしょっと』
リュゼが斬り飛ばした腕も引き寄せて繋げると手を何度も開閉して状態を確認している。
『死んだ後でこんなに便利な体になるなんて思わなかったな』
今となっては腕を斬り飛ばされても痛みを感じることがなく、こうして接合することも容易に行うことができる。
迷宮になったことで得られたスキルが戦闘系でなかったため戦闘に役立つことができるスキルには憧れがあった。
本当に心の底から感慨深く思っている声。
「貴方が本当にアムシャス皇帝ならば聞きたい事がありますわ」
『ん? 今は機嫌がいいから答えられる質問なら何でも答えてやるぞ』
「なぜ、レジャーナ王国を亡ぼしたのですか?」
アムシャス皇帝。
【掌握】のスキルを持つ前迷宮主。