第20話 亡者の支配する世界-前-
不死帝王。
かつては地上で災いを齎したことのある魔物。突発的に発生した魔物は単身で強いだけでなく、無限とも思えるほどのアンデッドによる軍勢を生み出して率いることができたことから世界の終わりを予感する者まで現れた。
ところが、当時のアリスター迷宮の迷宮主によって倒されたことで魔石だけが回収され、マルスの手によって肉体が再生された。
「お前も一人か?」
『一人と言えば一人だな』
周囲には生命の反応が感じられない。
グランドメデューサと同様に一人でいた。
『儂は、上にいた連中のように自分から動くのは好きじゃない』
以前に地上で猛威を奮っていた時も自身の持つ特性のせいでアンデッドが自然と増えていっただけに過ぎない。さらにアンデッドエンペラーを危険視した冒険者が討伐に訪れ、応戦しない訳にはいかないため倒しているうちにアンデッドがさらに増える事態になっていた。
いつしか最初の頃に持っていた正気は失われ、本当に心の底から災いを齎す存在となっていた。
だからこそ迷宮主の手によって討伐された時は感謝していた。
それでも、自分に与えられた力を強く奮ってみたい、という欲求が存在した。
『実体を得られてすぐに自分の力を使う機会が与えられたことには感謝した。しかし、儂が本気で力を奮える相手ではなかった。だからこそ貴様らには心の底から感謝を捧げよう』
アンデッドエンペラーの体から瘴気が溢れる。
あまりの勢いに後ろへ跳ぶゼオンたちだったが、瘴気はアンデッドエンペラーのいる位置から前へ少し進んだ所で止まる。
「いや、むしろ後ろへ広がっているな」
地図を確認すればアンデッドエンペラーのいる位置が転移魔法陣のある場所との間であることが分かる。
『貴様らの相手はこいつらだ』
ボコッ、と音を上げて地面の下から手が飛び出してくる。
思わず息を飲むオネットとテュアル。他の者は戦死者や被検体として見慣れていたため慄くことはなかった。
それでも、いきなり死体が地中から飛び出して来れば驚く。
地中から出した手を地面について体を起き上がらせる。
――うううぅぅぅぅぅぅぅぅ!
気付けばゼオンたちの目の前が数百体のゾンビで埋め尽くされていた。
「これは……」
墓地というフィールドを見ればアンデッドがいることには納得できる。
数も多いが、それでも迷宮という場所を考えれば想定できる範囲内の数だった。
ゼオンたちが最も気にしているのは出てきたアンデッドが纏っていた服だった。
「どうして、彼らが……?」
アリスターのある地域では見られない魔物の毛皮を利用して作られた服。どちらかと言えばガルディス帝国で流行っているデザインだ。
大多数のアンデッドは偶然で済ませられる。しかし、一部の人間が着ている服だけは見過ごすことができなかった。
「それはガルディス帝国の軍服だ」
ゼオンも一緒に仕事をしたことがあるから分かる。特徴的な白い服と肩に付けられた階級を示す徽章。ガルディス帝国独特のデザインであるため、間違いようがないし軍服のデザインは最近のものだ。
つまり、最近になってアンデッドとなったガルディス帝国の騎士。
『活きのいい新鮮な死体を少し前に手に入れる機会があったので回収させてもらっただけの話よ』
「まさか……」
『例の国には一般人だけでなく軍人や騎士にも犠牲になった者が多くいたからの。利用させてもらったわ』
多くの人間がグレンヴァルガ帝国まで逃げた。
だが、見せしめと逃げられない者まで逃がすことはできず、立ち向かって来た者は倒したため死体は存在する。
国全体で見れば1割にも満たない人数。それでも国が亡ぶような事態だったため数万人分の死体が手に入った。
『自らが生み出した死体に襲われるがいい』
手を掲げてゼオンへ向けるアンデッドエンペラー。
アンデッドたちの敵意を彼らへ向ける為の行動だったが、そんな事をしなくてもアンデッドたちの敵意は最初からゼオンたちへ向いていた。
事前にガルディス帝国で何が行われたのか、どうして自分たちが死ぬことになってしまったのかを伝えられている。事情を知ったことでアンデッドは敵に憎しみを抱くようになり、首謀者がいれば不満をぶつけずにはいられない。
具体的な事は何も分からない。それでも生者を恨んで襲わずにはいられない姿はアンデッドとして正しかった。
「チッ、死体どもが……大人しく死んでいればいいものを」
数歩進めば手が届く位置に出現したゾンビ。剣を振ると両断された死体が傍に転がる。
だが、1体目のゾンビを斬っている間に次のゾンビが襲い掛かって来る。すぐさま振ったばかりの剣で斬り上げれば2体目のゾンビが斬られる。
上下に分けられた死体が地面に転がった状態で足をバタつかせ、手をゼオンへ必死に伸ばして攻撃しようとしている。
生きている人間にとっては致命傷でもゾンビは機能を停止させない。
「アンデッドを倒すなら【聖】の力で攻撃する必要がある」
次々に襲い掛かって来るゾンビを斬り倒しながらテュアルを見る。
テュアルの本には当然の如く【聖】属性の魔法も収められている。しかし、特殊な属性であるため消費される魔力は他の属性よりも高い。
だから彼らが採る手段はもう一つの方法。
襲い掛かって来るゾンビを流れ作業のように斬って動けないようにする。
パーティの中で先頭に立つのはゼオンとリュゼ。二人が漏らした敵をキリエが叩いて動けなくさせ、後ろからシャルルが矢で体を地面に固定して進めないようにしている。
アンデッドになってことで単調な思考能力しか持たなくなったせいで、彼らには効率的な方法というものが欠如している。動きを止めるのは決して難しくない。
だが、一部のアンデッドは生前の能力を引き継いでいる。
「ゼオン……」
虚ろな目をしながらも剣を手にした騎士とゼオンが剣をぶつけ合う。
騎士になる前にガルディス帝国と袂を別ったゼオンには相手に見覚えがなかったが、相手の騎士はゼオンの事を知っていたのか名前を口にしていた。
「誰だ?」
「キシ、アル……バ」
騎士アルバ。
生前の記憶が僅かながら残っているおかげでたどたどしい口調ながら名乗ってくれた。それでも、騎士アルバの名前にゼオンは覚えがなかった。
しかし、剣を交えたことで分かった事がある。
「同門か」
アンデッドになっても体から剣技の癖が抜けることはなかった。
騎士アルバの剣技は、同じ型を使うゼオンだからこそ分かる同じ師匠から教わったものだった。
ゼオンに剣を教えた元騎士は、同じように貧しい境遇だった子供に剣を教えていた。亡くなったことで年老いたように見えてしまうが、騎士アルバはゼオンよりも年下。ゼオンが離れた後で本格的に教わった者だったが、ゼオンが教わっている頃に同じ場にいた者だった。
「シネ」
「おっと」
表情から生気は感じられない。それでも剣に込められた思いは本物で、ゼオンを本気で倒そうという意思が込められていた。
「そんなに祖国を亡ぼされた事が悔しいか」
騎士であるアルバにとって仕えていた国が亡ぼされるのはなによりも屈辱。
しかも、それを成したのが国に住んでいた者であり、同じ師から剣を教わっていたと分かれば許せない。
「あれは戦争だ。お前たちが亡ぼされたのは弱かったからだ」
戦争に正義も悪もない。
最後に残されるのは強い者であり、弱い者が亡ぼされることになる。
だから相手を亡ぼす本気の戦争など起こしてはならない。
今回は国と国による戦争ではなく、個人と国による戦争だった。そんな事が起こるとは全く思っていなかったガルディス帝国はゼオンの事を軽く扱ってしまった。
「キサマに、オレのきもち、がワカルカ!」
強い憎しみが込められた剣が振るわれる。
騎士として戦いの場で死ねるなら納得できた。しかし、彼の死に際は魔物に怯えた貴族の命令に従って勝ち目がないほど圧倒的な戦力差を誇る魔物の軍へ突撃を仕掛ける、というものだった。
決して受け入れられるような最期ではなかった。
「知らないな」
アンデッドになった事で感情が迸ったところを斬る。
ゼオンがアルバとの会話に付き合っていたのはゾンビになりながらも感情の発露が激しかったから。後から続こうとしていたゾンビたちはアルバの発する怒りに押されて攻めることができなかった。
その時間はテュアルに活きる。
「やれ」
「はい」
テュアルの発動した魔法がゾンビの大群を圧し潰す。
アンデッドの大軍勢VS迷宮主