第19話 砂に埋もれた世界-後-
足場と武器を作っていた糸がオネットの手へと戻っていく。
彼女が利用していた糸は全て魔力を変化させて生み出された物。用が済めばこのように魔力に戻すこともできる。
「砂を吸い込み過ぎましたわね」
状態が完全でない場合は不完全な魔力しか回収することができないが、糸を生み出す為に消費した魔力の半分は取り戻すことができた。
「終わったな」
「はい」
グランドメデューサが倒されたことでゼオンたちを襲っていた砂蛇も消え合流を果たすことができる。
すぐさまオネットの負っていた傷が癒される。
「申し訳ありません。せっかく任せていただいたのに想定以上に消耗してしまいました」
「気にするな。ここまで来たんだから、ここから先は俺たちに任せろ」
道具箱から取り出した回復薬を渡し、代わりにグランドメデューサの魔石をゼオンが受け取る。
メデューサが持つ石化能力が与えられなかった代わりに砂を操る能力と戦闘能力が与えられた特別なメデューサ。その魔石が持つ魔力は計り知れない。
『ハッ、まさかこの程度で終わった気になっているなんてね』
「おまえ……」
その場にいた全員の頭に女性の声が響く。
すぐに魔石だけとなったグランドメデューサのものだと理解した。
「まだやるつもりなのか」
『悔しくはあるけど、こんな姿になってしまったら負けを認めるしかないさね』
言葉では敗北を認めているものの声には悔しさが滲んでいた。
『ただし、アタシの魔石をアンタらに渡すつもりはないし、まだ終わらせるつもりはないさ』
「魔石だけの状態で何ができる」
『アタシを普通の魔物だと思っていないかい?』
サッ!
完全に油断していたところに砂が飛び掛かってきてゼオンの手から魔石を落としてしまう。
慌てたゼオンが手を伸ばして魔石を手にしようとするが、蠢く砂に飲み込まれて手遅れとなってしまう。
「まあ、いい。あの程度の魔石なら他にも手に入れることができる」
あくまでもマルスたちを追い詰めるのに効果的な方法だから魔石を回収しているに過ぎない。
魔石の回収を躍起になって行う必要はなかった。
ただし、グランドメデューサが『まだ終わっていない』と言っていたことから気にするべきだった。
『――墜ちろ』
ドン!
突如、ゼオンたちの立っていた場所にあった砂が消失してしまう。
穴なんていうレベルではない。ゼオンを中心に半径100メートル、高さ150メートルの広範囲が消失する。
どうにか穴の底へ着地すると見上げて状況を確認する。
「随分と深く掘ったアリジゴクだな」
すり鉢状になった穴。
イルカイトの迷宮にも同様の場所があるため自分たちがどういう状況に置かれているのかを逸早く理解した。
だが、イルカイトの時とは決定的に違う事がある。
「穴に落としただけか」
砂に囲まれているが、砂の向こう側に何かがいる気配もない。
警戒心を緩めると穴から脱出するべく端へ向かう。
「いったい、何がしたかったんだ?」
「こうして落とすだけでも時間が稼げますから、時間稼ぎが目的ではないのですか?」
長閑に話をしながらすり鉢状になった砂の上を歩いていく。
しかし、ある程度進んだところで砂が流れるようになってきて底へ引き戻されてしまう。
「……律儀に付き合ってやる必要もないな」
穴の底から空へ向かって飛翔する。
砂の上を移動していたのでは流砂によって戻されてしまう。だが、魔法で空を飛べば砂の影響を受けることもない。
「……そんなこともなかったみたい」
砂の壁から砂が塊になって飛び出し、浮いたばかりのゼオンたちへ襲い掛かる。
移動して回避するゼオンだったが降り続ける砂の雨に阻害されて飛び上がることができない。
『アンタらをここから出す気はないよ。悪いけど付き合ってもらうさね』
「飛ぶのを妨害されるからなんだっていうんだ」
上へ顔を向け【跳躍】を使用する。
地上よりも高い場所へ出て一気に移動する。
「なに!?」
しかし、【跳躍】した直後の体を砂の手に掴まれてしまう。
『そのスキルの弱点は、見た場所にしか移動することができないさね。移動は一瞬でもアンタの視線を辿ればどこへ移動するつもりなのかが分かるんだよ』
迷宮そのものがグランドメデューサの目と言ってもいい。
どれだけ偽装してから跳んだとしても視線の先がどこなのか彼女には知られてしまう。
移動すると同時に移動先へ砂の手を回り込ませていれば掴むことは容易だ。
「ゼオン!」
同じように跳んだリュゼがゼオンを掴んでいる腕を魔剣で斬る。
斬ると同時に水を生成することができる魔剣で斬ったおかげで水分を含んで形を保てなくなる。
グランドメデューサが操作することができるのは砂のみ。水分を多く含んでしまうだけで支配する対象からは外れてしまう。
『頑張れば脱出できるだろうさ。さ、頑張りな』
「そういうつもりか」
仲間と合流したゼオンが苛立っていた。
グランドメデューサの目的は穴から脱出する為に強力なスキルを使って無理矢理にでも脱出してもらうこと。ここで消耗すれば後が楽になる。
「では、私が対処することにしましょう」
「オネット?」
「その代わりに先はお任せします」
糸で全員が通れる足場が作られ砂の影響も受けることなく進めるようになり脱出が果たされる。
しかし、脱出の代償にオネットの魔力が2割近くにまで減ってしまう。
ほとんど万が一の場合に自衛できる程度であるため戦力に数えられない。
『一人潰しただけに終わったかい。ま、それでもいいさね』
オネットの消耗だけで満足したためグランドメデューサに追撃する様子はない。
「先に行かせていいのか?」
『この状態になると階層を大規模に変化させられるけど、代償に体を失うことになるから何もできなくなるんだよ。転移魔法陣はそれほど離れていない場所にあるんだから進みたければ進めばいいさね』
「随分と自信があるんだな」
迷宮核が破壊されるようなことがあればグランドメデューサも一緒に消滅してしまう。
『普段はやる気を見せないような奴が本気になっているからね。なら、アタシはここから見守らせてもらうことにするさね』
声が聞こえなくなり、転移魔法陣を使用して次の階層へと移動する。
地下56階からは墓地フィールドになっている。夜に設定されている階層は常に月明かりのような僅かな光源しかなくボロボロの大地の上に墓が建てられた場所が広がっている。
太陽が照り付けているかと思うほど明るい階層から暗い階層への移動。
そこへ異様に煌めく輝きを捉えて身構える。
『ほう……今の奇襲を防ぐか』
地下56階の転移魔法陣に立ったゼオンの眼前には闇を思わせるような真っ黒なローブを纏った大男が立っており、手にしている大鎌でゼオンの首を斬り落とそうとしていた。
しかし、ゼオンの掲げた手によって刃が止められていたため刃が届くことはない。
相手も斬ろうと必死に大鎌を持つ手に力を込める。けれども、それ以上の力で押し留めるため完全な膠着状態となる。
そんな状況もローブを纏った魔物が体を真っ黒な靄に変えることで終わる。
靄の状態では攻撃することはできない。しかし、物理的な干渉をゼオンもできなくなるため離脱するには最適な能力。
「階層を移動したタイミングで奇襲して来る奴はいなかったな」
あまりに危険過ぎる行為。侵入者にとって危険、という意味で普通の冒険者に対して同じことをすれば階層の移動を躊躇して迷宮へ訪れる人が少なくなる。
だが、相手はゼオン。排除に躊躇する理由などない。
『はじめまして。不死帝王という者だ』
次回、無限の軍勢VS6人