第17話 砂に埋もれた世界-前-
アリスター迷宮地下51階から55階。
肌を焼くように照り付ける太陽の熱、足元に広がる大量の砂に足を取られて侵入者の体力を奪う。
早朝になった直後から迷宮の攻略を再開したゼオンたちも数時間の探索を経て地下55階まで辿り着いていた。
迷路と砂漠の探索。
体力的には余裕があるが、精神的な面から余裕が削られていた。
「だから、こういうシンプルなのは歓迎だ」
砂が盛り上がって柱となり、柱の一つから美女が現れる。
ほとんど裸同然の上半身を蛇の鱗によって体の一部を覆った茶色い肌の女性――グランドメデューサ。
「お前だけか?」
「以前の迷宮なら砂漠でももっと賑やかだったんだけど、ちょっとばかし寂しくなってしまったさね」
砂漠フィールドの管理者であるグランドメデューサ以外の魔物……地下55階の最奥に待ち構えているボスでもゼオンたちが相手では足止めにすらならないことを理解している。
だからこそ普段は絶対に出てくることのないグランドメデューサが戦場に立った。
「あんたらは邪魔者でしかない。排除させてもらうよ」
大蛇に姿を変えた砂がゼオンたちへ襲い掛かる。
「リュゼ、オネット。俺たちで道を切り拓く」
「はいはい」
「かしこまりましたわ」
リュゼとオネットの二人が襲い掛かる砂の蛇を気にすることなく真っ直ぐにグランドメデューサへと突撃する。
先頭を走る二人へ砂蛇の大半を集中させる。
襲い掛かるまで10メートル。それでも走る速度を緩めることのない二人。
――ヒュン!
紅色の矢が砂蛇の頭に突き刺さって爆発が起こる。スキルの力によって圧し固められていただけの砂蛇の頭部はちょっとした衝撃だけでボロボロに崩れる。
それもそのはず。砂蛇を操っているのはグランドメデューサ。一度に十数体を操っているため強度まで気にしている余裕がなかった。
「あははっ、アタシはやっぱりこういう方が好きかな!」
砂蛇の襲撃がなくなったことで自由になったリュゼが飛び掛かりながら手にしていた白色の魔剣を振り下ろす。
「へぇ」
グランドメデューサへ当たる直前で盾のように集まった砂が魔剣を受け止める。
力を込めて押し開こうとするが、操って集められた砂の盾を僅かに押し込むだけで弾き飛ばすことができない。
「アタイもその意見には同意だね」
戦闘力に優れたグランドメデューサ。
彼女には時間稼ぎを目的にした戦い方なんてできない。
「だけど、そんな事は関係ないさ」
砂の盾の向こう側にいるリュゼへ杖を向け、リュゼの周囲にある砂が蠢いて襲い掛かる。
「アンタらと全力で戦えば自然と時間は稼げる」
左右から迫る砂。
手にしていた魔剣を手放すと、魔剣を足場にして後ろへ跳ぶ。
リュゼがいた場所を押し潰すかのように左右と正面から砂がぶつかり合う。
「無駄さね。ここはアタイが支配する世界だよ」
大量の砂が集まって後ろへ跳んだリュゼを追う。
背後への跳躍だったため動きの遅いリュゼでは砂に追いつかれてしまう。
「交代です」
砂漠を駆けるオネット。
右手に握られていた扇子を手から出た糸が覆い、ランスへと形を作る。
砂の塊とランスが正面から衝突する。硬く固められたランスは傷付くことなく砂を押し退けてゆっくりとだが突き進んでいく。しかし、砂は大量にあるだけではない。そこら中にある。
「ここで生活して数百年。どれだけアタイの魔力が染み込んでいると思っているんだい」
オネットの足を止める為に正面から押し寄せる砂。
さらに左右の地面から砂が盛り上がってオネットへ狙いを定めて飛び掛かる。
「モタモタしている余裕はなさそうですね」
ランスへ魔力を流し込むと螺旋部分が回転を始め、砂を抉り飛ばすことに成功する。
それまでよりも速く砂を退かせられるようになったおかげで左右から迫る砂を回避することができ、鋭利な攻撃を維持したままグランドメデューサへと迫る。
「もらいましたわ!」
「そうでもないさね」
腕のような形状になったグランドメデューサの足元にあった砂がランスの左へ殺到する。
スキルで固められた砂であってもランスに触れただけで弾き飛ばされてしまう。しかし、押されたことによってグランドメデューサを狙っていたランスがわずかに逸れてしまいバランスを崩してしまう。
自分の懐へと飛び込んでくる無防備な女性。
グランドメデューサが見逃すはずもなく杖を鈍器として扱って振り上げる。
「あら、この武器の元の姿をお忘れですか?」
回転を続けていたランスが一瞬にして形状を失う。いや、絡まっていた糸が一瞬にして解けてしまった。
回転していた状態で解かれたことでグランドメデューサとの間を舞う糸。
砂を抉ったことで糸に付着しているせいかキラキラと輝く光景にグランドメデューサも一瞬だけ目を奪われてしまう。
だが、目の前の光景は決して幻想的なものなどではなかった。
再びオネットの魔力が与えられたことで糸が鋭利な刃物と化してグランドメデューサへ襲い掛かり、殴るべく接近していたグランドメデューサの胸を大きく斬り裂く。
「まったく……乙女の胸になんてことをしてくれたんだい」
「乙女、なのですか?」
「……これでも心は若いつもりでいるんだよ」
たとえ迷宮で何百年と生きていても……人間では考えられないほど膨大な時間を生きているからこそ心だけは若いつもりでいた。
「けっこう深く斬れたと思ったのですけど、意外と平気そうですね」
「なにを言っているんだい。むちゃくちゃ痛いよ」
さらけ出された肌からは鮮血が流れていた。
けれども、グランドメデューサにとってはその程度の負傷でしかない。
「覚悟を示した奴がいるんだ。この程度の傷がなんだっていうんだい」
眼前にいるオネットへと踏み込み、杖を振り上げる。
杖による打撃に備えて糸を集めると小型の盾を作り出して防御しようとする。
「……その程度でどうにかしようなんて舐められたもんだね」
振り上げた杖の先端に砂が集まる。
形成されたのは刃。鎌となった杖が振り下ろされ、盾が切断され掲げていた腕も一緒に切断されてしまう。
「……っ!」
切断された腕から血が流れている。
すぐさま糸で腕を縛って止血する。たとえ切断されていようとゼオンさえいて、自身が生きてさえいれば元通りにすることができる。
「そんな治療なんてしている場合かね」
「!?」
振り下ろした鎌が横薙ぎにされてオネットの右脇腹へ叩き込まれる。
鎌による打撃によって吹き飛ばされ砂漠の上を何度も跳ねさせられ、ようやく止まることに成功する。
「……切断してやるつもりだったんだけどね」
しかし、鎌による一撃は打撃に終わってしまった。
「咄嗟に鎧も作っていたかい」
腕の止血をすると同時に攻撃されてもいいよう糸による鎧も作っていた。
ただし、今の一撃で糸の鎧はボロボロになっている。次の一撃は完全に受け切ることができない。
「それにしても冷たい奴だね」
リュゼやオネットと近接戦闘を繰り広げながらグランドメデューサは砂蛇による攻撃を止めていない。今もゼオンへ攻撃を繰り返している。
だが、残念ながらキリエに守られているため攻撃が当たっていない。
それよりもグランドメデューサが気になっていたのは仲間が腕を切断されたというのに全く反応しないことだった。
いくら再生させることができたとしても冷酷に見えてしまう。
「手の内を明かすことになりますが、仕方ありませんね」
残されたオネットの右手から目の映らない糸が何本も飛び出す。それらの糸を目視することができるのはオネットのみ。
「いいの? アタシが引き継いであげてもいいよ」
「彼女は私が倒します。私も少しは役立つところを見せたく思います」
地母蛇--グランドメデューサ。
下半身が蛇、上半身が人間の女性になっている魔物。
砂漠フィールドにおける裏ボス的な存在で、砂漠の砂を自由自在に操ることができる。数百年を生活している砂漠なら全ての砂が操る対象となっている。