第16話 神殿の迷路
アリスター迷宮地下46階から50階までは神殿フィールドになっている。
レンガ調の壁に囲まれた通路を進んで神殿の奥へ向かう。各階層の最奥には転移魔法陣があり、次の階層へ移動して攻略を進める。神殿内には背中から真っ白な翼を出した鎧を纏った魔物が徘徊しており、侵入者と正面から斬り合うことになる。それほど広くない通路では、どうしても戦闘を避けることができない。
だが、ゼオンたちの実力なら1対1なら余裕で倒すことができ、通路の広さからこちらも1体しか配置することができない。
神殿内の場所によっては広間が存在する。その場合は複数で攻撃されて天使型の魔物を倒されてしまう数頼みの攻撃に意味がない。
そこで、神殿フィールドを担当したメリッサが考えたのは、重量のある大きめの魔物で僅かながら足を止める方法。稼げる時間は数秒程度。けれども、この数秒が後に活きるとメリッサは判断した。
ただし、こんな方法は些細だ。
メリッサが本当に期待したのは地下47階の構造。
「やり過ぎだろ」
攻略している様子を見ながら呟いてしまった。
元々、地下47階は破壊不能の壁に囲まれた迷路になっており、迂闊に迷路へ侵入してしまった冒険者の足を止めるのに役立っていた。準備もなく侵入した場合には餓死する危険すらある場所。
迷宮主である彼らには【地図】がある。
今も地図を頼りに先へ進んでいるのだが、足を何度か止めて確認を行っていた。
「誰が以前の何倍もの規模にしろって言った?」
昨日までの迷路は、人間が5人は手を広げて通れるだけの広さがあった。ところが、今は一人分の広さしかないため迷路を進んでいるゼオンたちも一列に並んで進んでいた。
新たに増設された通路。しかも、既存の通路すらも構造を変えたことによって以前以上に複雑な構造となっていた。
「せっかく、こんなに便利な代物があるのですから使わない手はありません」
迷路の壁は、基本的に『破壊不可』となっている。
もっとも、ゼオンたちなら本気になれば破壊するのも不可能ではない。ただし、破壊する場合には魔力を多量に消費してしまうため先々の事を考えて躊躇している。
「これを1時間たらずの間に用意したのが信じられないんだよ」
構造変化の指示を出すと頼んでいた別の用事に取り掛かってしまっていた。
今は自分の成果を確認するのと休憩で戻ってきていた。
「もちろん私も1時間で最初から考えた訳ではありません」
以前から迷路の改造に構想があった。
ただし、本当に改造する場合には魔力の消耗が激しかったため着手するつもりはなかった。
「こっちもギリギリまでは使うつもりでいるから、その程度の消耗は構わない」
先の事を考えられるほどの余裕がないのは、こちらの方が切実だ。
「で、上手くいきそうなのか?」
「迷路を複雑にして迷ってしまうようにしました。ですが、そういった考えの大半は相手に【地図】がない場合の方法です」
迷路と【地図】は圧倒的に相性が悪い。
だから、神殿フィールドはほとんど捨てるような気持ちだったのだが、迷宮内で最も足止めに適している階層だったためメリッサが改造に自ら名乗りを挙げた。
「ただし、【地図】を所有しているからこそ陥り易い罠があります」
「そんなものが……?」
「ちょうど最初の罠に差し掛かりました」
不審に思いながら見ていると曲がり角を進む。
「あれ……?」
ただ、こちらも地図を確認すると曲がるのが早いように見える。
今、ゼオンたちがいる通路には手前と奥に右へ曲がる通路が続いている。どちらの通路も続いているのだが、最奥へ辿り着くのなら奥の通路を進まなければらならない。手前の通路を進んでも数分後には行き止まりへ辿り着く。
向こうにも地図があるのなら見えているはずだ。
「いいえ、彼らには見えていません」
「そうなのか?」
「はい。私たちが向こうの迷宮を攻略していた時を思い出してください。地図が視界に表示されて自分の現在位置が点で表示されていましたね」
「ああ」
「では、現在位置を示す点はどれぐらいの大きさがありましたか?」
「そんな大きいものでもないだろ」
「聞き方を変えます。実際にはどれほどの大きさで表示されていましたか?」
簡略された地図に表示された点。
たしかに実際と地図を見比べた時、地図の点は2メートルぐらいの大きさで表示されていた。
それでも広大な迷宮を攻略する上で困った事はなかったから気にしていなかった。
「ああ、そういうことか」
今の迷路は通路の幅が約1メートル。
壁の厚さが特別な材質を使用して音が伝わらないようにし、壊れないようにしているものの30センチ。
見様によってはどちらの通路を通っているのか分からなくなる。
「自分の迷宮なら細かく表示され、拡大することもできますが他者の迷宮では簡略化されてしまいます」
それが【地図】の弱点の一つ。
「懸念はテュアルさんの本でしたが、ドライアドさんが破壊してくれたこともあって見ながら進む事を警戒しているようです」
もちろんテュアルも複雑に絡み合った通路ならどちらへ進めばいいのか確認する為に本を見る。
ところが、今の彼女たちが進んでいるのは曲がり角など存在しない一本道。通路の奥へ辿り着くまで見る気がなかった。
「でも、直前の曲がり角はどうしたんだ?」
「これに関しては地図では分かりづらいですね」
そう言って空中に実際の迷路の様子を映し出してくれる。
曲がり角。その手前は直進してきたところで壁があって行き止まりになっていて右へ曲がるようになっている。メリッサが操作をすると進めた場所に壁が現れ、逆に阻んでいた壁が地中へ潜って消える。
「このように壁を出し入れすることによって行き止まりを人為的に作り出すことが可能です」
「……ルール違反じゃないか?」
迷宮のルールとして必ず出口へ辿り着ける構造になっていなければならない。
今みたいに壁を出し入れすれば出口まで続かない事態になってしまう。
「心配はありません。この仕掛けがある場所は、どのようなルートを通ろうとも出口まで辿り着けるようになっております」
「え……」
地図を見ても未だに複雑すぎて進行方法が分からない。
しかし、メリッサには構造を変えても進路が見えているらしい上、複雑な迷路の全てを記憶していた。
「ちょっとしたズルですが、あのような敵を相手にするのですから大丈夫ですね」
しばらく様子を見ていると完全に迷っていた。
地図で今の場所を詳しく確認した時には手遅れで元来た道を戻っていた。ただし、戻った先にあるのは行き止まり。そこで、ようやくメリッサが行っていたことに気付いて壁を壊す。
「これが最大の天敵ですね」
壁を壊されてしまってはどんな仕掛けも意味をなさない。
連発できる事ではないため消耗させる、という点では役立ってくれている。
「いや、十分に時間を稼げているよ」
「いえ、最も時間を稼げるのはこの後です」
気付くのもメリッサにとっては想定内。
迷路を進んで2時間が経過した頃に広い空間に辿り着く。他の通路からも辿り着けるようになった場所で、十分な休息ができる場所だった。
広間で野営の準備を始めるゼオンたち。もう迷宮の外は真っ暗になった時間で、狭い空間を進んでいた状況で休める場所に辿り着いたことで緊張感が解け、自然と彼らの中で休息することになった。
まだ地下47階。
全体の半分ほどまでしか到達していないため、どこかで休息は必要だった。
「これで明日の朝ぐらいまでは時間が稼げるはずです」
それだけ稼げれば十分だ。
「イリス、そっちの作業はどうだ?」
ずっと隣で作業を続けていたイリスに尋ねる。
「メリッサが用意してくれたから終わりが見えてきた。明日の昼には終われるはず」
それは休みなく作業をした場合の話。
「お前もどこかで休め。少なくても昼過ぎまでは時間が稼げるはずだ」
「……それは迷宮の魔物が犠牲になった場合の話」
「それでも、だ。お前が倒れたら不測の事態に対応できないかもしれない」
何が起こるのか分からない。
それでも、そこに賭けるぐらいしかできることがなかった。
天使型のボスはナシで、中途半端な戦闘能力と精神作用系の能力は役に立たなかった。